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第30話 10億の予算

 謁見の間の扉が開く。

 現れたのは、民族衣装にも似た導師服を着たルナだった。

 濃いブロンドの髪と、白い翼を揺らし、樫で作られた木の靴で赤い絨毯を歩いて行く。


 その天使に似た姿形と、彼女自身の美貌に、集まった家臣たちからどよめきが起こった。


 玉座に座った王もまたその1人だ。

 ほう、と口を開け、白髭をさすっていた手を止まる。


 その前でルナは膝を突くと、胸の前で手を交差させて、天翼族流の礼儀を取った。


「歓迎を感謝します、クリュシュ国王陛下。重ねてご無沙汰しております」


「いやいや、感謝するのは、こちらの方だ」


 国王の声は、最近では一番明るい。

 何せこの数日、いつ魔王が復活するかわからない状態だった。

 国王を逃がす算段がギリギリまで進行していたほどである。


 しかし、ルナミルが現れたことによって、それは中止となった。


「感謝する、ルナミル姫。おお……。女王様に似て、お美しくなられて」


「ありがとうございます。ところで、陛下……。少し封印の扉についてお話ししたいことがありまして」


「う、うむ。わかった」


 国王は側付きのものに指示し、人払いをする。

 残ったのはエイリナ、近衛長、そして内大臣ドラヴァンだけだ。


 人払いが済んだところで、ルナミルは口を開いた。


「エイリナ姫の要請により、『ウィンドホーン』より馳せ参じましたが、魔力の枯渇により到着が遅れたことを謝罪いたします」


 ルナは改めて頭を下げた。


「なんの……。結果的に間に合ったのだからかまいません。こちらこそ本当に助かった。女王様にも感謝を……。後で余自ら、直筆で手紙をしたためましょう。それよりも、ダンジョンで大怪我を負ったと聞きましたが」


