第125.5話 鍵師、覚醒(後編」
シーモアにて『宮廷鍵師』コミカライズ先行配信中!
第8、9話が更新されました。
未読の方はぜひ!
次に気が付いた時には、僕は宿屋のベッドだった。
起きた直後は頭がぼんやりして、よく考えられなかったが、ヒュドラ・マキシマと戦っていたことを思い出して、一瞬パニックになる。気持ちを落ち着けて、ようやく自分が勝利したことを思い出す。
それほど強かったのだ、ヒュドラ・マキシマは。
ベッドから起き上がると、側にアストリアがいることに気づく。
僕が寝ているベッドに突っ伏して、静かに寝息を立てていた。
物音にアストリアが気づかないなんて、余ほど深く眠っているのだろう。
あれ程の激戦の末、最後は極限の緊張感の中で奥義を放った。
疲れていて当然なのに、宿屋まで無事自分の足で帰還し、こうして仲間の介抱までしてくれている。
慣れていなかったとはいえ、最大出力の鍵魔法を1回使って、眠りこけてしまった僕とは全然違う。やはりアストリアは凄い冒険者だ。
「それにしても……」
心の底では信頼はできていないとアストリアは言っていたけど、こうして隙を見せているのは、一部ではちゃんと僕のことを信じている証しなのだろうか。
気が付けば、じっとアストリアの寝顔を見ていた。
まるで天使みたいだ。月並みな言い方だけど、それしか思い浮かんでこない。
真っ白な頬はなめらかな弧を描き、ちょっと悪戯したくなる。
(キスしたらダメかな……)
ふとそんな雑念が頭をよぎる。
僕はすぐに振り払った。
ダメダメ! 絶対ダメだ。
祝言を挙げた仲とはいえ、女性の寝込みを襲うなんて、男として恥ずかしい。
ユーリ・キーデンス、何を考えているんだ。
そもそも今、目の前にいるのはアストリアは、僕が知る彼女とは違う。
いや――――その認識は間違っているかもしれない。
ここにいるのは、間違いなく僕が知っているアストリアだ。
容姿も、性格も、その気高さも、癖も、剣術も。
当然だけど、僕が知るアストリア・クーデルレインである。
たぶん違うのは、僕を知っているか、知らないかだけ。
それが僕をやきもきさせる。
いっそ僕が未来から来たことを話せたら、どんなにスッキリするだろう。
(ダメだ)
僕はもう1度、頭を振る。
話したところで、アストリアを混乱させるだけだ。
今はこのままでいい。
集中しよう。
目の前にいるアストリアとともに、『円卓』のメンバーを助けるんだ。
「よう! ユーリ、気が付いたか!」
陽気な調子で、ノクスさんが入ってくる。
若干酒臭く、顔も赤くなっていた。
「ノクスさん、静かにしてください」
寝ているアストリアを指さす。
ノクスさんは口を手で押さえると、1度顔を洗って出直してきた。
少しすっきりした様子で、また部屋の中に入ってくる。
「身体の調子はどうだ?」
「少し頭が重いですけど、概ね大丈夫です。ご心配をかけたみたいですみません」
僕はベッドから降りて、薄い掛け布団をアストリアにかけてあげる。
さすがに持ち上げて、ベッドに寝かせるのは気が引けるし、よく眠っているのに起こすのも申し訳ない。掛け布団はそんな僕の心理が生み出した譲歩案だった。
「若いっていいねぇ。おじさんなんてあちこちガタガタよ」
そうは見えないぐらい元気だけどなあ。
「僕、どれぐらい寝てました?」
「外を見てみな」
ノクスさんに言われて、カーテンを引く。
真っ暗だった。
朝――と思ったら違う。
薄らだけど西の方に夕陽が見える。
「丸一日寝ていたんですか?」
「ああ。残念ながら鍛冶屋はもうどこも閉店したはずだ」
ノクスさんがこういうのには理由がある。
