43話 総帥のお屋敷
歩美さんからの依頼を受けて正式な契約を結んだ俺達は今、途轍もなく大きい日本家屋のお屋敷前にやって来ていた。
正直な所、歩美さんからの依頼は断りたかったのだが、俺の渋る様子を見た歩美さんは通常の三倍の依頼料を呈示。流石にそこまでお金を出されたらと、渋々契約を結んだのだ。
歩美さんも久慈井さんもお金持ちすぎない?
資本主義社会の一員である俺も、お金の力の前では無力。俺の残業したくないという気持ちなど、社会においては一銭の価値もないという事を再認識させられた。……お金ってやっぱ強い。そして怖い。
だけどこれで来月のお給料はホクホクだ。来年は二月になったら、プロ野球のキャンプ地に練習風景を見に行こうと考えていたからその旅費にでもしよう。
そんな正式にサンタの衣装探しの依頼を受けた俺達。だが今日はもう遅いし疲れたから、衣装の捜索は明日からにしようと三人で話し合って決めた所だ。
そうして今日の仕事もなんとか終わり、ここからはプライベート時間。という訳で、俺は年末のインド旅行の日程を確認がてら『激辛党』総帥が住んでいるこの豪邸にやって来た。
柿木と今井の二人には無理して付いて来なくても良いよと何度も言ったが、一緒に行くといって聞かなかった。そんなにも、総帥のおうちに行ってみたかったのか……。
「や、八尋君。なんか怖そうな人たちが塀の周りをぐるぐると歩き回ってますけど、大丈夫なんですか?」
屋敷に着くなり、柿木が怯えたようにそう言った。
柿木の言う通りこの豪邸の周囲には、真っ黒なスーツとサングラスを掛けたいかつい男たちが塀を沿って歩くように二人一組で巡回している。
中には腕や首に刺青を入れている人もいて、確かに見る人が見れば恐ろしい光景だろう。
「大丈夫。警備の人達が巡回しているだけだ。世の中物騒だからね?」
だがこの人達はここに住んでいる総帥の部下。みんな安全管理のためにこうして歩き回っているだけなのだ。決して目が合っただけでバトルを仕掛けてくる、ポケモン世界の住人のような血の気の多い人達では無いから安心して欲しい。
「物騒な世の中っていうか、その物騒の元凶みたいな人達がうじゃうじゃいますけど。本当にここが目的地なんスか?」
どうやら今井もこの場所の物々しさに少しビビっている様子。
仕方ない、ここは俺が二人の緊張を和らげてあげよう。
「安心しなよ、二人共。確かにここの人たちは昔はちょっぴりやんちゃしていたみたいだけど、今では立派な会社員。ちゃんと法人化して国に税金も納めているから」
「ちょっぴりやんちゃって、一体どれくらいですか……?」
どれくらい、かぁ。俺も総帥に昔話を少し聞いたくらいで、あまり詳しくは無いんだけど。
「年に何人か逮捕者が出るくらい? 鉄砲の所持とかお金の面で色々あったみたい」
なんでも、昔はヤの付く反社会的組織みたいな事もちょこっとだけやっていたらしく、武器の密輸やら帳簿の改竄やらで何人か部下の人達が暗い塀の中へお勤めを果たしに行ったそうだ。
「た、たたたた逮捕者? ちょ、センパイここ絶対うちらが近付いちゃいけない場所じゃないっスか!? さっさとおうちに帰った方が良いんじゃ……」
あぁ、探偵は反社会勢力と関わりを持っちゃいけないからね。関わりがバレた時点で、即刻探偵の資格は永久剥奪だ。
でも安心して欲しい。ここの人たちは元ヤクザっぽいなにかであって、今はただの勤め人。みんな総帥の指示に従って業務を行っているだけなんだよ。
「大丈夫、ただの会社員の人たちだよ。今から会いに行く人の部下なんだ」
「で、ですが……刺青は流石にマズいのでは? 明らかに一般人ではありませんよ?」
「前に聞いたらシールって言ってたから大丈夫じゃないかな」
「シール!? いや、絶対それは嘘っスよ! センパイ騙されてますって!!」
騙されてるとは失敬な。前に総帥に聞いたらそう言ってたし、実際に総帥はその刺青シールを剥がして見せてくれたよ?