「ご心配なく……。幸いこの国の冒険者の方に助けていただき、この宮廷にいる治療師の方にも診てもらったので、今はこの通りです」


 ルナミルはその場で軽く身体を動かしてみせる。

 脇腹の怪我も、折れた翼も元通りになっており、完全回復を果たしていた。


 そのたくましい姿に、空気は一瞬緩む。

 だが、その空気を引き締めたのは、ルナミルだった。

 真剣な顔を国王に向け、話題を封印の扉について戻す。


「それよりも封印のことですが、依然として危うい状況と言わざる得ません」


「うむ。何とか助力をいただきたいのですが……」


「勿論です。そのためにやってきたのですから」


 ちらりと、ルナはエイリナと目を合わせる。

 互いに微笑むと、話を続けた。


「ただ1つ懸念事項がございます」


「というと……」


「国の予算です」


「予算?」


 思わず国王クリュシュは腰を浮かせた。


 予算の件は鍵師の前任者から抱えていた懸念事項だ。

 よもや予算の話が、まさかこんなところで出ようとは思わなかった。


「完全な封印は現状ではおそらく難しいでしょう。ただ10年、いや5年の期間であれば、封印の維持は可能です。そのためには――――」


「お金……。予算が必要ということか……」


「はい」


 国王は玉座に座り直し、白髭を撫でる。

 この件に口を挟んだのは、内大臣のドラヴァンだった。


 恐る恐るといった調子で、ルナミルに質問する。


「ルナミル姫……。内大臣のドラヴァンと申します。1つ質問をすることをお許し願いたい。その予算はいかほどのものなのでしょうか?」


「稀少な魔宝石……。触媒となる聖遺物……。特定の技能訓練を受けた魔法士の育成と諸々の人件費を合わせて、ざっと10億ルドといった所でしょうか?」


「じゅ――――」


「じゅ――――」




「「10億ルドぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおお!!」」



 国王は席を立ち、ドラヴァンは腰を抜かす。

 エイリナも目を大きく開いて驚いていた。


 10億ルドはもはや一国の国家予算に匹敵する。

 途方もない金に、その場にいる全員が凍り付くのも無理はない。

 平常でいられたのは、発言者であったルナ本人くらいだ。


 そのルナは少し苦笑いを浮かべながら、こう言った。


「あの……。これでも結構安く見積もった方なのですが……」


「実はな、ルナ。皆が驚くのには訳があってな」


「はい?」


「君が提示した予算の100分の1で、維持可能だと発言した者がいるのだ」


「ええ? そんな……。嘘!! わたくしは何もぼったくったり――」


「もちろん、君が誠意を持って予算を算出してくれていることはわかる。だが、2桁も違うとなるとな……」


「その予算申請の内容って、まだ見ることができますか?」


 エイリナはドラヴァンに尋ねる。

 最初、国の機密事項にも触れると渋ったが、国王の鶴の一声で、ルナミルに見せることになった。


 ドラヴァンは急ぎ執務室に戻ると、しばらくして戻ってくる。


 その予算申請の書類を、ルナに手渡した。

 早速、書類を捲り内容を精査する。

 そこには魔王の封印の維持の方法や、使用する魔導具や触媒の材料費などが事細かく書かれていた。


 初めは懐疑的だったルナの口が、次第に開いていく。

 その書類の見事さに、最後には「ほお……」と声を上げた。


「すごい……。この方は今どこに?」


 半ば興奮気味にルナは訴えた。

 その答えを待たずして、書類に書かれた内容の素晴らしさを謳う。


「これを考えた人は間違いなく天才です。100年、いや1000年に1人の逸材ですよ。天翼族には1000年以上に亘る魔法の知識がありますが、これはその知識を軽く100年ぐらい凌駕したものです。正直に言えば、恐ろしさすら感じます」


 思わず鼻息荒く、まくし立てる。

 珍しく興奮する友人を見ながら、エイリナは答えた。


「実はな。宮廷を追放された」


「追放……??」


「しかも、冤罪の可能性が高い。そうだな、大臣」


「い、いいいいや……。ち、違いますよ。私は、その――――」


 現状ではまだユーリの横領の疑いは晴れていない。

 だが、押収した証拠資料に改竄なども見られていて、エイリナが独自で行っている捜査は困難を極めていた。


 だが、仮に冤罪でユーリが追放されたとしたら、間違いなくドラヴァンの首が飛ぶだろう。

 本人もわかっているからこそ、必死になって隠しているのだ。


 けれど、予算の話は別だ。

 10億なんて額を払えるわけがない。

 しかし、払わなければ国それ自体が滅んでしまう。


 いや、10億をどこからか掻き集めたところで、果たして国として存続できるかどうかすらわからない。


 ドラヴァンとしては、声を小さくせざるを得なかった。


「ともかく一刻も早く、その方を連れ戻すべきです」


「ルナミル姫。その方法は、あなたでは無理なのでしょうか?」


 国王が尋ねると、横のドラヴァンもすがりつくような目をして、うんうんと頷いた。


「わたくしでは無理です。この方法は多量の魔力が必要になります。わたくしが住む第7層ならともかく、魔力が薄い第1層では……」


 第7層であれば、天翼族はほぼ無敵に近い。

 魔法技術はムスタリフ王国が持つ技術の遥か先を行っている。

 さらに民1人1人が、膨大な魔力を保有する魔法士であり、子どもであろうとも、ムスタリフ王国の精鋭でも太刀打ちできないと言われていた。


 だが、魔力が薄い場所では、いくら天翼族でも力が半減してしまう。


 荒事も苦手な種族であるため、故にホブゴブリンにですら、手も足も出なかったのだ。


 ルナが予算申請書を読んで感銘を受けたのは、そんな魔力の薄い場所でも魔王に対抗する手段が、整然と書かれていた事だった。


 仮に魔力が濃い下層に辿り着いた時、一体どれほどの強者となるのか。

 想像するだけで背筋が凍る。


「この予算申請書を書いた人の名前は――――?」


 尋ねた後で、ルナは気付く。

 これが本人が書いたなら――いや、間違いなく本人しか書けないものだろう。

 ならば、きっと書類に名前が記載されているはずだ。


「えっと――――」


 ルナは慌てて書類を捲る。

 「申請者」という項目を見つけ、そこに書かれていた名前に絶句した。


「ユーリ・ヴァリ・キーデンス……」


 まさか――――と、ルナは顔を上げる。

 その瞳は、昼の強い日差しへと向けられるのだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] なるほど半減するとホブゴブリンに手も足も出ないが本来なら精鋭では太刀打ち出来ない程強いと。 ホブゴブリンが強すぎるのか精鋭が弱すぎるのかどっちなんでしょうね。
[一言] 姫勇者からユーリの名前を聞いていたわけではないのか… あらすじの100倍の予算が出てきましたね。しかし、その予算を使って育成したり魔道具を集めたりするのがそもそも間に合うのかな。それまでの結…
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