第122話 英雄譚の中の男
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ヒュドラ・マキシマ……。
漆黒な竜鱗と、七色の瞳、7本の首を持つ多頭竜である。
その首の1本1本が、Sランクの強さを持ち、たった1本で都を破壊したという言い伝えから、【七災の魔竜】ともいわれている。
出現率の低いながらも、その名前を一躍有名にしたのは、とある英雄譚だ。
英雄ノクス・グランシェル。
長いエドマンジュの歴史上初めてそのヒュドラ・マキシマを倒した冒険者と同じ名前、同じ銀剣を操る人物が、今僕と同じパーティーの中にいた。
小城のような大きさのヒュドラ・マキシマに、僕たちはすっかり竦んでいた。
他の魔獣を寄せ付けない圧倒的な存在感……。
魔獣の王――頂点とも呼べる存在に、その恐怖を示す言葉すら忘れてしまう。
獣臭が鼻を突く。
ヒュドラ・マキシマが移動する時のシャーシャーという音が、非常に耳障りだった。
やがて赤、青、黄、紫、緑、白、黒の瞳がこちらを向く。
「逃げろ!!」
誰が言ったかわからない。
ただ言葉を理解することはできた。
けれど、僕の鍵魔法を受けたように身体が動かない。
ヒュドラ・マキシマの口が開く。
七色の光が一瞬閃いた。
ドンッ!
鉄と鉄を削り合わせるような音に、ハッと我に返る。
目の前で見たのは、ノクスさんが7つの光を防いでいる姿だった。
銀剣を前にかざし、必死の形相でヒュドラ・マキシマの攻撃を防いでいた。
「「ノクスさん!」」
僕とアストリアの声が重なる。
「よう。2人とも無事か」
「はい。そうか。ただちょっと離れとけ」
もう保たないからよ……。
見ると、銀剣が溶けかかっている。
僕は鍵魔法で魔獣の状態を確認した。
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名称 : ヒュドラ・マキシマ
特徴 : 驚異的な再生能力と、7つの首から放たれる炎氷雷毒風光闇の属性ブレス。
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「俺の銀剣は魔法を吸収するのに最適だが、その熱までは吸収できねぇ」
「なら、今のうちに奴を討てばいい!!」
アストリアは切り替える。
風の聖霊ラナンを呼んで、大気の層を纏う。
あっという間にヒュドラ・マキシマの近くまで飛んだ。
「疾れ……。風斬――――」
一閃!!
アストリアの握る聖剣エアリーズが震える。
ついには刃先が蜃気楼のように歪むと、アストリアは薙いだ。
不可視の刃が、あっさりと7本の首のうちの3つを落とす。
「すごい!」
思わず声を上げた。
まだあんなスキルを隠し持っているなんて。
やっぱりアストリアは強い。
「まだまだ!! 風斬――――」
アストリアが構える。
「気を抜くな!! まだ来るぞ」
叫んだのはノクスさんだ。
アストリアのおかげでどうやらブレスから一旦逃れることができたらしい。
でも、その顔から余裕は見えない。むしろ悲壮な表情を浮かべていた。
それもそのはずだった。
先ほど斬ったヒュドラ・マキシマの首が、刹那のうちに再生したのだ。
すぐにアストリアの方を向くと、炎、風、光の属性を帯びたブレスを放つ。
「ラナン! 防壁最大!!」
アストリアを纏う大気の層が、ブレスの方に集中する。
防御は成功。でも、ジリジリとブレスにおされる。
何重にも張った大気の層が、1枚、また1枚と剥がされていった。
「ラナン!」
「ごめん。もう無理~~」
ラナンもアストリアも限界だ。
「アストリア!!」
僕は以前ディーラーを追い詰めた方法で、煉瓦壁をよじ登っていく。
空に浮くアストリアに向かって、飛んだ。
大きく手を伸ばす。
そこにヒュドラ・マキシマのブレスの光芒が見える。
残り4本が僕の方を見て、今まさにブレスを放たんと構えていた。
「まずい!!」
ノクスは走るが、遅い。
「ユーリ君!」
「アストリア!」
2人は手を伸ばす。
その2人を分かつようにヒュドラ・マキシマのブレスは放たれた。
パシッ!!
