第129話 天罰だ、ダイムシャット!
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『宮廷鍵師、【時間停止】と【分子分解】の能力を隠していたら追放される~封印していた魔王が暴れ出したみたいだけど、S級冒険者とダンジョン制覇するのでもう遅いです~』分冊版第10話、第11話が更新されてます。
「あれ……か?」
聖剣オルディナの姿を見た時、思わず疑問符がついた。
それは〝剣〟と言うには、あまりに異彩を放っていたからだ。
鉄とは思えない滑らかな外装。
それに包まれていたのは、巨大な筒だった。
筒の底には綺麗なレンズが貼り付けられている。
他にもガラスでできたような翼が生えていて、剣とも動物ともたとえられない歪な姿をしていた。たとえるなら、巨大な砲門に分厚い鎧を着せているようだった。
気が付けば、周囲は真っ黒になっていた。
直下を見ると、地面が見えない。
何か赤いものがポツンと光っているのが見えるけど、あれが第9層なんだろうか。
次第に風が止む。
僕はついに無の層に辿り着いた。
すると、それは突然訪れた。
(呼吸ができない!)
首を絞められている感覚とはまったく違う。
息を吐ききった後で、息を吸おうとしても空気が入ってこない。
加えて身体の中の空気がなくなっていくのを感じる。
今度は吸うことすら難しくなってきた。
まずい!
なんだ、この感覚は……。
これが無の層。
聖霊ですら住めない世界。
『ふふふ……。あはははははははは!!』
不意に耳に声が届いた。
空気から伝わってくる感じじゃない。
頭の中に直接響いてくる。
それに声には覚えがあった。
『ダイム…………シャッ……ト……』
急激に空気が奪われる中、僕はその名前を頭に思い浮かべる。
『まさかこんなところまで来るとはな。褒めてやろう。だが、お前がいる場所は聖霊ですら住むことを許されない禁足地だ。鍵師ごときが踏み荒らしていい場所ではない』
聖剣オルディナはゆっくりと動き出す。
例の大きなレンズがついた筒の先を僕に向けた。
『僕を殺すのか?』
『殺す? とんでもない。もうすぐ死体になるお前にそんなことはしない。我が聖剣の側に薄汚い鍵師の死体などあっては目障りだからな。死んだら焼却してやるだけだ』
『我が聖剣だって。それはゲヴェイムさんのものだろう』
『ゲヴェイム? ああ。あの無能なリーダーの名前か。確かにそうだな。だが、あいつの思考はすでに私の闇魔法【仮面舞踏】の手中にある。もうあいつの意志などない』
『お前は人の意志をなんだと思ってるんだ!』
苦しみながらも、僕の頭が沸騰する。
またアストリアと初めて出会った時のことを思い出す。
仮面の下で泣いていたアストリアの姿を……。
『私を「円卓」の中で蔑ろにした男だ。本来殺されていても文句は言えぬ。我が聖剣となって生きられることを、喜んでほしいものだな』
『お前だけは絶対に許さない!』
『だからどうした? 所詮は負け犬の……』
『正常状態――――』
【閉めろ】!!
空気を求めていた僕は元に戻る。
身体を正常な状態に固定する鍵魔法だ。
『な、なんだ、それは! 相変わらず出鱈目な奴め!』
「出鱈目じゃない。これも鍵魔法の1つだ」
僕はムスタリフ王国で、第1層の魔力の供給源となっていた魔王サリアの封印を担当していた。その封印はとっくに解かれていたのだけど、サリアは出不精で引きこもりの魔王様だった。
僕はそんなサリアの遊び相手だったのだ。
『サリアが毒ガスを作った時はびっくりしました』
そんな時に、編み出したのは『正常状態固定』だ。
この状態であれば、毒ガスだろうと、空気がなかろうと影響を受けずに動くことができるのだ。
『さ、サリア……。まさか魔王サリアのことか。お前、一体何者だ?』
『宮廷鍵師です。元ですけどね』
僕は走り出す。
だが、すぐに足が空振った。
あれ? 走れない? いや、当然か。
歩ける回廊もなければ、周りには地面の〝じ〟の字もない。
その代わり、地面に向かって落ちることはないみたいだけど、自分の意志とは別にクルクルと身体が回転するだけだった。
『どうなってるんだ?』
『ハハハハ……。馬鹿め! なんの備えもなしに、無の層にやってくるからだ』
筒が僕を捉える。
次の瞬間、レンズに光が収束し、膨大な熱量を生み出した。
それを見ながら、僕は思い出す。
地上の惨劇を……。
『死ね! ユーリ・キーデンス!!』
ダイムシャットの声と、光撃が放たれるのは同時だった。
『光――――』
【閉めろ】!
