第85話 まるで今のリオレッドの縮図のよう
「お久しぶりです。」
そして順番がエバンさんへと回ってきた。
私は自分と子どもたちの番も近づいていることを察して、エバンさんの言葉に耳を傾けた。
「君とも父の葬儀以来かな。」
「ええ、そうです。この度は貴重なお時間をいただきまして、本当にありがとうございます。」
こうやって話していると、クソ王がまるで普通の人みたいに見えた。
でも騙されてはいけない。こいつは根っからのクソで、こいつのせいで私達全員がここに集まっていると言っても過言ではない。
「それと今回は…。息子たちも連れてきております。」
そう言ってエバンさんは、カイとケンを前にだした。二人は私の言いつけ通りにしているのか、大人たちの固い雰囲気に戸惑っているのか、まるで誰かに張り付けにでもされたかのようにピンとした姿勢をしていた。
「ほら、ご挨拶。」
「は、初めましてっ!ケント・ディミトロフと申しますっ!」
「カイ、カイト・ディミトロフ…と、申します…。」
相変わらずの挨拶だったけど、二人はちゃんと二人の仕事を果たしてくれた。するとクソはすごく胡散臭い顔で笑って、「ああ」と一言言った。
「歓迎するよ。」
嘘つけ!と、小さな私は俊敏なツッコミをみせていたけど、エバンさんは「ありがとうございます」と大人な返しをしていた。
「マージニア様。この度はありがとうございます。」
そしてエバンさんはそのまま、堂々となよ野郎に挨拶をした。するとやっぱりマージニア様はおどおどした様子のまま、「こ、こちらこそです」とうつむき加減で言った。
その後も一通り挨拶を終えたエバンさんは、視線を私の方に移してにっこりと笑った。
"リアの番だよ"
エバンさんにそう言われた気がして、私は一歩前に出た。するとエバンさんは視線を前に戻して、「妻からもご挨拶を」と言ってその場を回してくれた。まるで名MCかのような滑らかな回し方だった。
「王様。お久しぶりでございます。」
久しぶりにリオレッド方式の礼を、丁寧にした。
会議や舞踏会みたいなもので同じ空間にいたことはあったけど、こうやって対面でまともに話をするのは、もしかしたらあの暴力を振るわれた時以来なのかもしれない。あの時のことを思い出すかなとか緊張するかなとか色々考えてはいたけど、予想に反して私の気持ちはとても穏やかだった。
もしかしたら子供たちが勇ましく挨拶をしてくれたのが、私の背中を押してくれたのかもしれない。
「ああ。久しぶりだな。」
ちゃんと言葉は返してくれたものの、どう考えても他の人と対応が違うのが分かった。こいつはまだ、私のことがすごく嫌いらしい。分かっていたことではあるけど、こんな場であからさまに態度に出すなんて、やっぱりクソすぎる。
「娘のルナです。今回は大勢で押しかけてしまい、申し訳ございません。」
手をつないでいたルナを前の方に差し出して、そう言った。するとルナはうつむきながらも、「ルナです」と小さい声で言った。
「お前と、そっくりだな。」
その言葉になぜか恐怖を覚えた私は、さりげなくルナを後ろに戻しつつ「はい」と答えた。
「よく、そう言っていただきます。」
もしかして彼は、初めて会った日の私のことでも思い出しているんだろうか。こんなところで子供が傷つけられると思っているわけではないけど、少しでも自分の子を危ない目に合わせたくなくて、思わずルナを隠した。
「リ、リア様。」
すると後ろから、いつの間にか近づいてきていたマージニア様が顔をのぞかせた。私たちの険悪なムードを読み取ったのか偶然なのかは分からないけど、心の中で「ナイスタイミング!」といいながら、「ごきげんよう」と言った。
「ご挨拶が遅れてしまい…。」
「い、いえ…っ!この度はご、ご足労…ありがとう、ございます。」
立場が上になってもやっぱりなよなよしている彼とは、目が合っているようで合っていない感じがした。こいつらって本当に相変わらずだなと思いながら、私はしっかりと彼の目を見て「いえ」と言った。
「帰国出来る事、楽しみにしておりました。私まで図々しくついてきてしまい、申し訳ございません。」
「いや…っ、そんなこと…ないです。」
「マージニア。」
すると後ろから、クソが弟を呼んだ。名前を呼んだだけなのに、マージニア様はビクッと肩を揺らして体を少しこわばらせるのが分かった。
「恥ずかしい。もっと堂々と出来んのか。」
「す、すみません…。」
その会話だけで、リオレッドの今の様子が伝わってくる感じがした。
じぃじは遺言で政治の実権はマージニア様に持たせると言ったけど、そんなことは全く実行されてていないってことが、ひしひしと伝わってきた。
あのクソは、自分の弟さえも力でねじ伏せようとしている。
分かっていたはずだけど今回の交渉はとても難航しそうだと、「すみません」と謝っているマージニア様を見て改めて思った。