なんでも、奥さんと結婚して組織を継ぐには刺青を入れるのが必須条件だったけど、痛い思いをしたくなかった総帥はシールでお茶を濁したんだとか。奥さんは真相を知っているが、義両親にはまだその事を話していないらしい。……一体バレたらどうなるんだか。
それにそもそも、俺は辛いもの好きの中に悪い人間はいないと考えている。
辛いというのは、突き詰めていけば強烈な刺激だ。辛さというのは味では無く、口内に……特に舌の先に伝わる強烈な刺激の事を指す。
俺達『激辛党』の党員が普段食べる激辛料理は、一般人から見ると罰ゲームみたいな料理がほとんど。料理が唐辛子で真っ赤に染まるなど、太陽が東から昇ってくる事くらい当たり前の事だし、あらゆるスパイスを入れ過ぎて匂いで目から涙が流れてくるのも、足を交互に前に出せば歩ける事と同じくらいくらい当然の事。
よく辛いもの好きは鈍感だと言われることがあるが、決してそうではない。俺達も普通の人と同じように口内に辛さという名の痛みは感じている。
では、普通の人と辛いもの好きは一体何が違うのか。俺が思うに、両者の違いは一点だけ。それは我慢強さだ。
俺達辛いもの好きは、多少口内が痺れようと、舌先が痛みを感じようと怯んだりしない。その刺激も含めて激辛料理だと思い、食事を最大限楽しんでいる。
つまり何が言いたいかと言うと、俺達辛いもの好きはその強烈な刺激を感じながら料理を食べる事に幸福や快楽を感じる一種のドM集団ということなのだ(偏見)。
そんな我慢することに定評のある辛いもの好きに、悪い人間がいるものか!
他人を傷つけるくらいなら自分が傷付く。そういった自己犠牲精神が辛いもの好きにはデフォで備わっている。
「セ、センパイはこの家の人とは一体どういう関係なんスか……? 随分、ここに来るのはこなれている感じっスけど」
ん? 今井は俺と総帥の関係を知ってここにいるんじゃないのか? てっきり柿木から『激辛党』の話を聞いて付いてきたと思ったんだけど。
……そうか、俺が秘密だと言ったから柿木の奴、今井にも話していないんだ。うんうん、知らないならそれでいい。『激辛党』の存在を知る人は少なければ少ない程いいからね。
「さっきも言ったろ? これは秘密だ。たとえ今井であろうと教えることは出来ない」
ある程度会話したことで、二人のこの場に対する緊張感も和らいだハズ。これなら中に入っても大丈夫かな?
そう判断した俺は玄関に設置されているインターホンを鳴らす。
ぴんぽーーん
『はい、どちら様で?』
インターホンからは野太い男の声が聞こえて来た。これも総帥の部下。恐らく来客の管理を任されている人物だろう。
この家は、総帥の住む家であると同時に総帥の会社の本社でもある。毎日様々なお客さんがここには足を運んでいるから、玄関先でまずこの人にふるいをかけられるのだ。
「やっほ~。さっき連絡を入れた広谷でーす」
「ちょ、八尋君!?」
「やっほーはヤバいっスよ! 殺されちゃいますって!」
隣りで柿木と今井が騒いでいるが、今は無視。
いくら黒服さん達が怖いからって、殺されるは無いでしょ……。今井はドラマや映画の見過ぎだな。
「お待ちしておりました」
その言葉を聞き、しばらく待っていると閉じていた目の前の門が少しずつ開く。このサイズ感と両開きの門のデザインが、どことなくハンターハン〇ーに登場するゾルディック家の試しの門を連想させる。
ゴゴゴゴゴゴゴ
扉が完全に開くと、俺達の今いる門から屋敷の玄関へと道を作るかのように、黒スーツの男たちが綺麗に整列。そして一斉に頭を下げながら、声を揃えて言った。
『いらっしゃいませッ! 先生!!』




