浜辺の狂詩曲 9
「違う、違〜う! もうちょい右!」「あ〜行き過ぎ! ちょっと戻って‼︎」
「だ、だ、だダメっす‼︎ スイカは左っス! たぶん!」「そう、左じゃあ!」「安藤! 三村! な、仲間を疑うな! 右! 右だ‼︎」「あ、兄貴ィ‼︎」「漢っす‼︎ 右じゃあ‼︎ 右へ来て突っ込め‼︎」
「そう、そこ! そこ!」
砂浜に並ぶは、スイカと、三つの男の晒し首……いや、首はまだ生きている。
砂の上に目隠しされた頭を残して、仰向けに埋められた三人の頭上を、棒状の影が揺れ動く。
「あーもう、うるさい! ここ、ここでいいの⁉︎」目隠しをしたサニは、ふらつく足を止め、外野の男衆らに問いただす。彼らは、口々に、そこだ! やれ! 違う、どっちだ、などと喚き散らしていた。彼らに混ざって、ティムの他、アイリーン、カオリ、ヒトミら女性陣も、声を張り上げている。
「ジャリって……」「なんか、ヤバそうっすよ、兄貴ィ」「わ……わ、我ら、生まれた日は違えども、死す時はぁああ、っとなんだっけ??」
「あーもーう‼︎ うるさくってぜんぜんわかんない‼︎ いいや、ここで‼︎」サニは、大きく手にしたエモノを振りかぶる。
「そう、そこ! そこだぁー‼︎」「ぅわあああ‼︎」「も、も、もう! 駄目だぁ〜〜‼︎」
「てぇえええい‼︎」
ペコン……
…………
静まり返る外野勢。手応えを感じながら、サニは目隠しをずり下ろす。
「……安心せい。エアソフト剣じゃ」
サニの振り下ろしたフニャフニャの剣は、見事、兄貴と呼ばれていた細身の男(伊達という名字らしい)の、ヘッドギアで守られた額にクリーンヒットしていた。
サニは剣を除けると、引き攣った笑ったような顔のまま固まっている、伊達の目隠しを外してやる。
「って、アンタら騒ぎすぎよぉ! あーあ、スイカ、全然あっちじゃん」やや離れたところに鎮座するスイカを、サニは恨めしそうに見つめた。
「す、すんません! サニの姐さん!」「盛り上げんのが、アッシらの仕事なんで」「誰が、姐さんよ。ったく。はい、次は?」「あ、ワタシやるぅ!」一番で名乗りをあげたのは、アイリーンだ。ビーチバレーの一団から戻るなり、すっかりこの場に馴染んでいた。
「ねぇ……あれ、罰ゲーム? めっちゃ、盛り上がってますけど……」遠巻きに見ていた真世は、呆れ果てていた。
スイカや道具の準備の良さといい、スイカ割り自体、彼らの想定済みのイベントだったのだろう。真世を失神させかけた、伊達、安藤、三村の三人を罰ゲームに処した陽子は、今更ながらにそれに気づいた。
「ったく、アイツら。ま、いいさ。今のうち食べよう、食べよう!」スイカ割り(スイカ当て……か?)に興じる彼らの食卓は、まだ殆ど手付かずの料理が残っている。陽子は、まるで自分が準備したとばかりに、真世を誘う。
「大丈夫。私と一緒なら、アイツら、真世にはちょっかい出せないから」「う、うん」
焼くだけ焼いて、大皿に移されていた焼き肉を、陽子はトングで鷲掴みで紙皿にとり、適当なビーチチェアに深々と腰掛けた。
「ちょ、陽子! そんなに食べるの? しかも、肉ばっか……」「つわり治ってきたら、腹減ってしょうがないんだよ。なんか、好みもかわっちゃってさ」
「さて、味はどうかな? ……んっ、ちょっと塩気強いけど、いい感じよ」
陽子は、自分に取り分けた肉を、タレと共に進める。
「それじゃ、いただきます……」
全く、野獣が牛の肉なんて……共食いじゃない、などと考えながら、真世は恐る恐る、勧められた肉を口に運ぶ。
「え、うそ、美味しい……」甘さと塩気が適度な油で溶け合い肉に絡みつく。そこに僅かに効かせたリンゴの爽やかな風味が鼻を抜けていった。とても、あの脳筋どもが仕込んだとは思えない味だ。
「ふふ、私直伝レシピのタレ、どうよ?」「直伝?」「アイツら、私の弟子だからね」「あ、そういえば、陽子さんのこと、先生って……」
陽子は、頬張った肉を咀嚼しながら、得意気な笑みを浮かべていた。
「私、結婚前は、療養棟で栄養看護師やってたでしょ。それで、アイツらの栄養管理顧問もやる羽目になってね」「あ〜それで」「このビーチパーティーのメニューも、毎年よく相談に来てたっけ。女の子にウケるのは、何がいいって」
