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INNER NAUTS(インナーノーツ)第二部  作者: SunYoh
第二章 月と夢と精霊と
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月へ! 4

『NUSA支部、IMCより、<イワクラ>へ通達。<リーベルタース>よりルナ・フィリアの次元解析データの受信を開始した』

 

「了解した。同期を開始する」

 

 <イワクラ>運行リーダーを務めるIMS隊長、如月は、NUSA支部、IMCオペレーターからの通達を受けると、すぐに副長の齋藤へと作業開始の指示を出す。

 

「どうだ、斎藤。いけそうか?」「相対座標誤差、0.0089パーセント。順調過ぎるくらい」

 

「ったり前だ。でなきゃ、わざわざアメリカくんだりまで、出張ってくるかって」<イワクラ>アイリーンの隣に立つアルベルトは、欠伸を一つして、紙コップのコーヒーを流し込む。

 

「くく、違いねぇ。ま、これで心置きなく送り出せるってもんよ」

 

 鬼瓦のような、どこか悪辣な笑みを浮かべると、如月はモニター向こうの、<アマテラス>のブリッジに呼びかける。

 

『<アマテラス>! 待たせたな。直ちに次元潜航! 再エントリーだ』

 

「<アマテラス>、了解! 第一PSIバリア復元!」カミラは落ち着いた声で指示を飛ばす。

 

「第一PSIバリア復元確認!」

 

「次元潜航!」「次元潜航、ヨーソロー!」

 

 ティムが操縦桿を押し倒すと、<アマテラス>はゆっくりとコネクションポートのPSI精製水プールへと沈んでゆく。水は異空間情報で満たされており、<アマテラス>のPSIバリアに干渉して、彼女を再びインナースペースへと誘う。

 

『コネクションポート内、次元反転確認。<アマテラス>、ポート内現象境界にて待機!』水中に設置された次元カメラが捉える<アマテラス>の船影を確認して、アイリーンが声を張る。

 

「機関、インナースペース航行モードへ。第二、第三PSIバリア形成!」

 

『いいか、これからコネクションポートにルナ・フィリアの解析データを展開する。PSIバリアをこれに同期させて時空間転移すりゃ、あっという間に月へご到着、って寸法さ』

 

 通信モニター向こうのアルベルトは、アイリーンの隣に立ち、そのコンソールパネルに流れてくるパラメーターの羅列を、彼女と共に確認しながら言う。

 

「へいへい、ったく、いつもどおり簡単に言ってくれるなぁ。おやっさん」ティムは軽口で応答する。

 

『まあ、今回はさっき取り付けた次元コミュニケーターが、<リーベルタース>の信号に合わせて、演算を全てやってくれる。月までは何もせんでいい』

 

「了解です。部長」「まさにFly Me To The Moon〜♪だな。オッケー、ちゃちゃとやってくれ」カミラの応答に、下手な鼻歌交じりでティムは合いの手を入れた。

 

『それじゃあ行くぞ! データ展開開始!』

 

「コネクションポート内、次元変動確認。PSIバリア偏向同期開始! 転移スタート!」

 

 コネクションポートのプールの水に波紋が広がり、虹色に発光を繰り返す。<アマテラス>の時空間転移の余波が『現象化』しているのだ。

 

 <イワクラ>からのその映像は、各拠点に緊張をもたらす。<リーベルタース>の支援があるとはいえ、ここまでの長大な距離の時空間転移は、<アマテラス>にとっては初めての試みだ。

 

 

「いよいよですね」本部の東は、硬い表情でモニターを注視したまま、隣の藤川に声をかける。

 

「うむ……月のインナースペースか……これは、我々にとっても貴重なミッションとなろう」「ええ」

 

「田中、いざとなれば、こちらへの強制回収もあり得る。<アマテラス>のトレース、しっかり頼むぞ」「はい、大丈夫です!」東の指示に、田中は振り向いて頷いた。

 

 

 次々と彩りを変えるモニターだけが、<アマテラス>のブリッジで蠢いている。皆は、息を潜めて時空間転移を見守る他ない。ブリッジ正面モニターの一角に、次元コミュニケーターの演算処理度合いと、通信同期の良好性を示すカウンターが表示され、逐一変動している。

 

「アラン! コミュミケーターは?」「通信感度閾値内をキープ。良好のようだ。そろそろだ。転移、明けるぞ!」

 

 ブリッジに緊張が漲ってくる。

 

 

「現象境界に時空振動確認!」

 

 <リーベルタース>ブリッジ。ケイトは、超次元レーダーに広がる波紋に気づいて報告する。PSI波動スペクトル分析は、<アマテラス>の固有波形であることを報せていた。

 

