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INNER NAUTS(インナーノーツ)第二部  作者: SunYoh
第二章 月と夢と精霊と
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浜辺の狂詩曲 8

 ベランダの椅子に腰を下ろす、背の高い短髪の男は、指輪型小型端末が作り出す、光形成ディスプレイに映し出された映像をピンチアウトし、程よく拡大したところでシャッターを手早く切る。ディスプレイに表示された、撮影したての映像さっと確認し、次の撮影に取り掛かろうとしていた。

 

「よく撮れてますねぇ」不意に背後から声をかけられ、男は振り向く。

 

 同じように撮影に当たっていた、男の対面に座るショートカットの切れ長の目の女も、男の様子に気づいて作業の手を止めた。

 

「……か、神取殿! いつの……間に⁉︎」女が叫ぶ。咄嗟に端末を隠そうとする男の手を神取が止める。

 

 ここは、療養棟、その男女らの共用部屋に付随するベランダ。眼下にはプライベートビーチ、その端の方には、長く伸びた突堤と、その先に灯台が見える。男はその辺りを撮影していたようだ。

 

 灯台の方へ向かう、若い青年、そしてヒマワリ柄の水着姿の少女が、くっきりと画像に映し出されている。

 

「水着の女の子の盗撮とは……良い趣味で」

 

「こ、これは……」女が、弁明をしようと口を開き、何かを言いたげに神取を見上げている。

 

「御所への、いや、あの尼御前への報告、でしょう? 男ならまだしも、こんな写真、送ったところで喜びませんよ」神取は、にべもなく言い放った。

 

「棟内での撮影は、なかなか難しいので」撮影に当たっていた二人を見守るようにベランダの奥に座っていた、何処となく女と似た顔立ちの男が静かに言った。

 

「真面目に答えなくて、結構……」神取は苦笑した。

 

「神取殿……あの娘……さっきまでと振る舞いがまるで違う。これが……貴方のおっしゃってた人格の……」切れ長の目の女が、端末を操作し、写真を選ぶと、それを空中に展開した。(時空間操作による、空間投影テクノロジー)

 

 先ほどまで波際で遊んでいた、同じヒマワリ柄の水着の少女の写真を開き見せながら、たどたどしい口調で神取に訊ねる。

 

「……そのようですね」

 

 神取は、表情一つ変えずその写真を一瞥する。

 

「……この写真の方が、主人格の亜夢、そして今、あの灯台に向かっているのは……」

 

 神取はベランダの縁に立つと、両目を細めて灯台へと向かう男女を見つめた。

 

「神子……ですか……」「……のようですね」

 

「最近、神子の方は、なかなか表に出てこなくなりましてね。入れ替わっているとは珍しい」

 

 三人に向き直り、神取は続けた。

 

「あの娘の肉体は、神子とあの子自身の魂の二つを宿しているが、一方が目覚めている時は、魂半分で身体を支える事になる。その分の活力は、ここの施設で定期的に補ってやらねばならない……ここを離れては一ヵ月も保たないでしょう」

 

「それゆえ、ここから運び出すための器が必要…………という事でしたね」奥の男の言葉に、背の高い男は、一つの写真を、先程の写真と並べて示す。

 

 ほんの少し前、食堂のバルコニーを隠し撮りしたものらしい。テーブルに向かう、スタッフユニフォーム姿の女をギリギリとらえた映像になっていた。

 

 そこに写っている真世を認め、神取は、小さく頷いて再び口を開いた。

 

「肉体の保持に必要な活性化 PSI補填水は、まだここの専売技術……国連がIN-PSIDのみ、限定的に臨床での使用を認めているが、国内の医療機関への普及は当面先になる。ここでも、亜夢と『その器』の母親だけ……」

 

「神子に代わりの肉体を用意する……一応、理屈は通ります。風辰翁もそれを聞き、今は貴方に神子の件、一任されている。我らがとやかくいうことではありません。しかし、貴方は、必要以上に時間をかけている。私のこの見えなくなった目には、はっきりとそう、映っています」

 

 虚ろな瞳を神取に向けたまま、奥に座る男は抑揚のない声で語りかける。

 

