第58話 この幸せをいつまでも
「どうだった?リオレッドとの交渉は。」
最初全く関係のないことで遠征をしていたエバンさんは、結局リオレッドとの交渉に立ち会ってから帰ってくることになった。会った時に真っ先に聞くべきだった肝心なことを、私は二人が寝静まってからやっと聞いた。
「うん、大丈夫だったよ。」
エバンさんは穏やかな声で言った。一番すべき対策はとれそうだってことに、ひとまずホッとした。
「交渉の場には王はこなくて、ゴードンさんが話を進めてくれたからね。」
「パパが…。」
私の心配を察するかのように、エバンさんは言った。
あのクソ王への説明は、きっとパパがうまくやってくれたんだろう。心の中で"ナイス!"ってガッツポーズをして、「よかった」と一言付け足した。
「リアは?」
「え?」
「何か、始めたんでしょ?」
エバンさんはカイの頭を撫でながら、ホッとしている私に聞いた。
聞かれてみてやっと自分がしていることを思い出した私は、「あのね」と前のめりになってドレスの話をし始めた。
「新しいドレスを作ってるの。それでね、それをね、ディミトロフ家のドレスとして…っ」
するとその時、私たちの間で寝ている子供たちの上から、エバンさんが私に近づいてきて軽くキスをした。驚きすぎて動きを止めた私を見て、エバンさんは「ふふ」と声を出して笑った。
「ごめん。かわいくて、つい。」
自分でも顔が赤くなるのが分かった。
エバンさんが遠征に行くことは、この数年ですっかり慣れてしまった。子育てだってみんなが手伝ってくれるし、それに忙しくて寂しさを感じる暇もあまりない。だから前みたいになることはないんだけど、何年経ったって心細い事には変わりない。
「おかえりなさい。」
さっき言ったけど、また言いたくなった。
帰ってきてくれてありがとうと、心の底から思った。するとエバンさんはすごく嬉しそうな顔で笑って、「ただいま」と言った。
「会いたかった。」
すごく会いたかった。本当は仕事のことだって、一番に相談したかった。
もしかしてリオレッドとの関係が悪くなるかもしれないって、本当は不安だった。じぃじの意思をつげないかもしれないって、心細かった。
でも全部全部、エバンさんに会って吹き飛んだ。
人の気持ちなんて、すぐに冷めると思っていた。現に前世でだって3年付き合った人がいたけど、最後は会いたいなんて気持ちどこかになくなっていた。でもエバンさんと結婚してもう3年目。気持ちはとどまるどころか、どんどん大きくなっている気がする。
「やめて。」
「え?」
すると私より真っ赤な顔をしたエバンさんが、照れた様子で目をそらした。
「可愛すぎてもう…っ。どうにかしたくなる。」
エバンさんの顔を見ていたら、私のことをすごく好きでいてくれるってことがよく分かる。何年たってもこうやって、同じ気持ちでいられればいいなと、心の底からそう思った。
「ねぇ、エバンさん。」
「ん?」
「ドレスの話、続けていい?」
まだ照れているエバンさんに、そう言ってみた。するとエバンさんはまだ赤い顔をしたまま、「う、うん」と返事をしてくれた。
それから私はエバンさんに、キャロルさんと一緒にドレスを作っているという話をした。ラルフさんが助けてくれていることや、それでもまだ開発には苦労していること。ドレスを作るって言っても、全然簡単じゃないっていうことまで。
「制限するんじゃなくて、もっと広げる方法はないかって思ったの。思ってたより難しいこともあるけど、でもやっと形になりそうなの!」
「本当にすごいよ。」
ストッパーを外したみたいに話しはじめた私を見て、エバンさんは言った。予想していなかった答えが返ってきたことに驚いていると、エバンさんは手を私の頭に置いて撫でてくれた。
「ありがとう。いつも色んなことを考えてくれて。」
考えさせてくれてありがとうと言わなければいけないのは、私の方だった。でもそれはもう言わなくても伝わっている気がしたから、私は心行くまでエバンさんに頭を撫でられ続けた。
こんな幸せがあっていいんだろうか。
これからだってこのままずっと幸せでいるために、もっともっと頑張らなきゃいけないなと思った。