「来たな、ティム……ホセ、通信は?」「か……回復しました。メインに出します」指示をいきなり振られたホセは、あたふたと通信回線を開く。

 

「こちら<リーベルタース>。無事、到着したようだな」マイケルは、通信モニターが鮮明に相手を映し出すのを待たず、呼びかけた。

 

『こちら、<アマテラス>。おかげさまで』 答えるカミラの映像が次第に整っていく。

 

「うわぁ……ホントに月まで来ちゃったのねぇ、アタシ達」サニは、興味津々にブリッジモニターを見回す。月の余剰次元、現象境界領域に到達した<アマテラス>のブリッジモニターは、次第に月面の様相を描き始めていた。一同は、その光景に息を呑む。

 

「……とは言っても、現象境界。ま、いつも通りか」いく分、トーンダウンした声でサニは呟いた。

 

『せっかく月まで来たんだ。観光を楽しんでもらいたいところだが、時間は僅かしかない。さっそく行動開始してもらう』淡々と告げるマイケルの言葉に、<アマテラス>の一同はミッションへ向かう緊張感を取り戻していた。

 

 メインモニターの画像に、ウインドウが立ち上がり、一つのマップが表示される。

 

『ミッション前に策定した、ルナ・フィリア侵入ルートだ。<アマテラス>は、空間パラメータ偏向でサイズシフト。このアクセスポートドームから建屋に入る手筈になっている。そこからは、ルナ・フィリアの所長ウィルソン《博士|はくし》が案内してくれる。ホセ、繋いでくれ』

 

 マイケルの指示でホセがルナ・フィリアへ通信を呼びかける。しばらくすると、通信モニターに、新しいウインドウが立ち上がり、こちらを覗き込む女性の姿が映し出される。通信映像は各拠点と<アマテラス>に共有された。

 

『ルナ・フィリア所長ジェシカ・ローズ・ウィルソンです。IN-PSIDの皆さん、この度は、当施設の、切実な要請に応えていただき、ありがとうございます』

 

 ウィルソン博士——歳の頃は、五、六〇歳程であろうか。細く鼻筋の通った鷲鼻、目尻鋭い両眼とアンバーの瞳。如何にも研究者といった知性と品性を感じさせる顔立ちだ。後頭部にまとめ上げた艶のある長い銀髪、歳の割に張りのある、極端に白い肌、そして月の光を表すシルバーと、地球の色の青を組み合わせたであろう、ピッタリとしたルナ・フィリアのユニフォーム。その姿は、どこか『宇宙人』を想起させられる。

 

「<アマテラス>のキャプテン、カミラ・キャリーです。本船は現在、指定されたアクセスポートドーム上空へ到達、待機しています」

 

「電磁結界が張り巡らされているな?」ドームの解析モニターを確認しながらアランが問いかけた。

 

『はい、こちらの施設もPSI特定監視施設ですから。ドーム開閉に連動して、一時解除されます。こちらの誘導に従って、入所してください』

 

「わかりました。LV2へ次元シフトしつつ、波動収束フィールド展開」

 

「PSIバリア偏向開始。LV2へ移行!」アランの操作で、PSIバリアのパラメータ設定が変更されるに従い、ブリッジモニターの様相が変動する。月の光景が溶け合い、時間と空間が発散していくのを、<アマテラス>を中心に広がる波動収束フィールドが、再び意味を持つ、仮染めの空間として再構成してゆく。

 

「スケール拡大補正、倍率25」

 

「了解!」サニが波動収束フィールドに設定値を与えると、周辺の光景が急激に拡大、<アマテラス>は、相対的に人間大のサイズとなっている。

 

 同時に、月面に顔を出す、ルナ・フィリアのアクセスポートドームの半球形状カバーが開いていく。内側には、小型の宇宙船らしきものが数台置かれている。従来、小型宇宙船や月面車などの発着口として使われていたようだ。

 

「ドーム開放、及び電磁結界の消失確認。進路クリア!」「これより、ルナ・フィリア内部へ侵入します。降下角十五、ティム!」

 

 ティムはカミラの指示に動こうとしない。

 

 直人は訝しんで、ティムの視線を追う。彼の視線の先は、ドーム内の数台の小型船に釘付けになっている。しばらく使われていないように、直人には思えた。だいぶ古いもののようだ。

 

「どうしたの?」直人に声をかけられ、ティムは身体を小さくビクつかせると、操縦桿を握り直す。

 

「い、いや……なんでもない。微速前進、ドーム内へ侵入する!」

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