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悪役王子とラスボス少女(ただしバッドエンドではモブ死します)  作者: 高八木レイナ


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5 ハーベルの暴走

 どうやらマルクが退団届を受理してくれていないらしい。

 退団届を出せばすぐ受理されると聞いていたのに。こんなことは前代未聞だ。


「もうっ、何なの……」


 リーチェはマルクから受け取った手紙を握り潰し、自室の暖炉に投げ入れた。パチパチと音をたてて手紙は消えていく。

 マルクからの手紙には、なぜか『リーチェの気持ちは分かっている。無理しなくて良い。謝れば許してやるから……』と上から目線で書かれていた。

『とにかく会って話がしたい』と手紙でしつこく記されている。


(絶対に会いたくない……!)


 マルクの手紙が気持ち悪かったので、リーチェはここ数日仮病を使って休んでいた。

 リーチェが通う王立学園は成績が優秀ならば授業に出席していなくても大目に見てもらえる校風である。

 しかし許可なくこのままでずっと休み続けると単位が取れず卒業が危うくなる。


「気が進まないけれど、やっぱりマルクに会うしかないのかしら……」


 副長のハインツからも、『すまないが、俺にはマルク殿下を説得できそうにない』と謝罪の手紙が届いていた。

 このままでは魔法士団長のマルクが了承しない限り、在席したままになってしまうだろう。職権乱用も良いところだ。

 それにしても、マルクがこんなにリーチェに執着してくるとは思わなかった。

 彼なら駒になる手下はいくらでもいるだろうに。リーチェにこだわる意味が分からない。

 

(いざ手放すと思うと惜しくなったのかしら?)


 とことん勝手な男だな、と呆れてしまう。


 リーチェは侍女を呼んで、身支度を始めた。ハーベルからお茶に誘われているのだ。二人はパーティの後から文通しあう仲になっていた。


(ハーベル様は『これからのことを話し合いたい』とおっしゃっていたけれど……いったい何のことかしら?)


 不思議に思ったが、リーチェもハーベルと話をする機会をもっと増やしたかったから了承した。

 馬車で王宮の敷地内を進んでいく。その車内でリーチェはつぶやく。


「相変わらず王宮は広いわね……」


 敷地内には二つの王子宮があるが、庭園や噴水をいくつも過ぎなければたどり着けない。

 正門からしばらく走り続け、王子宮の前で馬車は停まった。従者の手を借りて馬車のタラップを降り、王子宮の二階に案内される。

 精緻な模様の施された樫の扉が開かれると、ハーベルが書類から顔を上げて鋭利な眼で彼女を見つめた。


「リーチェか……よく来たな」


 窓を背にしているせいか、ハーベルの顔は逆光で影になっており、悪人めいた顔が五割増しで恐ろしくなっている。


(私って、これから殺されるのかしら……?)


 無駄に迫力がある声のせいか、ハーベルが発したセリフは普通の言葉のはずなのに裏があるように聞こえてしまう。

 今日も悪役のような雰囲気をかもし出しているハーベルに向かって、リーチェはスカートをつまみ上げて挨拶する。


「ハーベル殿下にご挨拶申し上げます。……お取り込み中でしたでしょうか?」


 出直すことも考えながらリーチェがそう声をかけると、ハーベルは首を振った。


「いや、そろそろ休憩したいと思っていたところだ。そこに掛けてくれ」


 入口の脇にあるソファーセットを示され、リーチェは戸惑いながらも腰を降ろす。なぜかハーベルは向かいではなく、リーチェのすぐ隣に座った。距離は拳ひとつ分ほどだ。その近い距離に彼女は困惑した。


(友達になりたいとは伝えたけど……こんなに急に距離を詰めてくるなんて意外……)


 ハーベルがリーチェと同じように人間関係を構築するのが苦手なタイプだということは知っている。だから一足飛びに距離を詰めようとしているのかな? とリーチェは首を傾げつつ、彼の不器用さに親近感を覚えた。

 そして運ばれてきたアップルパイと紅茶に、リーチェは目を丸くする。


(私がアップルパイ好きって、ハーベル様に伝えたことあったかな?)


 家族やララなら知っていることだけれど、クラスメイトにも話したことはないのに……。たまたまかな、と彼女が首をひねっていると、ハーベルが言った。


「リーチェ、このカップをどう思う?」


 まるで脅されているのかと思うような低い声で問われて、リーチェは目の前の紅茶が入れられたティーカップを見つめた。

 それはハーベルのカップと同じ──いや、左右対称になったようなデザインで、よく見れば白地に赤い花びらのような不思議な模様が大きくほどこされていた。


「これをこうすると……」


 ハーベルはそう言いながら、己のカップをリーチェのそれに近付けてくる。カップとカップがくっつくと、ハート♥に見える形が完成した。


「……気に入ったか? 急いで特注で作らせたんだ」


「わぁ、とても素敵ですね! 良いと思います! 流行りそうです」


 リーチェは可愛すぎる意匠にビックリしたものの、そう褒めたたえた。

 ハーベルは「そうか」と、まんざらでもない表情で、カップの紅茶を口にする。


(ハーベル様の趣味とは思えないから、お店で売り出すおつもりの商品かな?)


