第67話 娘はやらん!
前にも似たような事があった。
初めてギルドを訪れた時だ。
そして、僕はあの時アストリアについて行くことを決めた。
その誓いを、否定することはできない。
例え、アストリアの親族に強要されてでもだ。
「嫌です。アストリアがそう望むならまだしも、他人だろうと、あなたがアストリアの父親だろうと、僕がアストリアから別れることはありません」
僕は力強く言い切る。
一方、オルロは「ふっ」と笑った。
「くだらぬ。所詮、子どもの世迷い言だな……」
「なんだって……!」
「お前たちは、ダンジョンの深奥を目指すのだろう。それがどれだけ無謀なことかわかるか?」
「わかっています。だから、僕たちは日々努力を」
「基礎鍛錬なら誰でもできることだ。未踏領域に挑む者なら誰でもやっておっただろう。しかし、その者たちはどうなった? 儂の耳は遠くなったのか? それでも未踏領域に踏み込んだものはおらん」
「それは――――」
「お前たちは敵というものをわかっていない。それでは雑兵と変わらん。真に勝者となる者は、勝ち方を知っている者なのだ」
「第10層がどんな場所なのかわからないから、僕たちは行くんです! 勝者になりたいんじゃない! そもそもダンジョンの深奥を目指すことは、勝負なんかじゃない!」
「勝負ではないか……。確かにそうだな。ならば、行った後どうする? お前たちは第10層に行った――その後はどうする? 名誉を振りかざすのか? それとも欲に溺れるのか?」
「アストリアは自分の仲間を助けにいくために向かっている。僕は救ってあげたい小さな女の子のために、第10層に向かうことを決めた」
「ほう……。ならば、その後は――――」
「それは――――」
「何も決まっていないのか?」
「違う」
「ほう……」
「幸せにしたい……」
アストリアとともに、幸せな家庭を築きたい!!
「それが僕の望みです……」
一言付け加える。
オルロは沈黙した。
ぐっと唇を結んでいる。
だが、ある時ふっと破顔した。
実に邪悪に。
「幸せにしたいか。……結局君の言葉は、なんの具体性もないな。やはり君にはアストリアに別れてもらおう」
オルロは道場にあった木刀を僕に投げる。
自分も新しい木刀を握ると、正眼に構えた。
「実力を以て――――なっ」
もはや問い返すことすら憚られた。
すでにオルロから覇気を感じる。
戦うことにすでに躊躇がなく、否定の言葉をぶつけるのも難しい。
僕は木刀をナイフで切り裂いた。
ナイフと同じ長さにすると、鞘に収め、短くなった木刀を構える。
「良いのか?」
「こっちの方が使い慣れているので」
勝負の合図はない。
強いて言うなら、オルロがすり足で僕の方に一足分近づいた時が合図だったのだろう。
ゆっくりと僕に擦り寄ってくる。
足裏を極力地面から離さない歩法を見て、さして僕は驚かなかった。
アストリアと一緒だからだ。
「であああああああああああああ!!」
オルロの裂帛の気合いが響く。
タンッと一足飛びで僕の懐に飛び込んできた。
全然気付かなかった。
すでに僕はオルロの領域にいたのだ。
だが、僕も黙ってみていたわけじゃない。
ガッ!!
木刀のいい音が道場に響く。
未だ誰かが飛び込んでくる気配はない。
聞こえてくるのは、獣のような荒い息だ。
「ほう……。儂の初撃を受けるか」
「娘さんに鍛えてもらっているんで」
僕は盛り返す。
幸いオルロの力はそれほどでもない。
それでも普段訓練しているアストリアよりはあるけど……。
力負けすることだけはない。
そうなると、後は技術の差だ。
オルロの木刀が飛んでくる。
9つの頭を持つ竜のようにだ。
速い!
