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第79話 鍵師、再び

「あ、あの……。アストリア」


 僕は前を歩くアストリアに声をかける。

 けれど、彼女は振り返らない。

 ただ黙々とアパートメントの階段を上っていた。


 僕たちが何故こんなところにいるかというと、アストリアが見せたいものがあるらしい。


「あ、あの……。あ、あれは誤解なんだ」


「誤解? 誤解とはなんだ?」


「そ、それは……その…………?」


「それに、あれとは?」


「あれ…………ってのは、つまり――――」


 まずい。

 やっぱ怒ってるよなあ。

 子どもの口から聞いただけで、具体性には欠けていたけど。


 十分考察の余地はあったし。


 うう……。

 どうしよう。

 こういう時、どう言えばいいんだ。


 正直にあったことを話せばいいのかな?

 それとも何もなかったと否定すればいいのだろうか。

 なんかどっちも違うような気が……。


 第2層の実情よりも、今この状況を打開する方が困難だよ。


 僕が項垂れていると、アストリアは急に立ち止まった。


「アストリア……?」


「恋多き者は出世しない」


「え゛?」


 思わず変な声が出てしまった。

 心臓が口から出てくるんじゃないかと思うほど、僕は驚く。


 すると、ようやく銀髪が揺れて、アストリアがついに僕の方に顔を見せた。


「父の格言だ。……自分は浮き名を流すことが多かったから、出世競争に負けたのだと。まあ、それだけではないと思うが、何にしても君の人生の先輩の言葉だ。心に止めておいても、損はないと思うぞ」


 アストリアは挑戦的に微笑むと、半泣きになっている僕の顔を覗き込んだ。


「う、うん。わかった。心に留めてくよ」


「ユーリ。君は私が怒っていると思っているのだろう」


「そ、それは――――」


「私はそこまで嫉妬深い人間ではない。それにフィーネルとのことも、君のことだ――彼女の方から迫られたのだろう」


 あ、当たってる……。


「人に優しいのはいいことだ。君が私以外の人間にも優しいことを知っている。手を差し伸べられたら、必ず握り返すことも……。私もその1人だったからな。ただ――――」


「ただ? 何?」


 アストリアはそっと僕の手を取る。


「無理はくれぐれもしないでほしい。今の第2層の状況だって、君には全く関係ないことだ。……時に、君は君の願いを叶えることに集中してほしい」


「アストリア……」


「時々思うのだ。君の優しさが、いつか破滅に向かわないか、と」


 そうか。

 アストリアは怒ってるんじゃない。

 僕のことを心配してくれていたんだ。


 アストリアは僕を優しいと言ってくれる。

 けど、僕から言わせればアストリアもまた優しい。

 周りや家族だけじゃない。

 きちんと僕のことも見ていてくれているんだから。


「ありがとう、アストリア。……改めてお父様の格言と、今のアストリアの言葉は僕の心に留めておくよ」


「うん。それでいい」


「アストリア……」


「ん?」


「好きだ……」


「ひゃっ!!」


 ピンとアストリアのエルフ耳が横に立つ。

 ぼひゅん、という擬音とともに、顔を赤くし、硬直した。


「それだけは絶対だから……。何があっても!」


 胸に手を置き、僕は改めて誓う。


 顔を真っ赤にしたアストリアは俯き加減になった後、僕から手を放して、プイッと顔を背けてしまった。


「ば、バカ……。時と場所を考えたまえ」


 やば!