気持ち良い音を立てて、僕がアストリアの手を掴んだのはその直後だった。
「全身――――!!」
【閉めろ】!!
特大のブレスが僕とアストリアを撃ち抜いた。
◆◇◆◇◆
次に目を覚ました時、何か温かなものに包まれていた。
なつかしい匂いに、自然と身体が癒やされていくのを感じる。
これはなんの香りだったろう。
王宮、それともキーデンス家の匂い。あるいはエイリナ姫の香水……?
どれも違う気がする。
やや鈍い思考を動かしながら、ようやく答えが頭に浮かぶ。
銀髪のエルフの少女が見えた。
「アストリア……」
カッと目を開く。
すぐ視線に入ってきたのは、アストリアだった。
まだ僕は夢を見ているのだろうか。
アストリアの顔がすぐそこに合ったのだ。
アストリアは僕を見ている。
じっと……。なんだか照れてしまう。
こうやって見られることが、ほとんどなかったから。
いや、こんなに長く見つめ合ったのは、祝言の時ぐらいかもしれない。
アストリアは動かない。
すぐに引っぱたかれるぐらいは覚悟したのだけども……。
あれ? そういえば、僕の身体も動かない。
そうか。思い出した。
僕たち今、戦っているんだ。
ヒュドラ・マキシマと……。
「全身――――」
【開け】
僕は鍵魔法で【閉めろ】を解く。
段々と思い出してきた。
確かヒュドラ・マキシマのブレス攻撃をまともに受けたんだ。
だけど、僕もアストリアも生きているということは、一瞬鍵魔法の方が速かったらしい。
横でアストリアが咳き込んでいる。
ずっと口が開いた状態だったから、もしかして煙か何かが入ったのかもしれない。
「アストリア、大丈夫?」
「ああ。ありがとう、ユーリ君」
「え? どういたしまして」
「ただ気づいたのなら早く鍵魔法を解いてくれ。その君と見つめ合うのは――――」
「え? 何?」
「はず……。なんでもない! 忘れてくれ」
忘れてくれって言われてもな。
アストリア……。耳がすごく赤いんだけど。
「2人とも無事か。……ん? おやおや。この空気、お邪魔だったかな」
ノクスさんはのっけから僕たちの方を見て、ニヤニヤと笑う。
「ち、違う! 勘違いするな、ノクス」
「そうです。違うんです」
「なんだ。違うのか。俺はてっきり…………まあいいか」
ノクスさんは明後日の方向を見る。
その方向に感じる。ヒュドラ・マキシマの気配だ。
アストリアが持つ勘じゃなくても、あれぐらい巨大だと僕でもわかるらしい。
どうやら僕たちを見失ってしまったようだ。
あるいは倒せたと思っているのかも知れない。
「見た通り、あいつは化け物だ。なんせ最強の【再生能力】と最強の【ブレス】を持ってるからな」
「そもそもなんであんな大物魔獣がいる」
「詳しいことはわからねぇ。さっき、下層に降りる階段のところに大きな穴が空いていた。どうやら奴さん。下のボス部屋で待ち構えていて、我慢できずに上ってきてしまったらしいな」
「なるほど。それで? 何か手立てはないのか?」
「そうだ。ノクスさんなら知ってますよね。だってヒュドラ・マキシマを倒したことがあるんだから」
「なんで知ってんだよ、そんなこと。まあ、いい……。確かにヒュドラ・マキシマを倒す方法は知ってる。よく聞いてくれ」
ノクスさんは真剣な表情になる。
自然と僕とアストリアは、ノクスさんに顔を近づけた。
「ヒュドラ・マキシマを倒す方法はな」
「倒す……」
「方法は?」
大出力魔法で七本の首を1度に消滅させる――だ!
それって……。
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