フロウラー兄弟 4
一週間後——
『こちら<イワクラ>。超次元レーダーにて、船影を確認。誘導ビーコンに従い、ドッキングせよ』
落ち着きのあるアイリーンのややハスキーな声が、<アマテラス>のブリッジに心地良く響く。
「了解した。両舷微速、針路このまま。誘導に従って、港内へ侵入せよ」「ヨーソロー」
「誘導ビーコンに乗った。操船を自動に切り替える」
<イワクラ>の発する人工PSIパルスを捉えた<アマテラス>は、ゆっくりと海底から上昇する。『海底』とはいっても、ここは隣接余剰次元。『この世』を構成するインナースペースの情報世界。<アマテラス>のモニターに映し出される光景は、その多次元情報の中から、現象界とリンクする情報のみを拾って再構成しているに過ぎない。
次第に港湾の岸壁と、<イワクラ>の船底が見えてくる。
「あぁあ〜、憧れのリゾート、サンタ・カタリナ島にこんな形で来る事になるとはなぁ〜。ね、せっかくだからさ、トゥーハーバー行こうよ! 割と近いじゃん!」退屈そうに頬杖をつきながら、サニは、わざとらしい嬉々とした声をあげた。
「残念でした。上陸時間は、一時間半。NUSA支部IMC限定。ミーティングに、ミッションセットアップ。目一杯、やる事あるわよ」
自席のモニターに表示される当面のスケジュールを確認しながら、カミラはサニの戯言を適当に遇らう。
「じょーだんよ。あーあ、せっかくの夏のリゾート目の前に、あたしゃ不運な女だよ」
「おいおい、サニ? 先週、あんだけビーチ堪能したじゃねぇか?」ティムは、乾いた笑いを溢す。
「何言ってんだい、このすっとこどっこい! マッチョ軍団と焼肉パーティーよ! アタシが求めるのは、セレブリティとロマンス! わかる?? ねぇ、アンタだって、セレブな水着の女の子と出会いたいでしょ?」
「おあいにく。オレは最近、そういう気が起きなくてねぇ」「え、うそっ⁉︎ 何それ? まさか、男に目覚めたとか⁉︎」ティムの左肩が、シートを擦ってズリ落ちる。
「な、なんでそうなる⁉︎」「だって。この間のマッチョらと随分意気投合してたじゃん。裸の付き合いだーとか言って」「ノリだろ、ノリ‼︎」
ティムは、ふと隣席の直人に目が行く。惚けたようにモニターに映る岸壁を眺めていた。
「……って、ナオ。お前もずいぶん残念そうだな。やっぱ、水着のネェちゃん拝みたかったクチか?」ククっと、イヤらしい笑みを溢すティムに、直人の反応はない。
「……この島は……謎とロマンに包まれている……」直人は、ボソッと呟いた。
「はぁ?」「巨人……海賊の財宝……伝説の島は目前だというのに……」
「ははは、ナオは、そうくるよなぁ」肩をすくめるティム。一方で、サニは自席から身を乗り出して、食いついてきた。
「そうそう! 昔、身長三メートルくらいの巨人の骨が見つかった事があるって、アタシの愛読書にもあったわ!」
「オレは海賊の財宝が気になるね。確かにここは海賊の根城だったような話は、聞いた事あるけど……」
直人は急に神妙な面持ちで語り出す。
「キャプテン・キッドの財宝さ。その財宝をめぐって、幕末の忍者達が、この島までやってきて奪い合っ」「ちょい待ち! センパイ、その話は、そこまでよ!」「えっ……」
サニは、シートから腰を浮かせて、直人の話にストップをかけた。
「その話、フィクションだから」両手を前に突き出し、どうどうと、馬をいなすようなオーバーなジェスチャーをしてみせる。
「え? そ、そうなの?」
「そうよ! だから、それ以上喋っては、著作権に引っ掛かる恐れが!」突然、早口で捲し立てるサニ。
「はぁ、サニ。オマエ、何言ってんだ?」ティムは、サニの方へ振り返り眉を寄せる。
「はっ⁉︎」サニは両目を見開き、両手で口を覆い隠す。
「アタシ……やば、また……」
ブリッジの一同は、怪訝気にサニを見つめる。