 貴族でお店を出資している者は少なくなく、ハーベルもその一人だ。

 ハートは元々女性に人気があるが、片方が花びらのようになっていて、対になるカップをくっつけたらひとつの大きなハートに見えるカップは見たことがない。可愛いデザインだし、これならリーチェも日常使いしたいくらいだった。


(ハーベル様とおそろいっぽいのも良いな……推しと同じカップ……ハーベル様のお店で売り出してくれないかな。そしたら、こっそり買いに行くのに……)


 そう思いつつ、リーチェはアップルパイを口にする。

 ハーベルが気遣わしげに問いかけてきた。


「最近は体調を崩して学園を休んでいると聞いていたが……もう大丈夫なのか?」


 まさか、科の違うハーベルの耳にまで届いているとは思わなかった。

 理由があるとはいえ、ずる休みになってしまっているのでリーチェは少々気まずく思いつつ言った。


「ちょっと日々の疲れが出てしまって……でも明日から、また通おうと思っています」


「そうか……何か困っていることはないか? 欲しいものなどあれば遠慮なく言ってくれ」


 ハーベルの声音は優しい。

 リーチェは言っても良いのか少し悩みつつ口にする。


「じつは退団届を出したのですが……マルク様が受理してくれていないようなのです」


「そうなのか?」


「はい。なので、近々どこかでマルク様に直接お会いしなければならないと思っているのですが……それが憂鬱で」


 リーチェがそうため息を落とすと、ハーベルは「ふむ……」と少し考えてから言った。


「ならば、俺も一緒に行こう」


「えぇっ!?」


「きみも俺と一緒の方が気が楽だろう」


(確かに一人で行くよりは心強いけれど……)


 王子のハーベルにそんなことをしてもらっても良いのだろうか、と逡巡した。まだ仲良くなって間もないのに。


「えっと……しかし殿下……いえ、ハーベル様はお忙しいのでは?」


「きみのためなら、何ということもない。それに今仕事を詰め込んでいるのは、今後のために時間を作りたいからだ」


「今後……ですか?」


 リーチェがどういう意味だろうと思って尋ねると、ハーベルはなぜか顔を赤らめて咳払いした。


「ほ、ほら……共に旅行にも行くだろうからな」


「……旅行? 私とハーベル様が……ですか?」


 仲良くなりたいとは言ったが、いきなり旅行とは。飛躍しすぎではないだろうか。


(付き合ってもいない男女が一緒に旅行に行くなんて、誤解を生みかねないような……)


 ハーベルはなぜか照れた様子で言う。


「やはり、ゆっくりしたいから七日くらいは必要だろう?」


「七日!?」


 リーチェは目を剥いた。

 一泊や二泊の話ではなかったらしい。


(そんなに長期間だなんて、まるで新婚旅行か婚前旅行のようじゃない……!)


「いえ、しかしですね……」


 リーチェの困惑に、ハーベルは表情に影を落とす。


「……俺と一緒に旅行には行きたくないか?」


「いっいえ! そういうことではないのですが……っ」


 リーチェは慌てて、頭と手を同時に振った。


(彼を傷つけないように断りたいけど、なんて言えば良いのか……)


「ほっ、ほら! 私とハーベル様は男と女ですしっ」


 そうリーチェが伝えると、ハーベルは眉をよせた。


「何を当たり前のことを言っているんだ?」


(えぇ!?)


 それは問題じゃないのか。ハーベルは思っていた以上に天然なのか?

 リーチェが頭を悩ませていると、ハーベルがため息を落とす。


「……まぁ、俺も気持ちが焦ってしまって、いきなり旅行を提案してしまったからな。きみが望まないなら無理には進めない。……だが、できれば俺はきみと一緒に行きたいと思っている。考えておいてほしい」


 まるで大型犬が落ち込んでいるような姿に、リーチェは胸が締め付けられる。

 そこまで熱心に望まれると気持ちが揺れた。


(でも、従者が一緒に行くとしても、二人で旅行だなんて……あっ、そうか。他に一緒に行く人がいれば良いのかもしれない)


 リーチェはそう思い直した。


「父を連れて行っても良いですか?」


「親同伴で!?」


 ハーベルが愕然とした表情をしている。


「あ……でなければ、私の友人のララ・ヒューストンとか……」


(あれ? ハーベル様とララが仲良くなったら、このマルクルートは危険? でもララはマルクとまだ親しくなってないはずだから大丈夫かな?)


 リーチェが色々悩んでいると、ハーベルは目頭を押さえて、うつむいた。

 何やら暗い表情で考え込んでいる様子だ。


「まさか、きみがこんなに奥ゆかしい女性だったなんて……」


「え……」


 何だか話が噛み合っていない気がしたが、何がおかしいのかさっぱり分からない。


「俺は忍耐力を試されているのかもしれないな……」


 何だか情けない声でハーベルがそう言う。

 その様子に愛嬌があって、何だか分からないままリーチェはつい笑ってしまった。



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