月へ! 1
インナーノーツの四人が<アマテラス>のブリッジに入ると、各席で調整に当たっている技術部のメカニックらが一斉に振り向いた。
キャプテンシートにいたアルベルトは、立ち上がってカミラに席を返す。それに倣って、彼の部下三人も席を立つ。
「部長、作業の方は?」「ああ、粗方終わった。あとは最終調整と<リーベルタース>との通信確認だけだ。構わず、出航準備を進めろ」
「わかりました。各自、システムチェック」「了解!」
各自席につき、システムチェックの工程をスタート、メカニックらは傍に立ち、状況を見守る。
一通り確認を終えた直人は、ふと振り返り、後方のフォログラム投影機の方を見遣る。すると観測席のサニと、目が合ってしまった。
「あ〜ら、センパイ。今日は亜夢じゃなくって残念ね。アムネリアもいないなんて、淋しいわねぇ〜」サニは目を細め、意地悪気に言った。
「そ、そんなんじゃ……」直人は俯いて呟く。
「大丈夫よ。あのコ達は」「そうそう、たまにはゆっくり休ませてやらんとな」カミラの言葉に続けて、ブリッジ入り口の方から声がする。
「悪りぃ、遅くなった」
ティムは小走りで自席に向かう。パイロット席で、念入りに調整を仕上げていた大柄なメカニックは、ティムに気づいて立ち上がる。ティムは、そのメカニックの顔には覚えがあった。
「各管制拠点、及び<リーベルタース>との通信開始。メインに出す」「ええ、お願い」
アランの操作で、ブリッジ正面のメインモニターに、本部、NUSA支部の各IMC、<イワクラ>ブリッジ、及び<リーベルタース>ブリッジの画像が現れる。
さらに、NUSA支部が映像共有しているのであろう、第二ポートに停泊する<イワクラ>の全景、そしてドッグで発進待機している<リーベルタース>の全景が映し出される。
「<リーベルタース>……か……」
腕組みし、長く伸びた顎髭を撫でながら、じっと<リーベルタース>を見つめるアルベルト。怪訝に思い、カミラは声をかける。
「いや、な。あの機体。<アマテラス>とほぼ同時期の竣工だが……<天仙娘娘>、<クナピピ>、それにEUの<ノルン>なんかは、拠点間の情報交換や技術開発の相互協力もあったが、アレに関しては、<アマテラス>の基本設計と開発データを共有したくらいでな。こちらには基本スペック程度の情報しかよこさない。ほぼ、NUSA支部主導の独自開発だった」
「ほれ、やっぱ胡散くさいでやんの」ティムは、わざとらしく大きめの声で言った。
「ワープ機関の開発に関しても、本部の承認もなく、国連からの委託開発ということで、進められた。ま、ウチらは本部といっても、政治的には弱いからなぁ。未だ、『アメリカ様』よ」
『随分な言いようだな、アル。こちらも色々と事情があるのだ。わかってもらえていたと思っていたが?』通信モニターから、マークが横槍を入れてくる。
「おっと、コイツは失敬。淋しかったと言っとるんだ。オタクの開発チームと絡めなかったのが、な」
『それは、申し訳ない。政府の宇宙開発事業が参画している。当然、安全保障上の機密も含まれるため、どうしても情報共有が限定的になってしまった。罪滅ぼしと言っては難だが、公開できる範囲で、<リーベルタース>の仕様を開示しよう』
マークは<リーベルタース>の資料を展開しながら説明を始めた。
<リーベルタース>の最大の特徴は、なんと言ってもワープを可能とする多元PSIパルス反応炉とワープ演算機能を搭載した基幹システム[PSI-Link4500α-Ω]だ。ワープといっても、インナースペースを利用して空間跳躍するという点においては、<アマテラス>の[時空間転移]と大きな差はない。だが、<アマテラス>のそれが、到着目標の座標を予め観測し、その座標をPSIバリアに展開する事で転移するものであり、現象界(通常空間)に対応する余剰時空間に到達するには、現象界の該当座標データが必要とされた。(その為、本部外のインナーミッションには、<イワクラ>が随行する事となる)
