フロウラー兄弟 5
同刻。IN-PSID本部IMC——
『<アマテラス>、<イワクラ>とのドッキング作業完了。現在、技術班が次元コミュニケーターの設置にかかっています。作業時間は、一時間を予定しています』壁面の大モニターに映るアイリーンは、状況を淡々と報告する。
早朝のIMCには、本部所長、藤川、ミッションチーフ、東、そして運行オペレーターの田中の三人だけ。少々寂しい室内に、出張中の同僚の声は嬉しい。
「了解だ、アイリーン。引き続き、準備を進めてくれ」東の返答に、アイリーンは笑顔を返した。
「……で、インナーノーツの方は?」藤川が問う。
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案内の二人——男の方はマイケル、女の方はサラと名乗っていた——に連れられ、インナーノーツ、<アマテラス>チームの一同は、IN-PSID・NUSA支部の廊下を足早に進む。
「……ねぇ、何この、緊迫感?」最後尾のサニは、隣を歩く直人に、耳打ちする。
「えっ……」「何、気づかないの? ティムとあの隊長。知り合いっぽかったけど、あの訳アリな感じ。副長さんも、なんかだし」
振り返りもせず、先を進むマイケルとサラの背中、少し前を歩くティムの背中を見比べながら、サニは眉を寄せる。
「好きじゃないな、そうやって人の事情を勘ぐるのは」
淡々と言う直人に、サニは頭の後ろで手を組んで、口を尖らせる。
「つまーんなーい、そういうの」
七人は、無言のままエレベーターに乗り込む。
居心地の悪い密室から1分弱程で解放されると、すぐ目の前に、物々しいセキュリティゲートが現れる。
「ここが、NUSA支部IMCだ。君たちの立ち入りは承認済みだ。さあ入ってくれ」
「案内、ありがとう」「ほいじゃ、おっ邪魔しまーす」カミラ、サニはセキュリティチェックをパスし、入室していく。それにアラン、直人が続いた。
「お前もだ、ティム」ゲート前で立ち止まっていたティムをマイケルが促す。彼に付き添うサラも、ティムを一瞥した。
「わーってるって」苦笑いを浮かべながら、ティムはチェックを通過する。案内の二人もティムに続く。
入室したインナーノーツ<アマテラス>の目の前には、宇宙船のミッションコントロールセンターさながらの広大な部屋が広がる。本部IMCのニ、三倍の床面積はあるだろう。各部署からの通信、ミッション準備の状況が、壁面の各モニターに映し出されていた。
「支部長、お連れしました」
後方中央の席に座った男は、振り返って立ち上がる。
その男、NUSA支部長、マーク・デイビスは、歳の割に長身で、細身、上品なロマンスグレイの髪をきちんとまとめ、口髭を揃えている。
眼鏡を掛ければ、『キレイな藤川』ね、とサニが思ったように、藤川とは何処となく雰囲気が似ている。藤川より十ほど若いが、二人は古き良き友だと、インナーノーツは聞いていた。
「おお、はるばるよく来てくれた、<アマテラス>の諸君! ここの支部長をしている、マークだ。えぇと……」品のある、ゆったりとした彼の英語は、英会話が不得意な直人にも翻訳機能(インナーノーツの装備に付属)を介さずとも聞き取れた。
「隊長、カミラです。こちらは副長のアラン。それから、ティム、直人、サニです」
マークは、笑顔でインナーノーツの皆と握手を交わす。
「先月の君たちの活躍(※第一部・第三章)は、素晴らしかったよ。今回のミッションは、NUSA政府からの要請もあってな。コウゾウには何とか無理を通してもらったんだが、いや、心強い限りだ! ああ、うちの連中も紹介しよう。マイケル」
ちょうど、マイケルが、待機していた『彼のチーム』を引き連れてきたところだった。
「ではこちらから。メインパイロットのダミアン・バレット、メカニック、ホセ・サンチェス、観測士ケイト・ムーア」
「よろしく」カミラが<アマテラス>チームを代表して挨拶する。
