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第44話 言葉は魔法を持っている

「待ってたよ。」



よどんだ扉の先には、結婚式で一度挨拶をしたことのある大きな男の人が立っていた。彼がこの家の当主である、グレッグ・オルドリッジさんだ。

年は多分ラルフさんと同じくらいだけど、見るからに体は鍛え抜かれていて、肌は健康的な色に焼けていた。



「久しぶりだな、グレッグ。」



ラルフさんはそう言って、グレッグさんに右手を差し出した。

グレッグさんはその手に吸い込まれるみたいにして握手をしたけど、二人の雰囲気はどうみても険悪で、握手をするには全くふさわしくなかった。



「本日はお時間ありがとうございます。」



そしてエバンさんも、言葉とは反対にとても強い目をして言った。

私は彼の後ろでわざとらしいほど丁寧に腰を下げて、「ありがとうございます」と続けて言った。



「エバンも、すごく久しぶりだな。」

「最近はすごく平和でしたからね。」



エバンさんは強い目のまま、グレッグさんに言った。

彼はとても優しくて素直な人だから、こんな風に嫌味が言えるなんて思ってもいなかった。まさかエバンさんが一番に先制攻撃を仕掛けたことが意外で、私は彼の強い目を見ながら感心してしまった。



「アリアさんまで。今日はご足労ありがとう。」



するとグレッグさんが、今度は私にわざとらしく言った。自分に話を振られると思っていなかった私は、急いでグレッグさんの方を見た。

目を合わせた瞬間に、彼の冷たい目が全身に突き刺さった。まるで戦場で敵を見る目のように私には見えた。



「…っ。」



とても友好的な言葉をかけられているはずだ。

それなのに私の全身は凍るように冷たくなって、全身に鳥肌が立っていく感覚がした。



私の本能が言っていた。


この人はやばい、と。



今まで自分より大きな人と、何度も言葉で戦ってきた。それにこの間は誘拐までされて、殺されるんじゃないかって本気で思う場面にも出くわした。


でもそのどの場面より、この人の目の方がよっぽど怖かった。笑っているはずの目の奥に秘めた恨みみたいなものが相当深いことを感じて、私は石にされたみたいに固まってしまった。



「リア。」



するとその時、心まで凍り付きそうな私の頭に、愛おしい人の声が反響した。

その声で我に返った私が何とか頭を上げると、声の持ち主はこの場に見合わない穏やかな顔をしていた。



「リア、ご挨拶しないとだめじゃないか。」



エバンさんはとても冷たい言葉を私にかけた。

なのにその言葉はとても暖かくて、呪いが一気に溶けていくのを感じた。



友好的な言葉が、冷たく聞こえることもある。

冷たい言葉が、暖かく聞こえることもある。



――――言葉って、本当に不思議。

     魔法みたいに、強い。



「失礼いたしました。本日はお時間いただき、ありがとうございます。」



やっと自分を取り戻した私は、にこやかに言った。

さっきまで体に突き刺さるように感じていた彼の目をしっかり見ることが出来たのは、エバンさんがやっぱり何か特別な魔法をかけてくれたおかげだろうか。



「さあ、立ち話はこの辺にしておこう。」



それでも冷たい目を崩さないグレッグさんは、そう言った後すぐに使用人に指示を出した。そして私たちは案内されるがまま、戦場となるオルドリッジ家の客間へと足を踏み入れた。



「オルドリッジ家自慢の紅茶だ。最近新しくなって、さらにおいしくなったんだよ。ぜひ堪能してくれ。」



客間に座ってすぐ、メイドさんたちがお茶を持ってきてくれた。

グレッグさんは自慢げにそう言ったけど、私にとってその紅茶の香りはとても親しみのあるものに思えた。



言われるがまま、その紅茶に口をつけた。

もしかして毒とかそういうものが入っていたらどうしようと一瞬考えたけど、そんなことをするほどこの人もバカではないと思って、ためらいなく口を付けた。


するとやっぱりその紅茶の味を私はよく知っていた。これはどう考えてもリオレッドの名産である"チノミーの花"のものだ。




テムライムに来る前、私はこの紅茶をよくティーナに淹れてもらっていた。

リオレッドではとてもポピュラーなものだからテムライムにもきっとあると決めつけて、ここに来た時は少ししか持ってこなかった。でも当時テムライムではこの花の紅茶なんてどこに行っても手に入らなくて、すごく後悔したことがある。



後々書斎の本で調べてみたら、チノミーの花はリオレッド独自のものだって書いてあった。ここでこの紅茶が飲めているってことは、きっと誰かが輸入を始めたんだ。



敵のボスである彼は自信満々に"オルドリッジ家自慢の紅茶"なんていったけど、もとは私の母国"リオレッド"のものであるってこと、知らないんだろうか。



「ふふ。」



なんだかそれが滑稽で、思わず笑ってしまった。

部屋にいるみんなが不思議そうな顔をして私を見ていたけど、それが気にならなくなっているくらいどこかリラックスしていたのは、故郷の味を味わったおかげなのかもしれない。

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