第130話 我が名は剣帝ヴァルト
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『宮廷鍵師、【時間停止】と【分子分解】の能力を隠していたら追放される~封印していた魔王が暴れ出したみたいだけど、S級冒険者とダンジョン制覇するのでもう遅いです~』分冊版第10話、第11話が更新されてます。
ズドォォォォオオオオンンンン!!
耳をつんざくような爆音が戦場に響く。
それは聖剣オルディナの光撃が止み、ほどなくしてからだった。
一足早く地上に戻っていたアストリアとラナンは、戦士たちとともに城に突撃する。一際響く鬨の声を聞いたのは、オルディナの光撃を受けてもかろうじて生き残っていた戦士たちだ。むくりと起き上がり、千載一遇のチャンスとばかりに城に攻め入る。
スケルトンの軍勢を蹴散らし、とにかく前に進む。
そのスケルトン軍団も元気がない。
オルディナが味方を巻き込んでしまったため、3割は削られていたのだ。
聖剣オルディナの光撃がなくなったことで、一気に流れはアストリアたちに傾いていた。
その矢先、謎の爆発が城に起こる。
好機に狂乱する戦士たちは気にも留めず突撃する一方、アストリアは足を止めて、空に顔を向けた。
「あれは?」
「ちょ! アストリア、どこへ行くの?」
ラナンの言葉を無視して、アストリアは隊列から外れる。
そのまま城とは逆方向に走り出す。
緑色の瞳は赤い空に向けられたままだった。
「アストリア、どうしたのよ?」
「ユーリだ」
「へっ?」
「ユーリ、帰ってきた。ラナン、手伝ってくれ」
「ユーリって……」
ラナンはもう1度空を望む。
アストリアが見つめる先を追うと、確かに黒い豆粒のようなものが落下してきていた。
見覚えのある黒髪を見て、ラナンは「あっ!」と声を上げる。
「よくわかったわね」
「呼ばれた気がした」
「なにそれ」
「わからない。私にも」
「ねぇ。アストリア、あなたもしかして……」
あの子のこと好きになってきてない?
「ふぇ!」
思わずアストリアは立ち止まる。
「そ、そそそそんなことは……」
自覚のない契約主を見て、ラナンはやれやれと首を振る。
同時に女学生みたいな反応のアストリアが、可愛くも愛しく思えた。
「ほら。行くんでしょ。このままじゃ。地上に激突よ、あの子」
「あ。ああ……!」
アストリアは気を取り直し走り出す。
風の加護を受け、ふわりと宙を舞い、真っ直ぐ落ちてくる英雄の元へと向かった。
◆◇◆◇◆ ダイムシャット ◆◇◆◇◆
聖剣オルディナが突き刺さった城は、上を下への大騒ぎだった。
スケルトンの兵士たちが忙しそうに動き回り、城の長い階段を上っていく。
発生した火災を鎮火し、オルディナをどかそうと躍起になっていた。
現場指揮をとっていたのは、ダイムシャットだ。
「くそ! こんな醜態。我が君には見せられん。……おい。アラムはどこだ? あいつの聖剣ならば、この程度の損傷」
ダイムシャットは近くのスケルトンの首骨を掴んで尋ねる。
すると、廊下の奥から緑色の鎧と法衣を合わせたような恰好の騎士が現れる。
フルフェイスの兜の下で、薄いミント色の髪が揺れていた。
「アラム、こんなところにいたのか。さっさと――――」
「さっさとなんだ?」
濃い獣臭にも似た殺気に、ダイムシャットは反射的に直立した。
廊下の影から現れた人物を見て、失禁しそうになる恐怖をグッと堪える。
それは今、一番会いたくない人だった。
「剣帝陛下……」
「アラムは我に酌をしてもらっていた。アストリアの美しさからほど遠いが、あの者とは違ってアラムは従順だしな。それに……」
剣帝は兜の間から伸びたミント髪を摘まみ、もてあそぶ。
「この変わった色の髪も、実は結構気に入ってたりする」
アラムは何も言わない。
表情が恐怖に染まることもなかった。
アラムもまたゲヴェイムと同じく、ダイムシャットの【仮面舞踏】の支配下にある。
大人しいのは当然だ。
仮面をして叛逆できたのは、そもそも魔法が通じないドリネーと、【仮面舞踏】に囚われてなお、反目したアストリアぐらいなものである。
相当いじられているのだろう。
アラムの髪の毛先は、ひどく傷んでいた。
剣帝の指先のようにザラザラだ。
「戦を見るなら、アラムほどの女がちょうどいい。酒もそこそこ楽しめた。しかしだ。ン~~。ダイムシャットよ。これはどういう騒ぎだ」
「お騒がせしてすみません、剣帝陛下。すぐに、この私が行って、雑魚どもを蹴散らして参ります」
踵を返そうとした瞬間、それよりも早くダイムシャットの肩に手が置かれる。
そのザラザラの指先を見た時、ダイムシャットの心臓は間違いなく止まった。
見えなかった。気配すらたどれない。
気が付けば、横に立ち、自分の肩を叩いていた。
今でこそ裏切り者の汚名を着せられてはいるが、彼も『円卓』の一員。
現在、この城を攻めている有象無象の蛮族よりは強いという自負がある。
だが、そんなダイムシャットからしても、剣帝ヴァルトの強さは底が知れなかった。
ヴァルトはまるで蛇のように首を伸ばし、じっとダイムシャットの目を見つめる。
「お前さ。そんなことを言って、我から離れたいだけじゃねぇの?」
「は、はひぃ? そ、そそそそんなことはございません」
図星だった。
一刻も早く、この場所から立ち去りたかった。
剣帝ヴァルトにはそれなりに敬意を払っている。
その強さも認めているつもりだ。
それでも尚、恐怖が先に回ってしまう。
ダイムシャットのそんな心情を理解しているのか。
剣帝ヴァルトはダイムシャットを重用している。
それはダイムシャットを認めているからではない。
剣帝からすれば、扱いやすい人間だからだ。
「お前はここで待機しろ。聖剣オルディナの撤去でもしておけ」
「お言葉ですが、陛下。我々は今攻められているのです。オルディナがない今、我が城の防衛力は――――」
「お前、我を馬鹿にしてるのか?」
ヴァルトはカッと瞼を開く。
ダイムシャットは反射的に土下座していた。
「申し訳ありません」
「攻められているのは当然だ。これは戦争なのだから、攻められることもあろう。だが、防衛力か。面白い言葉だな、ダイムシャット。お前は勘違いしている」
剣帝ヴァルト以上に、この城に戦力が必要だと思っているのか?