僕を飲み込もうとしていた光撃が止まる。
黄金色に光る1本の棒となって、宙を漂う。
そこに足を乗せ、僕は走り出した。
『はあ! なんだ、それは?』
『光を固定しただけです』
最初からこうやらなかったのは、空から伸ばしたと考えると、光の棒が長すぎるからだ。
僕の鍵魔法がどこまで効果があるかわからないし、全身を固定して堪え忍ぶしかなかった。でも、今は違う。聖剣オルディナは目と鼻の先にある。
父さんがかけた封印が解けた今、僕の鍵魔法の範囲としては十分だ。
『ぬ~~~~~~! 撃て! 撃ちまくれ!!』
聖剣オルディナはダイムシャットの言う通り、光撃を連射する。
だが、僕はその光撃をすべて固定していった。
光の棒の上を伝いながら、僕は徐々にオルディナに近づいていく。
そして、ついに僕はオルディナに取り付いた。
こうして立ってみると、その大きさに驚かされる。
実家の部屋の倍以上はあった。
オルディナに取り付いた僕を落とそうと、筒が動く。
しかし角度が取れないらしい。
グルグルと角度を探りながら、筒が回転するだけだった。
『終わりですね』
『黙れ!!』
オルディナの影から現れたのは、ダイムシャットの鎖だ。
僕を縛りつけようと、蛇のように迫ってくる。
『全体――――』
【閉めろ】!!
鎖の動きが止まる。
さらにクルクルと筒を動かしていたオルディナも停止した。
『オルディナを無力化しましたよ』
『き・さ・まぁぁぁあああああ!!』
『怒ってる場合じゃないと思いますよ』
聖剣オルディナの光撃が止んだことに、アストリアたちは気づいているはず。
今頃、鬨の声を上げて、城を攻めているつもりだ。
『コソコソしてないで、正面から挑んできたらどうですか?』
『言わせておけば!』
『あなたはゲヴェイムさんから不当な評価を受けていたみたいな発言をしてましたよね。僕もそう思います。あなたは『円卓』に値しない』
ただの臆病者だ。
『貴様! どうやら死にたいらしいな。いいだろう。降りてこい、ユーリ・キーデンス』
『あなたに言われるまでもない。でも、いいんですか?』
『何?』
実はオルディナは急速に下降を始めていた。
おそらく、それまで何らかの魔法の加護を受けていて飛んでいたのだろう。
僕の鍵魔法によって加護が停止した。
こんな大質量のものが何の加護もなく停止したら、落ちていくのは当然だろう。
聖剣オルディナはどんどん加速していく。
風の層を超えると、雲を突き抜けた。
第9層の赤い大地が見える。
オルディナの舳先は、赤い大地に立つ黒鉄の城に向けられていた。
『たぶん、このままだと城にぶつかりますよ』
『ふざけるな。止まれ!! いや、止めろ、ユーリ・キーデンス!!』
『無理です。何せ僕は単なる鍵師なので』
僕は聖剣オルディナから離脱する。
剣を突き立てたような城の方に、オルディナが向かっていくのを見送った。
『やめろ! 剣帝様の城をなんと心得る』
『城なんて人の命に比べれば安いものでしょう。まさに天罰だ、ダイムシャット!』
『くそ! 止まれぇええええええええええ!!』
次の瞬間、ダイムシャットから送られてきた思考の声が途絶える。
それは聖剣オルディナが城に突き刺さるのと同時だった。