「……はは」真世の口から乾いた笑いが溢れる。
マッチョ軍団は、すっかりスイカ割りに夢中だ。今のうち、とばかりに、二人は、テーブルの料理をしばし楽しむ。
「実世さんと、喧嘩したって?」陽子は、次々と肉を平らげながら、真世に話を振った。
「け……喧嘩……なんてもんじゃないけど。ママ……最近……私のこと、遠ざけようとしてるみたいで……」「ふぅん……」
「ママ……体調もあまり良くないの……だから……私……」
真世は、箸を置いて俯いた。
「心配して、何が悪いの?」言いながら、肩が小さく震え出す。
「ふふふ……ははは! そういう事かい」「よ、陽子さん?」「いや、ごめん。でも……実世さんの気持ち。なんかわかる気がするわ」
「ふふふ。聡くん、家でどんなだと思う?」
グリルの方を見やれば、田中が一人、せっせと肉や野菜を焼いている。
「田中さん? うーん、優しそうだから、家事とか、なんでもやってそう……」「そう、そのとおり! そりゃもう、なんでも先回りしてさ」
陽子はカラカラと笑う。そうしている間に、田中は、焼き上がった食材を皿に盛り付けて戻ってきた。
「陽子! お待たせ! 追加、焼けたよ! あ、あとは……」田中は、皿を置くと、今度は、飲み物、飲み物と口にしながら、クーラーボックスを物色し始めた。
「ね、妊娠わかってから、ずっとこんな感じさ」「いい、旦那さんじゃないですか」
「そうさ。けどね、四六時中、あれこれ傍で心配される身にもなってごらん」「……ちょっと、鬱陶しい……かも……」「だろ? ま、私の場合、聡くんは日中仕事だからねぇ。気も休まる時間もあるけど」
「私は、ママに付きっきり……でも、それは!」
陽子は、田中が運んできた肉を口にしながら、真世の言葉に頷いた。
「わかってる、わかってるって。実世さんも。真世の気持ちは」
「……けどさ。子供にはもっと自由に、伸び伸びと、自分の人生、生きてもらいたいと思うもんじゃない? 実世さんも、貴女のこと、同じように心配してるのよ」「……ママ……」
話をしているうちに、ホクホクとした笑顔を浮かべた田中が、戻ってきて、飲み物やら、デザートやらを並べ始めた。ひととおり並べ終わると、田中は対面の椅子に腰掛け、一息ついた。
「ふう、陽子の好きそうなスイーツも、見繕ってきたけど、どう? あ、飲み物は麦茶で良かった?」
「……ね?」陽子と真世は、顔を見合わせて、微笑み合う。
「ふふ……ほんと」「……ん、どうした? あ、そうだ、そうだ」
田中は指輪型端末を操作し、空中へ画面を立ち上げる。テレビ番組のようだ。
映し出されているのは、見慣れたIN-PSID本部中央区画のロビーホール、設けられた壇上にIN-PSID所長、藤川の姿が見える。
集まった記者らを前に藤川が、話を続けていた。
『……そして、このインナーミッションを通して、インナースペースの解明に寄与し、PSI特性災害の未然防止、またPSIシンドロームの解消へ大きく貢献することでしょう。では、その核心となる技術の概要をご説明いたします。既に、我々、IN-PSIDでは……』
田中は、料理をつまみながら、画面に食い入る。
「そっか、今日、会見日だったね。私もよく知らないけど、真世も関わってるんだっけ?」陽子が訊ねた。
「え、ええ……まあ、私はオマケみたいなもので……」「ふぅ〜ん、インナーミッション……PSIクラフト? ……なんか凄そうだけど、私にはさっぱりだよ」
テレビを見ている間に、スイカ割りを抜け出してきたサニが、食卓に戻ってきた。
「真世さん! ごめんね! まさかこんなマッチョ軍団来るとは思ってなくて」「うぅんん。ちょっと様子、見に来ただけだし……」
サニの後ろの方に、灯台が見える。並んで岸壁に腰を下ろした直人と亜夢の後ろ姿が小さく見えていた。
真世の視線に気づいたサニも振り返り見る。
「……何、話しているんでしょうね、あの二人」
サニの呟くような言葉に、真世はただ、無言で答えていた。
インターバル話「浜辺の狂詩曲」は本日で終了です。
本話のイメージイラスト公開してます。よかったらご覧ください。
https://www.pixiv.net/artworks/110911750
次回からは、二章後半ティム編です。引き続きよろしくお願いします。