第126話 戦争の日
奇しくもその日は快晴だった。
洗濯を干すには、ちょうどいい日だろう。
皮肉にも野外戦をするにも、うってつけの日だった。
朝靄が消え、荒野が地平の彼方まで見える。
さらに雲が晴れると、現れたのは巨大な城だった。
「あんな城があったなんて……」
かなり距離はあるはずなのにはっきり見えているということは、それだけ大きいということだろう。随分と前衛的なデザインの城だ。いや、城であるかもあやしい。
まるで何本もの巨大な剣を大地に差して、黒く塗ったような城だった。
「全然気づかなかった」
「『戦争日』の日だけ姿を現すようになっているようだ。基本的にそれ以外での戦闘は剣帝が厳しく取り締まっているからな」
この場合の戦闘というのは、剣帝とその部下たちとの戦いを言っているのだろう。
僕たちは街の外で開始を待っていると、やがて街の方から人がやってきた。
中には昨日、一緒にお酒を飲んだ人もいる。
それだけじゃない。
宿屋の女将さんや、歓楽街で見かけた踊り子。
老人や、老婦人など。街にいたすべての人が街の外に出てくる。
それぞれの手には武器が握られている。普通の服装かと思ったら、中にしっかり鎖帷子を着ている人もいた。
何か異様な空気に息を飲む。
本来、戦争と聞けば、大半の人が忌避するものだ。
でも、ここに集まった人は違う。
何か真剣に戦争をしようとしていた。
何のために?
剣帝の圧政から解放するため?
でも、街の人たちは仲良く、しかも楽しげに暮らしていた。
4つの日の繰り返しというのはおかしいけど、そこに不満を漏らした人はいない。
みんな、当たり前のように日常を謳歌している。
(あれ?)
僕は何か一番大事なことを見逃していないだろうか。
「ユーリ君、私から2つ忠告がある」
アストリアが唐突に声をかけてきた。
昨日、結構酔っていたのに、目に力がある。
ノクスさんから渡された酔い止めが効いたのだろう。
今から戦争をするからか、少し近寄りがたい空気を纏っていた。
「1つは私から決して離れないこと」
「うん。わかった」
もちろん、そのつもりだ。
僕はアストリアを守る。
それはいつだって、どんな時代であろうと変わらない。
「もう1つは?」
アストリアはようやく僕の方を向く。
少し切なげな表情に、一瞬心臓が強く拍動した。
「死ぬな」
「え?」
「絶対死んではダメだ」
アストリアは言葉に力を込める。
当然といえば、当然だけど、何かその言葉の裏には意味があるような気がした。
ドンッ!!
突然爆発音が周辺に響いた。
剣帝側の攻撃が始まったのかと思ったけど違う。
鬨の声を上げて、前に立った戦士たちが走り出す。
始まったのだ、戦争日が……。
「我々も行こう」
「うん」
アストリアは僕に手を伸ばす。
それをがっちり掴んで、僕は【閉めろ】した。
そのままアストリアは風を纏い、浮上する。
走る戦士たちの頭上を、まさしく一陣の風の如く飛んで行く。
空を飛ぶのは、僕たちだけの専売特許というわけじゃない。
何人かの魔法使いたちがいた。
けれど、アストリアの速度には誰も追いつけない。
僕たちは先頭に出る。
「見えたぞ。あれが剣帝の軍勢だ」
「あれが?」
横長の方陣を組み、真っ直ぐ向かってきていたのは黒い兵士が見えた。
いや、人じゃない。スケルトンだ。
皮膚と筋肉を持たない、その代わりボロボロの鎧と兜を被った軍勢が、まっすぐこちらに向かってくる。
その軍勢の足が止まった。
盾兵が構えて、陣形を完成させる。
その隙間から見えたのは、弓兵だ。
ざっと数千はいる。こっちに向けて弓矢を構えていた。
「矢を射かけるつもりだ」
「弓兵か……。こんな奴、前にはいなかったはずだが」
1度、アストリアは速度を緩める。
振り返ると、街から来た戦士が目の前の軍勢を戦うべく向かってきている。
今から止めろといっても止まらないだろう。
むしろ危険だ。
戸惑っているうちに矢が飛んだ。
何千という矢が快晴の空で放物線を描いた。
軍勢の先頭にはブレーキをかけたが、遅い。
ダメだ。
このままじゃ弓矢の餌食だ。
僕は街のみんなの方に向けて手を掲げる。
「みんな――――」
【閉めろ】!!