 怒ったかな。


 でもなかった。


 アストリアは足音が変わる。

 先ほどまでどこか冷たく、淡々としていたのに、何か嬉しそうにステップを踏み始める。


 どうやら、一応緊急事態は回避できたらしい。


 野原を囲んだアパートメントに人の気配は全くしない。

 この辺りはすべて空き室になっていて、売りにも出していないそうだ。

 つまり完全にフィーネルさんたちを守る壁なのである。


 しばらく階段を上り、4階に辿り着く。

 廊下を進むと、アストリアはある部屋の前で立ち止まった。

 そのまま部屋に入る。


 家具もないがらんとした部屋には、1人の男が倒れていた。


 手と足を縛られ身動きがとれない状態だ。

 だが――――。


「死んでる!」


「この拘束は君が?」


「ええ……。でも、僕は殺してません」


 鍵魔法で時間を止めた時、僕は周囲の弓士も拘束しておいた。

 全身を【閉めろ(ロック)】させれば良かったのだが、時間を止めた状態でさらに鍵魔法を使うのは、かなり精神的に負荷がかかる。

 それはゲヴァルド戦後の僕を見れば、明らかだ。

 今回はたった1日だったけど、仮に【閉めろ(ロック)】まで使っていれば、また数日寝込んでいたかもしれない。


 手間はかかったけど、復帰は早い方がいいと、僕は判断した。


「わかっている。口の中に毒を隠していた。自決用というよりは、時限的に毒が染み出すようになっていたようだな」


「それって使い捨てってことですか……」


「ああ……。あの隊長も含めてな」


 僕の質問にアストリアは頷く。


 任務が失敗すれば、死か。

 徹底されているというより、もはやこの人たちにとって、失敗した後の未来などないのだろう。

 即ち、それほどの大物が控えているということだ。


「痛ましい……」


 別の声が聞こえた。

 僕たちは同時に反応する。

 部屋の入口に、フィーネルさんが立っていた。


 口元を手で押さえた顔は、青い。


「これも……。父がやらせたことなのですね」


「まだ決まったわけじゃありません、王女殿下。それと、ユーリから聞きました。あなたが“神和(かんなぎ)”でもあると」


 うん、とフィーネルさんは頷く。


「“(しん)”は何をされているのですか? 少なくとも私が第2層を出ていく時、ここまで政情はねじ曲がっていなかったはずだ。私が冒険者となって、3年間……。一体、何があったのですか? “(しん)”は今の状況で何故、あなたに言葉を聞かせてくれない。“(しん)”の言葉であれば――」


 アストリアの言葉は次第にヒートアップしていった。

 それは“神和(かんなぎ)”であるフィーネルさんを責めるというよりは、自分の故郷を救おうとする義憤から来るものだったに違いない。


 それでもフィーネルさんの胸に、その言葉は重くのしかかったようだ。

 少し沈痛な面もちで、こう言った。


「“(しん)”は答えてはくれません」


「まさか最初からいなかった、と――」


 アストリアの言葉に、フィーネルさんは首を振った。


「“(しん)”はいます。間違いなく」


「神様が本当にいるのですか?」


「はい。ですが、父――つまり“(おおきみ)”が、事実上“(しん)”を封印し、おのが権力を振りかざし始めたところで、カリビア神王国はおかしくなっていきました」


「封印……」


「はい。なんでもムスタリフ王国由来の封印方法を研究したとか。もしかしたら、ユーリさんたちの方が詳しいかと」


 その話を聞いて、アストリアは笑った。


 フィーネルさんから始め、カリビア神王国の実情を聞いた時、何をしていいのかわからなかった。

 国を相手取るなんて、あまりに大それている。

 そもそも戦力が違う。


 でも、今光明が見えた。


「“(しん)”の封印を解放し、“神和(かんなぎ)”であるフィーネルさんが、争いを辞めよと号令をかければ、少なくとも宮廷で起きているクーデターは収まりますか?」


「はい。ただ“(しん)”がすぐに神託を出してくれるとは限りませんが。気難しい方なので。それに神託は基本的に、社の中で執り行われます。それ以外の場所で聞いた言葉は、国が定める公式文書に記載はされていません」


「つまり、あなたをそこまで送り届ける必要もあるということか」


「その前に封印です。“(しん)”にかけられた封印を解くのは難しい? かの魔王ですら、封印した強力なものだと伺いましたが……」


「その点については問題ありません」


 僕は確信を持って、頷く。


「それはどういう?」


「フィーネル王女殿下の預言は当たっていたということです。ここにその封印について、世界一詳しい人間がいるので」


「まさか――――」


「はい。僕は元々貴族でした。ユーリ・ヴァリ・キーデンス。キーデンス男爵家は元々その魔王封印の維持を務めてきた家系なんです」



 任せてください。宮廷鍵師として、必ず“(しん)”を解放してみせます。


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― 新着の感想 ―
王が神を封印している、今は神の声を聞けるはずがないとの告発は政治干渉じゃない気がするね……
[一言] これは間違いなくお役に立てる。 時間停止して突っ込めれば簡単にたどりつけそうだけれど、そうそう使える奥義でないし。 してみると、前回の王都全体を救うための時間停止はしかたないにして、今回の時…
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