『鍛錬日』の次の『武具日』では、自分の武具の選定や強化をする日と決められている。
鍛冶屋はこの日だけしか開かないため、第9層の人間は明日の『戦争日』のための用意をするのだという。
僕も自分の装備をメンテしたかったけど、仕方ない。
「なんてな。そこの布をとってみな」
テーブルの上に何か置かれていた。
白い布をとると、僕の装備一式が揃っていた。
それも全部新品同然にメンテされてある。
切れかかっていたつなぎ目の皮も、ちゃんと直っていた。
「新品どころじゃない。材質が変わってる。なのに前より軽い!」
「ここら辺の鍛冶師の腕は確かだからな」
「ありがとうございます、ノクスさん」
「礼なら俺じゃねぇよ」
ノクスさんはベッドで寝ているアストリアを指差す。
自分の武具と一緒に、僕の鎧も持って鍛冶屋に出してくれたらしい。
「しかも『時間が足りないなら、ユーリ君の方を優先してくれ』って言ってたんだぜ。お前ら、ホント面白いよな。なんかギクシャクしてる割りには、気持ちが近づいてってる。いいコンビだと思うぜ」
「あ、ありがとうございます」
「だから、早く仲直りしろ。そんでもってとっととくっついちまえ。……それとも愛のキューピットが必要か?」
ノクスさんはウィンクする。
僕は苦笑いを浮かべるのでせいぜいだ。
くっついちまえか。
それができたらいいのだけど……。
「話は変わるけどよ」
ノクスさんは部屋の椅子をベッドの近くまで寄せる。
背もたれに顎を載せるようにして座ると、真剣な表情で尋ねた。
「そろそろお前たちのことを教えてくれないか?」
「え?」
「イヤならいいけどよ。でも、明日は『戦争日』だ。何が起こるかわからねぇから、今のうちに聞いておきたいんだ」
少し迷った。
何故ならアストリアの諒解を取る前に話すのは気が引けたからだ。
でも、アストリアはなかなか目を覚まさない。
ダンジョンから帰ってきて、ほとんど寝てなかったのだから仕方ないだろう。
「わかりました」
僕は自分のことは伏せて、話せるところまでを話した。
『円卓』を救出するという目的。
そして第9層に来てからの出来事を話す。
ノクスさんは終始真剣に僕の話に耳を傾ける。
話が終わると、1度立ち上がって、椅子の位置を返した。
今度は背もたれに持たれて腰掛けると、足を組む。
「『円卓』って冒険者が、最近この第9層にやって来たってのは、風の噂で聞いていた。だが、そいつらが今度は『剣帥』に選ばれ、アストリアの敵になってしまうとは皮肉な話だな」
「僕もそう思います。だから僕は彼女と『円卓』を助けに来たんです」
「ということは、明日の『戦争日』がユーリと嬢ちゃんにとっては、まさしく決戦日なわけだ。間違いなく『剣帥』が出てくるからな」
アストリアから4つの日のことを聞いた時、『戦争日』について質問したことがある。
同じ質問をノクスさんにもしてみたけど、答えは一緒だった。
「戦争だよ。剣帝ヴァルトと、その部下たちとのな。まあ、明日になればわかる」
「もう1つ質問していいですか?」
「俺が答えられるものならなんでも」
「ノクスさんって何者ですか?」
「なんだ。今さらな質問だな」
ノクスさんはそういうけど、僕にとっては真面目な話だ。
彼が本物のノクス・グランシェルなら、1000歳を余裕に超えてる。
それぐらい古い冒険者――いや、冒険者の始祖みたいな人なのだ。
でも、今目の前にいる人は30も半ばという中年の冒険者にしか見えない。
いや、違和感でいえば、他にもある。
第9層に生きる人たち。
その全てが英雄クラスといってもいい手練ればかり。
そもそも僕は知らなすぎる。
第9層が一体何なのか?