「繰り返しになるが改めて。副長、サラ・ハウザー。そして俺は隊長マイケル。マイケル・フロウラーだ」マイケルは、笑みもなくティムを一瞥する。ティムは、その視線に気づかないフリをしていた。が、案の定、勘のいいサニは、すぐにハッとなって、ティムを見上げた。
「フロウラー? って、えっ、まさか?」
「……そう。マイケルは、オレの兄貴さ」ティムは、視線を泳がせたまま答える。
「え、ええ⁉︎」「そういえば、今回は、コッチのメンバー資料、まだ見てなかったけど」前回、前々回のサポートミッションでは、事前に相手支部所属のインナーノーツメンバーの資料を確認していたが……直人は訝しむ。
「ごめんなさいね、ティムが……」
カミラが小さく口を開く——
一時間ほど前。集合時間より少し早い、本部IMC。藤川、東の他、カミラ、アラン、そしてティムが集まっている。
「えっ、資料見せるなって……」資料に目を通していたカミラは、ティムの唐突な要求に、怪訝そうに返した。
「ああ。特にサニには。兄貴だってわかりゃ、根掘り葉掘り聞いてくるだろ?」「だが、向こうに行けば、すぐにバレることだぞ」アランも眉を顰める。
「いいさ。着いちまえば、そんな時間も無くなるだろうし。それまでの間は」
「……わかった。まあ、向こうで挨拶する時間はあるから、今回はそうしましょう」「ありがてぇ」
———
「……というわけで……」
「ったく、もう! どういう目でアタシをみてんのよ」カミラの説明を聞くなり、サニはティムに噛み付く。
「悪りぃ。けど、聞くだろ?」
「ま、まぁね……そ、それにしても、ホントに兄弟? あんまり似てないね」サニは、マイケルとティムの顔を見比べて言った。
「そうかもな。異母兄弟だからな」
「ティム、身の上話しはそのくらいにしろ。ブリーフィングに入るぞ」マイケルは、硬い表情のまま、言う。
「あいよ。サニ、さっさとしろよ」「ん?」「兄貴、気が短いからな」
一段降りた中層フロアは、床一面が大モニターとなっている。本部IMCの卓状モニターを床に広げ拡張したような場所だ。女性スタッフが一人、待機しており、上のフロアから降りてきた一同を認め、床面に表示されている映像モニターを一つ掬い上げ流ような動作で、中空に移動させる。フォログラム投影技術によるものだ。
モニターは、IN-PSID本部との通信を映し出す。藤川、東、田中の三人が、こちらを覗き込んでいた。
『無事、到着したようで何より』カミラ達の姿を認め、藤川が口を開く。
『マーク、では始めてくれたまえ』「ああ」
マークは、片手で女性スタッフに合図し、ミッションの資料を表示させながら、説明を始めた。
「さて……今回のミッションだが、事前にも伝えているとおり、諸君らには、月の余剰次元へと向かってもらう」
「……ワープ機能を持つ、我が<リーベルタース>が、定刻で先発。<リーベルタース>は、現象空間へと浮上……」
マークの言葉に合わせ、床面からフォログラムで浮かび上がる模式図が、視覚的にマークの説明を補足する。
「目標であるサナトリウム『ルナ・フィリア』余剰次元の精密座標データを現象界側から取得。<イワクラ>へと転送する。<アマテラス>は、<イワクラ>のエントリー支援機能を使って時空間転移、<リーベルタース>の示す『ルナ・フィリア』インナースペースの現象境界に到着。そこからは、君たちにとってはいつも通りの探索ミッションだ」
マークが、浮かぶ模式図の<リーベルタース>に軽く『触れる』と、<リーベルタース>の立体模型のような三次元映像が展開される。
「<リーベルタース>は、宇宙活動も見越して、設計されている。月面上空から<アマテラス>をサポートするが、宇宙空間での滞在可能時間は、概ね四時間ほど。それまでの間に、何とか現象解明の手掛かりを掴んでほしい」
<アマテラス>チームの一同は、大きく頷く。