第50話 ヒロインたち
あけましておめでとうございます。
2021年もよろしくお願いします。
ドラヴァンを縄にかけた後――。
正直、僕の記憶はここから途切れがちだった。
元内大臣となったドラヴァンを見送った後、僕は気を失ったのだ。
安心したというよりは、すでに限界だった。
すとんと意識を失った僕は、泥のように眠る。
気が付いた時には、僕は宿のベッドで寝ていた。
「宿に帰ってきたんだ……」
陽光が窓から差し込んでいる。
朝なのか、それとも昼なのか判然としない。
そもそもまだ僕の意識は微睡みの中にあって、瞼を閉じてしまえば、また深い眠りにつけそうだった。
やや状況がわからない中、陽光を受けて、見慣れた銀髪が見えた。
同時に規則正しい寝息が聞こえてくる。
アストリアだ。
もしかして、ずっと僕を看病してくれていたのだろうか。
すごいな……。
アストリアだって、ギリギリだったはずだ。
それでも、僕よりも疲弊していない。
これって体力の差なのだろうか。
だとしたら、僕はまだまだだな。
「それにしても綺麗だな……」
雨滴で編んだような銀髪を見る。
芸術家が使うような特徴的な白の肌。
そして寝顔が、とても可愛かった。
S級冒険者とは思えない。
天使の寝顔だ。
ふと触れたくなる。
ドラヴァンの屋敷でつい触ってしまったけど、また触りたくなる。
もっと彼女に触りたい。
そう思う僕は、不純なのだろうか。
「ん……。んん…………」
だが、僕の野望は潰える。
その前に、アストリアが起きてしまった。
「あ! ユーリ! 起きたのか!!」
「おはよ――――」
するとアストリアは僕を抱きしめた。
ふわりと彼女の匂いがする。
柔らかな身体の感触が、僕の首と頭越しに伝わってきた。
図らずも、彼女の方から僕に触れてきたのだ。
「良かった! 気が付いて、本当に良かった」
アストリアはまた滲んだ涙を払う。
その表情を見て、僕は思わず肩を揺らして笑ってしまった。
「な、なんだ? その反応は? 私は心配して」
「だって……。アストリア、僕の前だとなんか涙もろいというか、泣き虫になるので……。ドラヴァンの屋敷では、あれほど凜々しく、怒っていたのに」
「な! べ、別に私は泣いてなど……。ちょ、ちょっとぐらいはいいだろ」
いや、ちょっとどころじゃない。
少なくとも僕は彼女が泣いているのを、2回や3回では済まされないほど見てる。
どれも印象的な思い出だ。
泣いていても、綺麗と思ってしまうほどなのだから。
「まだ笑ってる」
「すみません。『円卓』のアストリア・グーデルレインの泣き顔は、なかなか見られるものではないので」
「むぅ……」
さすがに言い過ぎたかな。
ついにアストリアは頬を膨らませて、拗ねてしまった。
「それが看病していた人間への労いの言葉なのか」
「すみません。でも、寝ずに看病を……?」
「そうだ――――と言いたいところだが、私も昨日目覚めたばかりだ。ユーリ、君は3日も寝ていたんだぞ」
3日か。そんなに……。
「えっと……。じゃあ、他に誰が……」
「決まっているだろ」
そう言って、アストリアは僕の胸を指差した。
そういや、なんか微妙に重い。
寝過ぎた後の倦怠感とも思ったけど、何か柔らかな石でも置かれているような感触がある。
僕は布団の中に手を入れた。
出てきたのは、妹のフリルだ。
スースーと寝息を立てて、口元には涎を垂らしている。
「そっか。フリルも頑張ってくれたんだね」
いつもなら、チパパパと部屋の向こうから飛びだしてくる我が妹は、気持ち良さそうに「にぃにぃ」と寝言を呟いていた。
「随分と心配していたぞ、フリルは」
「そうか。後でいっぱい頭を撫でてやらないと」
「なら母さんにもお願いしようかしら」
母さんが部屋の中に入ってくる。
手に持った皿の上には、切った林檎が置かれていた。
「ありがとう、母さん」
「それと、エイリナ姫もね」
すると、エイリナ姫が入ってくる。
なんかすごく顔を赤くしていた。
「べ、別にあたしは、その……。時間が…………。ちょっと顔を出しただけだし」
「公務の合間に来てくれたんですよね、エイリナ姫」
「ちょ! マレーナ!」
「エイリナ姫もありがとうございます」
「別にいいわよ、お礼なんて。どっちかと言えば、こっちが感謝しなきゃいけないんだから。あ、それと、他にもあんたに会いたがっていた人がいたから連れてきたわよ」
「やっと再会できましたね」
ぬっと大きなシルエットが現れる。
それは翼だった。
真っ白な羽根を見て、僕とアストリアは驚く。
「「ルナ!!」」
「はい。ダンジョンではお世話になりました。こうしてお目にかかることができて、光栄です」
ルナは天翼族式の挨拶を交わした。
「まさか、ルナもエイリナ姫の知り合いなんですか?」
「知り合いっていうか。ルナミルはね。天翼族の姫なのよ」
「「姫ッッッッッッ!!」」
さすがに大きな声が出てしまう。
横のアストリアも驚いていた。
第7層を訪れたこともあるアストリアも、初対面だったのだろう。
そのアストリアは慌てて膝を突く。
「高貴なお方だとは思っていましたが、まさか天翼族の姫とは知りませんでした。数々のご無礼をお許し下さい、ルナミル様」
頭を下げる。
「どうぞ頭を上げて下さい、アストリア。お忍びとはいえ、わたくしが何も言わなかったのが悪いのですから」
「しかし……」
「それに言ったではありませんか、わたくしのことはルナと……。どうぞ気を楽になさって下さい」
「……わかりました、ルナ。これからもよろしく頼む」
ようやくアストリアはホッと息を吐いた。
「私も膝を突いた方がいいかしら?」
と言ったのは母さんだ。
だが、ルナは頭を振る。
「いえ。結構ですよ、ユーリのお母様。わたくしのお友達のお母様なのですから、大事にしなければ」
「ほほほほ……。ありがと。ユーリ、聞いた? 天翼族のお姫様に、私「お母様」なんて言われたのよ。あ……大丈夫、ユーリ。私は種族で差別したりしないから。でも、本命はきちんと決めておくのよ。まあ、あなたの場合は問題なさそうだけど」
母さんはチラリとアストリアの方を見る。
「か、母さん! もう黙っててよ」
僕は少し悲鳴じみた声を上げる。
全くもう……。
この状況で、普段通りって。
うちの母さんの心臓は、鋼でできているんだろうか。
こっちは友達の正体を知って、心臓がバクバクなのに。
「ユーリ、意識が戻ったところで悪いんだけど」
「わかってます。宮廷のことですね」
「ええ……。まずは、お父様に会ってもらうわ」
「はい…………え? 国王陛下に……」
いや、ちょっと待って。
その前に封印の方が先じゃ。
「あんたに会ってみたいそうよ。事の真偽を自分の目で確かめたいようね」
そうして、僕は再び宮廷へと参内することになったのだった。
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