第26話 トマトうんまっ!
「すみません、ご挨拶が遅れて。」
「い、いえ!」
私たちは二人とも、しばらく黙って歩いていた。すると唐突にエバンさんが言葉を発したから、私は驚きながらも今度はちゃんと返事をした。
「本当はすぐに行きたかったんですが、なかなか口実がなくて。」
そんな風にストレートに言われたらドキドキしてしまう。積極的な女の子なら「会いに来てくれないかと思ってた」くらいのこと言えるのかもしれないけど、17年かけてゆっくりと男性に対する耐性がなくなっている私は、「ありがとうございます」と意味の分からない返事しか出来なかった。
「まずは…街中、でいいですか?」
「はい。皆さんが生活されているところが見たいです。」
エバンさんみたいな貴族の方は街中には降りてこないかもしれないから、もしかしたら街のことなんてそんなに知らないのではないかと、失礼な心配をした。でもエバンさんは「わかりました」と言って、優しくエスコートを続けてくれた。
「ここが街の中心の通りです。買い物や食事はここですることが多いです。」
「すごく、にぎわってますね。」
昨日馬車で通っているんだけど、歩いてみるとやっぱり景色が違った。街の中はたくさんの人がいて、まるでレルディアの市場みたいににぎやかな声に包まれていた。私は一つ一つのお店を丁寧に観察しながら、何か美味しそうなものはないかと探していた。
「あれって、リオレッドの…。」
「もしかしてお姫様?!」
「いや、運送王の娘さんらしい。」
「美しいからお姫さまかと思ったわ!」
しばらく歩いていると、周りがざわざわと噂し始めたのが分かった。あまり詳しく学んでこなかったけど、テムライムにはリオレッドで言う私の知ってる"人間"とほぼ同じ姿をしたラリーの人種の人しかいなくて、エルフっぽい人は全く見ない。
それだけでも私はすごく目立っているんだろうけど、誰が何と言おうと、私の見た目は天使だ。忘れてた。
少し恥ずかしい気もしたけど、そりゃ噂されてもしょうがないかと、誇らしい気持ちもした。
「隣を歩いているのは第一団団長のエバン様だよな。」
「お似合いだわ~。あんな方がお嫁さんに来てくれればいいのに。」
すると次第に、噂は私とエバンさん、二人のものに移り変わり始めた。完全に照れてしまいそうになった私は、照れ隠しのためにもこちらを見ている人たちに笑顔で手を振って、ファンサービスをしておいた。
「すみません、騒がしくて。」
するとエバンさんは、少し申し訳なさそうな顔で言った。私は笑顔で首を振って、「とんでもないです」と答えた。
「嬉しいです。皆様歓迎してくださってて。」
「もちろんです。国民も今回の訪問に大いに期待を寄せています。」
期待に応えられなくてすみません。私、遊んでます。
なんならデート始めました。
と、心の中では皆さんに謝ってみたけど、それでも私はデートをやめようとはしなかった。
「あ、あれ…。」
しばらく歓声の中をあるいていると、市場の中にたくさんのトマトを売った店を見つけた。見慣れたものを街で見つけたことが嬉しくて思わず声に出すと、エバンさんは「行ってみましょう」と言って店の方に近づいて行った。
「うわぁ…!」
トマトを売っていたそこは、前の世界でいう八百屋さんみたいな場所だった。トマトの他にもたくさんの新鮮そうな野菜が並んでいて、私は思わず目を輝かせた。
「あらっ!リオレッドのお姫様!」
「い、いえ、私は…。」
すると八百屋のおばさんは、私より目を輝かせながら丁寧にあいさつをしてくれた。私もそれにこたえるようにして丁寧にあいさつを返して、リオレッドで見るよりずっと新鮮そうなトマトたちをジッと眺めた。
「お好きですか?トマトは。」
「はい!いつも美味しくいただいています。」
並んでいる野菜の中にはリオレッドでもとれるものもあったけど、トマトはやっぱりテムライムで見る方が美味しそうに見えた。こんな美味しそうに見えたならパパだって仕入れたくなるよな、と思ってみていると、おばさんが「食べてみます?」と言った。
「い、いえ!私、お金持ってきてなくて…。」
え~はっずかし、お出かけしに来てるのにお金もない。
っていうか通貨って共通っすか?円ですか?使えますか?
買い物なんてほとんどしないから、そんな当たり前のことに気が回らなかった自分が心底恥ずかしくなった。自分でも顔が赤くなるのが分かるくらい恥ずかしさに消えたくなっていると、おばさんは「いいのいいの!」と豪快に笑った。
「私たちの国のためにわざわざ来てくださってる方から、お代金なんていただけないわ!」
そう言っておばさんは、持っていたトマトを簡単に切り分けてくれた。
「どうぞ。」
「い、いいんですか…?ありがとうございます。」
謙遜しつつも、もう切ってもらったものを断るわけにもいかなかった。私は受け取るがままに、キレイに切られたトマトを口に含んだ。
「おい…しっ。」
口に含んですぐ、思わず声に出して言ってしまった。
味はもちろんいつも食べてるトマトに変わりないんだけど、やっぱり新鮮さが全然ちがった。程よい酸味と甘み、それに加えてみずみずしさなんて比べものにならなくて、ずっと食べてきた物のはずなのに、全く違う食べ物かのように思えた。
「そうかい?よかったよ。さあ、もっとお食べ。」
私が美味しいと言ったことを嬉しそうにしたおばさんは、たくさんのトマトを私に渡そうとした。するとエバンさんはそれを何とか手で止めた。
「リンダさん。そんなに食べれないよ。」
「もう、坊ちゃんは厳しいね。食べてもらいたいんだから止めないでよ。」
「ダーメ。アリア様はこの後も視察されるんだから。」
エバンさんはそのおばさんのことを親し気に"リンダさん"と呼んで、それからも楽しそうにお話をしていた。エバンさんは街のことなんてよく知らないのでは?なんて失礼なことを考えていた私は、少し驚きながらその光景を眺めていた。