街の人たちの動きが完全に停止する。
そこに矢が降り注ぐ。
だが、まったく刺さらない。
葉に当たる雨粒のように弾かれる。
これに焦ったのは、スケルトン軍団だ。
弓矢が効かないとわかると、早々に後退させる。
歩兵と騎兵を前にして、今度は突撃してきた。
「弓兵を引かせた判断はいいが、早々に突撃するとはいかがなものだろうな。私なら様子を見て、進軍するが……」
敵軍勢を評価するアストリアの聖剣に、青い光が揺らめいていた。
敵が動かなかった分、たっぷり魔力をチャージできる時間があった。
この間を逃すアストリアではない。
「食らえ……」
【風砕・螺旋剣】!!
青い剣の一撃が突撃してきたスケルトン軍団に突き刺さる。
距離はまだあったけど、前のめりになったせいで、約6割以上の兵を減らすことに成功した。
「よっしゃ!! さすが嬢ちゃんだ!!」
ガッツポーズを取ったのは、ノクスさんだ。
先頭付近で走っていたらしい。
それ以外にも、アストリアの戦果を喜ぶ人たちがいる。
士気が否応にも上がる。
ファーストアタックは大成功したらしい。
「お前らがいて、本当に――――」
何か空から光の線が落ちてくる。
さらに街の戦士たちの間をぐねぐねと動いていく。
光の線を見て、ノクスさんは声を荒らげた。
「ユーリ、離れろ!!」
「えっ!」
ノクスさんは理由を言う前に、僕を強く押した。
なかなかに力は強く、僕は10メートル近く飛ばされる。
そして、それは空から降ってきた。
まるで手品みたいに僕の視界が変わる。
黄金色の光が大地に満ちると、ノクスさんたちの姿を隠した。
強烈な熱を持つ、光の激流。
岩を溶かし、大地を穿ち、そして生きているものを蒸発させた。
「嘘……」
僕は戦場であるにもかかわらず、呆然と立ちすくむ。
何が起きているかわからない。
思考が全然追いつかなかった。
ただ1つ言えるのは、やたらぐねぐねと曲がった穴が出来ていたこと。
そして、昨日まで酒を飲んでいた人の影も形なくなっていた――という事実だけだった。
再びあの黄色い線が僕の前を走る。
僕はどうしていいか立ちすくんでいると、アストリアの声が聞こえた。
「ユーリ君」
僕の手を握る。
さらにアストリアの身体からラナンまで出てきた。
「逃げるわよ」
「全力全開!!」
アストリアは風の魔法で飛ぶ。
少し遅れて、またあの光の奔流が大地を穿つ。
強烈な爆風と衝撃に煽られると、アストリアはバランスを崩して、地面に激突する。
なんとか無事だったけど、今度はスケルトンたちが巻き添えを食っていた。
「自軍ごと巻き添えか」
「あ、アストリア……。ノクスさんが……」
「わかってる。でも、今は考えるな。我々はあれを倒さなければならない」
そう言って、アストリアが見たのは戦場ではなく、空だった。
忌ま忌ましげに見つめた彼女の視線を追う。
明滅する何かが空を横切っていくのが見えた。
最初流れ星かと思ったけど違うらしい。
そもそもエドマンジュの下層では、太陽は見えても星は見えないはずだ。
「なんですか、あれ?」
「聖剣だ」
「聖剣?」
「私の同僚であり、『円卓』リーダー……」
ゲヴェイム・リュングラフトの聖剣オルディアだ。
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