「最近、何かこの世界と関係ない情報が、突然頭の中に流れ込んでくる、変な感覚に襲われるの。そう、この間のミッションの後からだわ……」「オマエ、この間、集合無意識に呑まれかけたからなぁ。なんか引っ張ってきたんじゃね?」顔を青ざめさせるサニに、ティムはあっけらかんと言い放った。
「え、やだ! やめてよ!」サニは脱力して自席に腰を落とす。
「さっ、無駄話はそこまでよ。ティム、ドッキング、スタンバイは?」
カミラの一声は、ブリッジに程よい緊張を引き戻す。
「っと、いけねぇ! 時空間同期シグナル受信確認、PSIバリアパラメーターへセット。準備完了!」
「よし、浮上する」「了解!」
****
<イワクラ>船底、<アマテラス>コネクションポートの前室では、<イワクラ>に同行して来た技術部長アルベルトと、彼の部下六名が待機し、次元ポートとなっている船内プール(PSI精製水プール)の水面に半現象化して現れた<アマテラス>の係留作業を見守っていた。
「タラップ固定確認、よし!」
「アイツらと入れ替わりで、すぐに作業にかかるぞ」「はい!」
開放された、エアロックになっている前室ゲートから、アルベルトらはポート内に入ってゆく。先頭をゆく一人は、緩衝材で保護された、一辺五十センチ程度のキューブ状の機材を台車に載せて運搬している。
タラップまで来たところで、<アマテラス>の船内から昇降機に乗ってインナーノーツ五人が姿を現す。
「よぅ、おやっさん。釣りは堪能できたんかい?」アルベルトの姿を認めたティムが、船上から声をかけた。
「アホ抜かせ。こっちも二時間前に到着して、ここに詰めっきりだ。ほれ、さっさと降りてくれ。コイツの取り付けをしなきゃならんのでな」台車の上の機材を指してアルベルトが言う。その間に、インナーノーツ五人は、タラップを降りてきた。
「ああ、確か、NUSA支部で開発した、次元間追跡コミュニケーターとかいうやつか?」事前に聞いていた話をアランは思い出す。取り付けは、<アマテラス>専属メカニックでなければと、アルベルトらは<イワクラ>で遥々アメリカまでやって来ていたのだ。
「そうだ。これに合わせて、計器類のセッティングだ。忙しいんだ。さっさと行ってくれ!」「へいへい」
「お願いします、部長」「ああ」
アルベルトは、タラップの前に立ったままのインナーノーツを邪魔者とばかりに追い立て、部下らと共に船内へと急ぐ。
「ったく、行けったって、どこへ行きゃいいんかねぇ?」アルベルトらを見送りながら、ティムは嘯いた。
『相変わらず、騒々しいな。お前は。ティム』
コネクションポート区画に、マイクを通した男の声が響く。ティムは、やや独特の訛りのある英語の、その声には聞き覚えがあった。
「……っと、さっそくお出ましかよ……」
アルベルトとの一部始終を監視されていたかのような男の物言いに、相変わらずだ、とティムは思う。
「えっ、何? 知り合いでもいんの?」「ティム……」訊ねるサニと直人に、ティムは肩をすくませ、戯けたような微笑みを浮かべるだけだ。
『<アマテラス>の皆さん』男の声は、幾分改まって、語りかけて来た。
『よく来てくれた。その先のエアロックからこちらへ。我々が案内する』
「行くわよ」「あ、はい」
カミラとアランは、早足で前室のエアロックの方へと向かう。直人、ティム、サニの三人も、それに続いた。
エアロックを抜けると、二人の男女が並んで立っている。二人とも<アマテラス>チームと同じ、インナーノーツのユニフォーム(インナーの色が、モスグリーンではあるが)を身に纏っていた。
カミラが挨拶しようとするより先に、男が声をかけてくる。
「ようこそ、アメリカへ」
背が高く、がっしりとした体格の、先程の声の主は、握手の意を示しながら、日本からの来客を迎えた。