天仙娘娘 1
清らかなる水鏡達よ
全て、映し出すがよい
其方は恐れ……
其方は哀しみ……
其方は欲……
其方は…………"愛"……といったか……
全て……我が裡に宿しもの……
穢れを知らぬ水よ
我が裡に入りて、人を測ればよい……我は其方、其方は我なり……
大海の如く、一つに溶け合い、天に昇り、再び地上へと降り注ごう……
我は名は、……ア……ムネ……リア? ……
我は……我は…………
——我は、誰か——
——亜夢だよ‼︎ ——
……‼︎ ……
胸のあたりで何かが揺らめく。
大地の底が揺さぶられる。まるで、呼応しているかのように。
いつか見た神殿……その壁の化粧石がまた一つ、また一つと崩れ落ち、自然のままの岩肌を露わにする。
一方、頭上から滔々と注がれる、濁り無き淡水の滝は、全く動じる事なく、ただひたすらに、上から下へと滑り落ちていた。
…………ネ……イリ……ア……
……ラア・ハム……ネ……イリ……ア‼︎ ……
貴方の呼ぶ声が聞こえる。声は、あの固く閉ざされた"石門"の向こうから……それとも……
……もう、人は、この形ある世界に干渉してはいけない……そういうことなんだ……私は、それを受け入れる……
……だから、……だからこそ、ラア・ハム! ……
……共に生きよう! ……たとえ、わずかな時だとしても……其方と共にあることが……私の! ……
貴方の声……
溢れ出るは、我の裡……
ゆっくりと闇が世界を閉ざしてゆく。
……温かい……
……瞳を閉ざし、闇の世界へと自らを誘えども……我が身を焦がす、貴方の温もりは消えることはない……
……その記憶、貴方の願いを抱いて、我は逝く……
………………認めよう…………共に生きたかった……
……されど、命尽きようと、人の……その願いの記憶は永遠……
……悠久の時を超え、流転しようとも、巡り合えると信じて……またこの世界で……
……その為に人を……人の形を残したい……
……ああ……見える……
再び開かれた視界の中に、幾つもの色の発光に包まれた、無機質な空間が広がってくる。
……ここは人が作り出したモノの中……<アマテラス>と呼ばれし、"常世"を渡る船……
……今、この時……我は、この船の一部……
……人の作りしモノ……さりとて、この船の温もりは……心地よい……
忙しく何かを伝えあう、音声が飛び交っている。
……それは……貴方が、そこに居るから……
瞳は前方の席で、機器のチェックを淡々と進める青年の方へと惹きつけられる。
……これが……貴方と共にある時……共にある世界……
青年は振り向き、どこか幼げな顔に小さな笑みをこちらに浮かべると、再び前を向いた。
……我が望んだ世界……
……なおと……
「波動収束フィールドにPSIクラスター反応‼︎ 固有値数、約千‼︎」ウェーブがかったブルネットの髪を振り、<アマテラス>観測手、サニ・マティーニが声を上げる。
「<天仙娘娘>とのデータリンク準備。向こうは初陣よ。こちらは合わせましょう。アラン、通信回路開け」言い終わると、隊長、カミラ・キャリーは、ブロンドの髪に包まれた端正に整った顔を上げ、副長、アラン・フォールに命じた。
「了解! <アマテラス>より<天仙娘娘>!」
<アマテラス>ブリッジ、右舷側のモニターに、並航してきた<天仙娘娘>の碧玉の輝きが映り込む。
中国、泰山信仰の女神、碧霞元君の別名<天仙娘娘>を冠するこの船は、IN-PSID Chinaにて開発された、新型[PSIクラフト]である。<アマテラス>を基本設計としているが、曲線を多用した有機的な船体フォルムは、何処となく龍頭を彷彿とさせた。船体各所には、この船特有の装備である[全周共振PSI波動スプレッド]の発振器である半球状デバイスが、多数取り付けられ、暗赤色の鈍い光を不気味に放つ。船体上部装甲、昇降ハッチ周り等には、航行の安全を祈念したのであろう、古来より魔除けとされた雷紋が、黄金色で施されていた。
「収束データ、デフォルトサンプリングは、貴船に同期する。波動収束フィールド、ハーモナイズをどうぞ」
<天仙娘娘>の全周投影型球形ブリッジに、カミラの声が"彼女達"の中国標準語に翻訳されて響き渡る。
ブリッジ中央のシャフトから、垂れ下がるように伸びた五つの"枝先"に、この船のクルーらのシートユニットが取り付けられていた。それはまるで、古代中国、四川省に栄えたという三星堆遺跡で発掘された、高さ四メートル程の『青銅神樹』によく似た構造物である。
"枝先"の各シートには、簡易生命維持装置が取り付けられた、真紅の気密スーツに身を包む女性クルーらが座している。軟体動物の腕のように枝を動かして、各自シートの位置を変えながら、全周に気を張り巡らせていた。
"彼女達"こそ、IN-PSID Chinaにて結成されたインナーノーツ<天仙娘娘>チームである。
「くくっ。小日本組のくせ、偉っそぅ〜」
亜麻色の無造作な髪、どこかやんちゃな面持ちの若手女性クルーが、悪態をつく。シートのアームを上下左右いっぱいに動かし、まるで遊園地のアトラクションでも楽しむかのようにしている。
「口を慎みなさい、仙術士。『小敵と見て侮る勿れ』です」
最上位置のアームに座す、艶のある黒髪を額前で切り揃えたインナーノーツ<天仙娘娘>チームの女性隊長、劉が、落ち着きのある口調で諭した。
「ふぁあい」仙術士は、欠伸混じりの返事で答える。その様子に、劉は切長に整った両目に笑み一つ浮かべる事なく、<アマテラス>からの通信に答える。
「<天仙娘娘>より<アマテラス>。了解した。貴船の配慮に感謝する。同期シグナル、アルファ1に設定されたし。これより作戦行動を開始します!」
劉が通信を手短に切り上げると、そのタイミングを測っていたかのように、右隣にシートが迫り上がってくる。シートに座す長髪の女性クルーは、緩くウェーブを描く、長く垂れた髪を払い上げ、ばっちりとメイクを整えたきつね顔に微笑を浮かべて、劉の指令を仰ぐ。
「副長! 波動収束フィールド、黒二○! 炙り出しておやりなさい!」
「参照データベースは?」「お任せします。日本チームの歓迎パーティーです。楽しませておあげなさい」
「OK! 収束‼︎」