第78話 懇願
神和……。
冠位十二階の最高位。
嘘か誠か神の言葉を聞くことができるという唯一の役職。
それがフィーネルさんだったなんて。
「え? でも、フィーネルさんは王族なんですよね?」
「はい。ですが、“王”より上の神職というのは、世襲で継承されるものではありません。“神”の声を聞けるエルフが“神和”となり、その魂の器となれるエルフが“巫”と呼ばれるものたちなのです」
やばい……。
頭がごちゃごちゃだ。
まずこの国で1番困っているのは、獣人だ。
そのためには冠位十二階を廃止させるか、変えさせる必要があると思う。
けれど、その変えようとする勢力ですら腐敗しているような状況だ。
僕は、ミーキャや他の獣人の子どもたちの事を考える。
同時に、第1層に残してきたフリルの顔が浮かんだ。
あそこにもし、僕の妹がいたら……。
「一体、この国の誰があの子たちを助けてくれるんだろうか……」
僕はポツリと呟く。
その言葉を聞いて、フィーネルさんは「それは――」と絶句した。
英雄か。
勇者か……。
ともかく英雄譚に出てくるような都合のいい救世主は、ここにはいない。
ここにいるのは、神和と呼ばれる巫女。
そして冒険者2人だけだ。
僕のことを、王都を救った英雄と讃える人がいる。
でも、あれは違う。
あくまで僕は鍵師の仕事をしただけだ。
でも、今回は違う。
僕が知らない国そのものを変えなければいけない。
そのためには、国と戦うことになる。
勝てるだろうか。
いや、その前に本当にそんなことをしてもいいのだろうか。
この僕が……。
迷っている僕の手を、フィーネルさんが握る。
縋り付くように握り込み、未だベッドから起きあがれない僕に迫った。
そして掻き消えるような声で言う。
「もう……あなたたちしかいないんです」
フィーネルさんの手が震える。
葉に溜まった朝露のような大粒の涙がこぼれ、シーツを濡らす。
「頼れる人はもうあなたたちしかいない。だからお願いです! ここにいる子どもたちを助けてほしい。それができるなら、わたくしの身はどうなってもいいのです」
「どうなってもいいって……」
「わたくしは無知な姫君でした。生まれてから、さも当たり前のように人に敬われ、そして“神和”としての務めを果たしてきた。それが普通のことだと思っていた。正しいことだと思っていた」
けれど、ある時フィーネルさんは自分の下に理不尽に奪われていく命があることを知った。
その人たちを救うことはできなかったけど、その人が残した命を助けたいと思うようになったという。
「社にいる頃の私は、ただ“神”の声を聞く道具でした。しかし、ここで子どもたちと相手をするようになってから、人の命の音を聞くことができるようになった。やっとその時、わたくしは人になれた気がしたのです」
「フィー……ネル、さん…………」
「子どもたちはわたくしを1つの命にしてくれた。あの子たちに、わたくしは恩返しをしたいのです」
そう言ったフィーネルさんの瞳は、綺麗だった。
同じ緑色の系統だろうか。
とてもアストリアと似ている。
泣き顔まで、そっくりだ。
僕は握られた手とは別の手を、フィーネルさんに伸ばす。
その頬についた涙を拭った。
「恩返しなんて必要ないと思いますよ」
「え?」
「子どもたちはあなたの下で十分幸せそうに見えた。……それに恩返しをしたいというなら、軽々しく『自分の身はどうなってもいい』なんて言っちゃダメです」
「ユーリさんの言うとおりですね。少し軽はずみな言動だったかもしれません。ですが、それでもわたくしは――――」
「いいですよ……」
「え? 今、なんと??」
「いいですよ。協力させていただきます」
先ほどまで真っ青な顔をしながら、懇願していたフィーネルさんの顔が、みるみる赤くなっていく。
まるで口の中に、蝋燭でも置いたかのように輝き始めた。
「ありがとうございます」
瞬間、フィーネルさんはベッドの僕に飛び込んできた。
僕の首を捕まえると、自分の胸に引き寄せる。
ちょちょちょちょちょ!!
フィーネルさん、落ち着いて。
当たってる!!
すごく柔らかくて、かつ弾力ある胸が当たってますから。
もしかして、アストリアより大きい。
むちゃくちゃ包容力があるというか。
いや、待て待て。
アストリアの胸の方がちょうど…………そういうことじゃない。
胸の大きさで決めたわけじゃないんだ。
決して……!
やばい。
とにかく離れて、フィーネルさん。
こんなところを、アストリアに見られたら。
ジー……。
え? ちょ?
なんかすごい視線を感じる。
見ると、扉の隙間から子どもたちが覗いていた。
ミーキャの赤い眼も見える。
「ちょ! フィーネルさん! 子どもたちが見てますって」
「え? あ? あらあら……。すみません。つい興奮してしまって。わたくしったら、なんとはしたない」
フィーネルさんは顔を赤くし、乱れた衣服を整える。
しかし、時すでに遅し。
すでに子どもたちへの情操教育は完結してしまったらしい。
けれど、1番最悪だったのは、外出していたアストリアが帰ってきたことだ。
「ん? どうした? 子どもたちが集まって?」
「何かあったのか、ユーリ?」
「べべべべべべ別に、ななななななななんでもないですよ」
「めちゃくちゃ動揺してるじゃないか」
アストリアは僕からフィーネルさんに視線を移した。
明らかに耳まで赤くなったエルフを見て、アストリアはジト目で睨む。
すると、僕ではなく側にいたミーキャの前にしゃがみ込んだ。
「ねぇ……。ミーキャ、何が起こったか教えてくれる?」
口の端をピクピクさせながら、努めて笑顔でアストリアは尋ねる。
その顔を身ながら、ミーキャは言った。
「お姉ちゃんのかお、こわい」
ぴきっ……。
何か崩れるような音がした。
アストリアは気を取り直して、質問を続ける。
「ご、ごめんね。も、元からこんな顔なんだ。ほら、チョコレートを買ってきたから。教えてくれないかな」
あ!
子どもを買収するなんてひどい!
「ミーキャ、待って!」
僕はベッドから這い出すが……。
「あのね。ユーリお兄ちゃんと、フィーネルのお姉ちゃんが…………」
あ。
あ。
ああああああああああ!!
僕は心の中で絶叫するのだった。
ユーリ、どんまい!w
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