「ふふ……まあ、その事は追い追い……」

 

 ベランダの縁から離れ、神取は部屋の方へと向かう。

 

「いずれ、あなた方の手も借り借りるやもしれません。尤も、その時もあなた方の気が、変わらなければ……ですがね」ベランダの出入口で立ち止まり、神取は、不敵な笑みを浮かべる。

 

「我らを信用できぬ……と?」「ふふ……あなた方は、お目付け役でしょう? 私の。まあ、せっかく来たんです。ここはいい所ですよ。ゆっくりされたらいい。それでは」そう言い残すと、神取は彼らに振り返ることもなく、彼らの部屋を後にした。

 

「か、神取殿!」「……やめなさい、(かい)」奥の男は、身を乗り出す皆の手を掴んで制する。

 

「お……お兄様!」「あれで、我らを気遣っているのだよ。あの人は……ここで、ずいぶんと変わられたようだ」

 

「……そ、そんな風には……」兄の唇の動きをじっと追いながら皆は言う。

 

「視界を失って、よくわかるのだ……人の持つ空気が……」

 

「ふふ……陣も……今日はずいぶんと人間らしい気を纏っているな」「……えっ?」穏やかな笑みを浮かべる兄の言葉に振り向くと、空中に展開されたままの、浜辺で遊ぶ少女の写真に、弟分である長身の男、陣が頬を赤らめて見入っていた。

 

「……陣……お前……」

 

 皆は、一つため息を吐き出した。

 

 

 ****

 

 夏の海に誘われるように、アムネリアは突堤を真っ直ぐ、迷いなく歩き続ける。直人は、その後を小走りで追う。

 

「亜夢は……いったい、どうして急に?」

 

 灯台の近くまで来て、直人はやっと声をかけることができた。この灯台の地下深くに、<アマテラス>を『あの世』へと送り出す次元ゲート、『エントリーポート』が隠されている。

 

 直人に答えるより先に、アムネリアは、灯台元の岸壁に腰を下ろした。直人もその隣に座る。

 

 鮮やかなオーシャンブルーの彼方に、空と海をくっきりと分ける水平線が輝いていた。

 

「……この身体に刻まれた記憶……浜辺の砂が、それを思い起こさせたのでしょう。記憶を辿って、無意識のうちに、精神の深みへと分け入ってしまったのです」水平線を見つめたまま、アムネリアは淡々と、直人の疑問に答えた。

 

「そ、それじゃあ……」

 

「大丈夫……じきに目が覚めます。それまでの間は、我と……」「う、うん……」

 

 照れ臭そうに俯いて微笑む直人を、慈しむようなアムネリアの瞳が見つめる。

 

 アムネリアは、風に吹かれる髪を、手首に付けていた青のビーズのシュシュで、両肩の前で手早くまとめると、再び水平線の方を見遣る。

 

「……なぜ、我がここにいるのか……この世界は、我の想いが織りなす幻想なのか……寄せては返すこの波のように、我は時と場の狭間で漂い続けている……絶えることなく……」

 

「アムネリア……」

 

「我は…… 」

 

「※ア※ムネ※リア……そう呼ばれる存在」

 

 聞き取れない言葉だった。二人はしばし見つめ合う。その言葉を口にしたアムネリアの瞳……哀しそうだと直人は思う。

 

「ふ、不思議な響きだね……どこの言葉?」

 

「わからない……でも、我は『アムネリア』と呼ばれたい……貴方が与えてくれた、この響きが……我は好き……」靡く髪に手を当てて、静かに微笑むアムネリアは、どこまでも透き通った美しさを湛えているかのようであった。

 

「そ、そうか……気に入ってくれてるなら……よかった」高鳴る胸の鼓動を悟られまいと、直人は、水平線の彼方へ声を投げる。

 

 潮風が、しばしの沈黙を運んでくる。アムネリアの口がもう一度、小さく開く。

 

「……サニは……我を人間だと言いました……」

 

 その言葉に直人は、ハッとしてアムネリアの顔を覗き込む。アムネリアは、じっと直人の瞳を見据えていた。

 

「我は、人間……ですか? ……なおと……」

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