捌き切るのが精一杯だ。
一方のオルロは余裕を見せつけるように笑った。
「どうした、ユーリ君。いっぱいいっぱいのようだが?」
「ぐっ?」
「君には奥の手があるようだが、使わないのか?」
「鍵魔法はもう使いません」
「儂相手に手加減すると? 笑止――――」
オルロは大きく振りかぶり、薙ぎ払う。
強い衝撃が、木刀越しに伝わってくる。
手を離さないでいたことが、不思議なぐらいだ。
僕は一旦退いた。
体勢を立て直す。
オルロも追撃してこない。
1度、息を整えた。
勇ましいことを言ったが、結局僕は1度も攻撃ができていない。
防戦一方だ。
けれど、アストリアに感謝だ。
彼女との訓練がなければ、10秒と保たなかっただろう。
「鍵魔法を使わないというなら、それもいい。だが、もう君は万策尽きたはずだ。老いぼれとはいえ、君のようなひよっこに後れをとらんぞ、儂は」
「嫌です」
僕はきっぱり言う。
「ふん。やはりガキだな、君は。そう言えば、ユーリ。儂がアストリアをどうしたいか言っていなかったね」
「え?」
「アストリアには――――」
結婚してもらう。
「え?」
さすがに言葉に吐いて出た。
「勿論、君のことではない。君よりも遥かに具体的で、優秀。家柄も申し分ない。何せ彼は“小臣”だからね」
小臣……。
そう聞いて真っ先に浮かんだのは、シュバイセルのことだった。
頭の中にあの顔を浮かべただけで、怒りがこみ上げてくる。
自分でも信じられないぐらい、持ち手に力が入った。
「冠位十二階のことは、知っているかね。うちは“士”だ。“小臣”の下の身分になる。仮にアストリアと“小臣”の子息が結ばれれば、我らも晴れて“小臣”となる。儂は宮廷の役人として働き、狭い屋敷から広い屋敷に住める。儂はあまり好きではないが、隷を付けることもできるだろう。そうすれば、儂もアストリアも幸せに暮らせる」
オルロは手を広げて、自慢げに鼻を鳴らした。
「どうだ? 君よりも遥かに具体的だろう。これが大人のビジョンだ」
「それはアストリアが望んだことなんですか?」
「与り知らぬところよ。だが、あれは儂の娘だ。そして儂よりも数段賢い。どちらにリスクがあり、メリットがあるのか。きちんと判断できるだろう」
「なら、それは大人の考えなんかじゃない……」
「なんだと……!」
「あなたの勝手な妄想だ!!」
「ほざけ、小僧!」
オルロが仕掛ける。
身体を左右に振りながら、僕の方に近づいてきた。
幻を見ているように、オルロの身体が2つ、あるいは3つに見える。
歩法による目の錯覚?
以前、そういうものがあるとアストリアに聞いた。
まずい。
狙いが……。
いや、迷うな。
踏み込め。
引き下がっていいことなんて、何もなかったんだから!!
仕掛けたのは僕が先だ。
オルロに向かって、とにかく走る。
ひたすらその懐を目指した。
短い木刀を振る。
だが、それはオルロの幻影だ。
「詰みじゃ、小僧!!」
オルロの声が横合いから聞こえる。
視線を移すと、その木刀は上段に構えられていた。
容赦なく、空気を引き裂き、僕の脳天へと打ち込まれた。
僕は無理やり身体を捻り、持っていた木刀を出す。
コォン!
鋭い音を立てて弾かれる。
体勢が不十分だったので、うまく身体に衝撃を逃がすことが出来なかった。
おまけに手が痺れて、動けない。
「とった!!」
再びオルロは木刀を振る。
だが――――。
「いえ! 僕の勝ちです」
僕の左手に握られていたのは、木刀だった。
その切っ先を大きく振りかぶったオルロの首筋にピタリと当てる。
そこで両者が止まった。
聞こえてくるのは、ただただ荒い息だけだ。
「馬鹿な、いつの間に…………はっ! まさか木刀を切った時から、仕込んでおったのか」
無念、とばかりにオルロは片膝を衝く。
そうだ。
これは木刀をナイフで切った時の片割れだ。
実は袖に仕込んでおいたのである。
最初に木刀を下ろしたのは、オルロだった。
「勝負ありか……」
「いえ……。勝負とは一言も言ってませんから」
この戦いに勝者も敗者もありません。
僕はオルロに向かって手を差し出すのだった。
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