「嬢ちゃんはお前さんに何か話したか?」
「第9層にですか? いえ。4つの日があって、それが繰り返されているとしか」
「なるほど。それは間違ってねぇよ。はっきり言って、それ以上でもそれ以下でもない」
「どういうことですか?」
「嬢ちゃんが話さないなら、ユーリに話さない方がいいと考えているのだろう」
「僕――――まだアストリアに信用されていないのでしょうか?」
「そうじゃない。いずれにしろわかる」
明日になればな。
そう言って、ノクスさんは立ち上がる。
椅子を元の位置に戻した時には、いつもの表情に戻っていた。
「さて。ユーリよ。みんながお待ちかねだぜ」
「みんな?」
「う、ううん。騒がしいな」
ノクスさんの明るく元気な声に、ついにアストリアが目を覚ます。
「お。嬢ちゃんも起きたか。ちょうどいいや。付き合えよ」
ノクスさんは僕とアストリアの手を取り、引っ張る。
連れて行かれたのは、宿屋の1階だ。
前にも話したけど、そこには小さな食堂があって、朝には熱々の食事を食べることができる。そんな食堂に多くの人が酒や料理を食べていた。しかも、食堂だけには収まらず、宿屋の軒先にどこから持ってきたのかベンチとテーブルを持っていて、酒盛りしている人たちもいた。
「やっと起きてきた。ほら。主役が出て行かないと、こいつら出て行かないんだよ。行った行った」
僕とアストリアの背中を、宿屋の女将さんが押す。
よく見ると、集まっていたのは宿屋の客じゃない。
ダンジョンに参加していた冒険者たちだ。
「お。ようやく主役のご登場か」
「待ってたぜ、ご両人」
「英雄のご登場だ!」
僕らの姿を見て、さらに酒盛りはヒートアップする。
「こ、これは……」
「お前らの活躍を聞いて、集まった連中さ。みんな、お前らにお礼を言いたいんだとよ」
「お礼って……」
何が何だかと戸惑っていると、1人の冒険者が僕の手を握った。
「ありがとう、ユーリ君。我々を助けてくれて」
「僕は……」
「すげーな、お嬢ちゃん。あのヒュドラ・マキシマを1発で消し飛ばしたんだって」
「いや、まあ……」
次々と称賛の声が飛ぶ。
気が付けば、僕はグラスを持たされ、並々と麦酒を注がれていた。
「では、英雄ユーリとアストリア嬢の活躍を祝って」
かんばーい!!
麦酒の泡が飛ぶ。
まだ名前も知らない人たちとグラスを付き合わせた。
笑い、歌い、そして笑う。
宿屋の女将が眉間に皺を寄せながら「明日は戦争日だからほどほどにね」と麦酒を注げば、冒険者たちからは「これが俺の潤滑油なんだよ。錆びて切れ味の悪い剣じゃ、大根だって切れねぇだろ」と返す。
酔っ払いたちに上下関係などなく、ただ酒精の入った感覚を頼んでいた。
「ユーリ君、飲んでるかい?」
「うわわわわわ!! アストリア!!」
しまった。唐突な飲み会で、アストリアのことを忘れてた。
「アストリア、程ほどにね」
「なんだと! 君は私の酒が飲めないというのか?」
なんか面倒くさい感じで酔ってる!
よくよく見てみると、アストリアが飲んでるのは麦酒だじゃない。
鼻を近づけてみたところ、つんと甘い香りがした。
ぐわっ! これ、麦酒より強い酒精の蒸留酒じゃないか。
なんでこんな高いお酒があるんだ。
いや、そもそも誰だよ。こんなものをアストリアに飲ませたのは!
ちょっと困ったことがあったけど、楽しい夜だった。
でも、まだ僕は知らなかった。
そして、僕は明日知ることになる。
第9層の真実を……。
8月25日にカクヨムでも連載中、
『魔王様は回復魔術を極めたい~その聖女、世界最強につき~』第2巻が、
ブレイブ文庫で発売されます。
Amazonに127レビューいただいた人気作の続編になるのでぜひ!