ヴァルトの重い殺気が満ちていく。
氷塊を頬に当てられたような気がした。
先ほどから寒気が収まらない。
それほど、ダイムシャットはヴァルトを恐れていた。
「我が行こう。久しぶりに愉快な戦場だ」
「危険です、剣帝陛下!」
「危険? おい。ダイムシャット……。それは我に対する暴言だぞ」
「ひっ!」
「今のは聞かなかったことにしてやる。だが、2度はないぞ」
「は、はひぃ!!」
「行くぞ、アラム」
剣帝はアラムの手を引く。
持っていた大太刀を抜き、城の壁を破壊する。
城の根本で、蟻のように群がる戦士たちを見て、ヴァルトの口角は上がった。
「ひゃはああああああああああああああああ!!」
剣帝ヴァルトは出陣していった。
◆◇◆◇◆ ユーリ ◆◇◆◇◆
まずい……。
いや、まずくはないか。
このまま地上に激突したとしても、身体を【閉めろ】させておけば問題ない。
問題は僕の心情の問題だ。
どんどんと地面が迫ってくる。
その速度感がとにかく怖かった。
ダイムシャットの前では出さなかったけど、やっぱり落ちるのって怖い。
(そもそも僕の作戦って、無の層まで飛び上がることだけを考えていて、帰ってくることまでは考えていなかったんだよな)
自分で招いたことだけど、叶うなら作戦を考えた時の僕を殴りたい。
まさに自業自得。主の城を傷付けることになったダイムシャットよりはマシなのだろうけれど。
聖剣オルディナは城に突き刺さったままだ。
今でも白煙が上がり、チラチラと火の手が見える。
向こうとしては大事であることは間違いない。
いよいよ地面に激突しそうになった時、身体が何かやわらかいものに受け止められた。
濃い大気の層だと気づくと、僕は誘導されるようにゆっくりと下降する。
僕を受け止めたのは、銀髪のエルフだった。
「アストリア……」
「君を勇敢だと褒めたことを撤回しよう」
「え?」
「その様子だと帰る時のことを何も考えていなかったようだな」
「あは……あはははは……」
反論はまったくできない。
苦笑いで誤魔化すので精一杯だ。
「そういうのを蛮勇というのだよ、ユーリ」
「ごめん。そしてありがとう、アストリア」
「まあ、そういうところも君らしいけどね」
やっとアストリアらしくなってきた。
いや、どんどん僕が知るアストリアに近づいてきたというか。
今まで何か遠慮するところがあった。
それはアストリアだけじゃなくて、僕にもだ。
でも、今は自然と彼女と話せている。
それが嬉しかった。
僕たちは城付近に降り立つ。
無の層での経験は得がたいものがあったけど、やはりこうやって立っている方がしっくり来る。
願わくば、2度経験したくないものだ。
さて戦況は好転していた。
聖剣オルディナが無力化したことによって、戦士たちが城に取り付き始めている。
城を守るスケルトンたちも必死に応戦しているようだけど、旗色はこちらが良さそうだ。
どうやら、城の守りをオルディナにほとんど任せていたらしい。
「ダイムシャットの姿が見えないですね」
「他の剣帥たちの姿もな」
外で戦っているのは、オルディナを失ったゲヴェイムという騎士だけだ。
聖剣を失っても強く、戦士たちをバタバタと倒している。
ただオルディナの破壊力と比べると、戦力は100分の1以下だ。
「攻めるなら今だな。一気に剣帝ヴァルトの喉元に向かう」
アストリアは上を向く。
風の魔法の加護を使って、城の上層にいると思われる剣帝ヴァルト、そしてその傍らにいると思われるダイムシャットを倒すつもりらしい。
「ラナン。風の加護を」
「待って。アストリア」
「え?」
「嫌な風……。来るわ」
あいつが……。
城から何かが飛び出した。人だ。
ドンと音を立てて着地すると、赤い砂煙が舞い上がる。
オルディナの砲撃を想起させる煙に、戦士たちの手が止まった。
一斉に視線が煙の向こうになる人影に集中する。
「ようこそ、雑魚戦士ども。我が城――黒牙城へ。そして戦士の戦場へ」
男は大きかった。
そしてその手に握った大太刀はさらに大きく、ゴツゴツしている。
まるで岩からそのまま削り出したような太刀だった。
大男は集まった戦士を見て、笑う。
「久々の戦場だ。名乗るのが礼儀だろう。聞け、雑魚ども」
我の名は剣帝ヴァルト……。第9層の主である!