それに対し、<リーベルタース>は、余剰次元空間と現象界の対応を[時空間転移]中に演算する事で、目的地までの座標データを絶えず収集し続けながら目的地まで到達する。これにより通常空間側からの支援を必要としない単独[時空間転移]を可能としていた。ワープ速度はこの演算能力にかかっており、理論上、太陽系を脱出するのにかかる時間は、およそ一時間程度と見込まれている。尤も、<リーベルタース>が太陽系外に出るには、ワープ以外にも克服しなければならない課題が山積みではあるが、とマークは冗談めかして言う。
マークは得意気に続ける。<リーベルタース>は、ワープにより現象界側の多種の空間にも移動できる。その為、空中、陸上は勿論、水中、及び宇宙空間でも活動できるよう設計され、現象界での動力となる常温核融合機関ニ基を補機として備えている。また現象界でもPSIバリアを展開する事で、船体制御と保護の効果を得る事ができるという。
「装備系は、<アマテラス>とほぼ同等なのだが……」
前置きしながらマークは、資料を展開する。誘導パルス放射機、トランサーデコイ、PSIブラスターといった<アマテラス>チームにも見慣れた装備品だが、それぞれ、現象界からの使用も考慮されているという。特にPSIブラスターは、形こそそっくりではあるが、両舷に四門、計八門を有し、[多元量子ブラスター]と呼称された。インナースペース内だけではなく、現象化する事象を通常空間側から抑制する効果が期待され、一時的、局所的な時空間変異がもたらす、結界的な追加効果も想定されているらしい。
「なるほど……インナースペース深淵探査能力を削っても、現象界により近い隣接余剰次元での水際防災機能を重視した機体というわけか」
アルベルトは、<リーベルタース>の設計思想を十分、理解したとばかりに頷いた。
『うむ。ワープ機能も本来、支援システムに頼らず、いち早くPSID現場へ駆けつける為に開発したものだ。だが、我々だけでの開発は難しく、政府の宇宙開発事業と協力する運びになったワケだ』
「ん、この上甲板のバルジは?」
アルベルトは、モニターの<リーベルタース>前甲板に、大きく膨らんだドーム状の部位を指差す。
『それは……ただの格納庫だ。被災地への一次救援物資や、観測機の搭載を想定して設置した。今回は……何も積んでいない』「ほう……格納庫ねぇ……」
「部長! こっちも作業、終わりました。最終確認、お願いします」機関整備エリアから技師が二人、ブリッジに報告に来る。
「よし。<リーベルタース>! 信号を頼む」
『了解した』モニター向こうのマイケルが応じて、ホセに指示を出す。
「感度良好、異常なし」アランの傍でモニターを確認するメカニックが告げる。『こちらも問題ありません』ホセもそれに返した。
「このまま原点時空座標、同期するぞ」
アルベルトの指示のもと、<リーベルタース>、<アマテラス>、<イワクラ>の現時空間情報が共有されてゆく。そのデータを取り込み、自動同期する次元コミュニケーターの稼働状況が、アランの席の総合分析パネルに表示されている。アルベルトはそれをしかと睨み、異常値がないことを確認して声を張る。
「ようし、皆。完璧だ。撤収するぞ」「へぇい!」
作業を終えたメカニックらを引き連れ、アルベルトはブリッジを出る。メインパイロット席を最後まで念入りにメンテナンスしていた大柄のメカニックも手早く自分の道具を片付けながら、ティムに声をかけた。
「ウィングピッチとスラスター可動域、お前のクセに合わせておいた。取り回ししやすくなった筈だ」「おう。サンキュー」「しっかりやれ」「ああ」
大柄のメカニックは、アルベルトらを追って、ブリッジを出る。彼とは二ヶ月ほど前のミッション直前、調整をめぐって一悶着起こしたことがある。ティムは、それを思い返しながら、彼の背中を笑顔で見送った。
アルベルトらが、コネクションポート前室まで戻ると、タラップが外され、<アマテラス>昇降ハッチが閉鎖される。
『作業員、退避を確認。コネクションポート全隔壁閉鎖』状況を伝える<イワクラ>ブリッジ、齋藤の声を受け、カミラは小さく頷くと、モニター越しの<リーベルタース>ブリッジへと呼びかける。
「<アマテラス>より、<リーベルタース>。こちらの出航準備、整った。発進どうぞ!」
『<リーベルタース>了解。こちらも準備オッケーだ。これより発進シーケンスに入る』マイケルは、冷静さを保ったまま答えた。