浜辺の狂詩曲 5
「サ〜ニ〜!」人ごみを掻き分けて、二人の女性がこちらに向かってくる。
「あ、ヒトミ、カオリ! 来てたの⁉︎」
どこか秘密めいた雰囲気のある長い黒髪のコ、そして、癖っ毛ミディアムショートの比較的背の高い快活そうなコの二人組……どこかで見た二人だと、ティムは思う。
「うん、医学部の人たちに誘われて……って、あ、ティムさん」その二人も、どうやらティムをよく知っているようだ——思い出した。あの、スポーツジムでサニとベリーダンスの体験レッスンに来ていたコ達だ。
「ちょ、ラッキーじゃない………」「え、あ、そっか……」二人は、何かゴニョゴニョと相談している。
「ねぇ、サニ! ティムさん貸して!」カオリが嬉々とした表情で言った。突然、名指しされたティムは、目を点にしている。
「なんか、ハズれな連中ばっかでさ。特に一人、バカなやつがしつこくて。ヒトミのことモッコ……ちゃんとか、わけわかんないこと言って追いかけてくるの!」
カオリの言葉が、サニの第六感を刺激する。
「カオリ、ヒトミ……まさか、あなた達も……」
「は?」ヒトミは神妙に伺ってくるサニに、キョトンとしている。カオリは、背後を伺い、そのバカの追跡を気にしていた。背の高い、ガタイのいい男が、キョロキョロと当たりを見回していた。
「と、とにかく、お願い! ティムさん、一緒に居てくれたら、魔除けになると思うから!」
「オイオイ……魔除けって……」
「わかったわ! カオリ。確かに一大事ね! こんなヤツでも多少は役に立つかもだから! ティム、しっかり二人を守るのよ!」「へいへい……」すっかり、サニ達のペースに乗せられ、ティムは成り行きに任せるほかない。
「わ! ありがとうございます! ティムさん!」
「サニも来る? 向こうでボートでも乗ろうよ」「お、いいね、ボートなら任せろ」「アタシはパス。待ち合わせがあんの」「そう、じゃ、また後で〜」
カオリは、ティムとヒトミの腕に、自分の腕を巻きつけると、ボート小屋の方へ二人を連れて駆け出した。
「はぁ。やっとみんな散ってくれたわね……にしても、先生、何してんのかしら? ぐふふ。イケメン共、まだかしらん」
サニは、プライベートビーチのゲート付近を見渡すが、新たに人が入って来る気配はない。
「あのー、もしかして、サニさん?」
聞き慣れない野太い声に、サニはビクついて振り向いた。
「え? そうだけど……って、何??」
いつの間にか、サニの背後に、大柄な男衆が五、六人、壁のようになって立っている。黒光りする筋肉が盛り上がる肩を吊り上げ、盛り上がる上腕二頭筋をこれ見よがしに、振りながらサニとの距離を一気に詰めると、男衆は、一斉に、ニカっとスマイルを作った。太陽に反射する前歯に目が眩んだサニは、ジリっと後退りして、身構えた。
「マジ? ぐうかわ」「さっすが、伊藤先生。やっぱ、頼んで間違い無かったぁ‼︎」「あの! 真世さん、真世さんも来ますよね‼︎」
男どもが一斉に話し始める。汗の匂いが鼻を刺す。
お、犯される‼︎ サニは身の危険を感じずにはいられない。
「ヒィ‼︎ な、な……なんなの⁉︎ アンタたち??」
サニが震え出したのを見て、リーダー格らしき男が、一同に命じると、男衆の一同は軍隊の如く横一列に整列した。
「押忍‼︎ オレたち! 医療部! ボディビル研っス‼︎ 自分は、部長の菩提ってもんっス!」
菩提が挨拶すると、それに続いて男衆らも挨拶した。ひとまず、襲われる心配はなさそうだが……
「ま、まさか……伊藤先生の言ってた、イ、イケ……イケ……」「はい! 先生は急患が入って来れません! サニさんと真世さん、しっかりもてなすよう、仰せつかって参りましたぁ! フン‼︎」菩提が、丸太のような両腕を曲げで腰の辺りで組み、力こぶを盛り上がらせてサイドチェストのポーズを作る。すると、彼に倣って、男衆は揃った動きで同じポーズを作り、白い歯を剥き出しにして見せた。
「フン! ……フン! ……フン!」
次々と繰り出されるポーズに、男衆の筋肉は、喜びに打ち震え、汗を散らす。日差しを受けて照り返る黒光りの強烈なフラッシュと、芳しい雄の匂いが、サニの脳を蝕んでゆく。
「イケメンが……キンニクで……キンニクが……イケ……」目眩を覚え、サニはふらふらと後ずさった。
男衆の一連のパフォーマンスを終わると、菩提は、サニの様子を気にする風もなく、豪快な笑顔で声をかけてきた。
「ちょうどこれから、バーベキュー始めるところなんス‼︎」菩提がそう言う間に、男衆は、すっかりサニを取り囲んでいた。
「さぁ! こちらへ‼︎」「たんと『ニク‼︎』食ってってください‼︎」「真世さんもそのうち来ますよね⁉︎ 来ますよね⁉︎」取り囲む男衆が熱量の高い笑顔を投げつけてくる——
キラキラと宝石のように眩く輝く、砂浜。
……ふふ……あたしを捕まえられるかしら? 王子様……
……お待ちなさい……マイ、ハニー……
駆けるサニの足元を、小波が優しく洗う。振り向けば、こんがり焼けた艶めかしくも引き締まった逆三角形体型の細マッチョの『イケメン』が、ブロンドを靡かせ、眩しい微笑みを湛えながら、スローモーションで追いかけてくる。
……いやヨォ……ふふふ……
……ははは……ほら、捕まえた! ……
……きゃっ! ……
イケメンが、サニを背中から抱きしめる。サニはその抱擁に身を任せ、瞳をとろかせて、高鳴る鼓動に期待を膨らませる。
「……イケメン……イケメン……あたしの……」
イケメンの艶やかな唇がゆっくりと迫ってくる——
イケメン? ……違う! 目の前に並ぶのは、脳まで筋肉に侵された、野獣の如き男衆のギラつく瞳、そして黒い顔面に作られた、逆台形の口の中で、異常に白く煌めく歯列、歯列……
「いゃあああん! なんでこうなんのヨォ〜〜!」