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第120話 深層のダンジョン

 私は君とは組めない……。



 谷底に落とされたような気分だった。

 離婚を言い渡された時に、男性側の気持ちってこんな感じなんだろうか。

 でも、それ以上に苦しかったのは、言った側のアストリアの方が、僕なんかより遥かに苦しげに見えたことだった。


 アストリアは続ける。


「私は『円卓(アヴァロン)』のメンバーだ。自分でいうのもなんだが、そこそこ知名度があると思っている。君が私のよく知っているのも、熱烈な愛好者なのだと勝手に思っていた」


 アストリアは自分の聖剣を見つめながら、さらに言葉を続ける。


「だが、君は私の剣筋を知っている。知りすぎている。まるで――――」



 まるで私と何度も剣を合わせたかのように……。



 アストリアは戦いながら、何度も何度も記憶を巡らせたという。

 それでも出てこなかった。ユーリ・キーデンスという名前を……。


「私はそれが辛い。君はとてもいい人で、私のことも2度も守ってくれた。でも、私は思い出せないのだ。君のことが……。教えてくれ、ユーリ君。君は一体何者なんだ。君は一体、私の何なんだ」


 悲しそうに、辛そうに見つめてくるアストリアを見て、僕は泣きそうだった。


 言いたい。言ってしまいたい。

 もう世界なんてどうでもいいと思うぐらい。

 このまま現在に帰っても、アストリアに会えなくてもいいと思えるほど。


 言ってしまいたい……。


 だって、こんなに辛そうで、悲しそうなアストリアを見たのは初めてだから。

 いや、初めてではないかもしれない。

 あの日――――本当に運命としか思えない、その日……。

 仮面の呪いを解いた時に流した涙と同じくらい……。


 今、僕の心は切り裂かれていた。


「私は君を信じたい。でも、一方で不安で不安でたまらないのだ。これが最後だ、ユーリ君。君は一体何者なんだ」


「僕は――――」



 おお! こんなところにいたか、ご両人!!



 この世のどん底みたいな空気の中、そんなのまるで気にしない明るい声が響く。


 ノクスさんだ。

 ニコニコしながら、僕たちの方に近づいてくると、僕とアストリアの肩に手を回す。

 ぐっと僕たちの顔を引き寄せ、有無も言わさず1枚の紙を差し出した。


「鍛錬日限定クエスト……? え? クエストって、第9層にギルドなんてあるんですか?」


「なんだ。知らなかったのか? これだけの人が住んでるんだ。お困りごとなんていくらでも出てくる。そういう時に、ギルドってシステムは便利だろ?」


「3人パーティーで、地下のダンジョンを攻略してみませんか?」


 どうやら討伐クエストらしい。

 3層のダンジョンにそれぞれボス格の魔獣がいて、それを倒すと報酬が貰えるらしい。


「どうだ、3人で攻略してみないか?」


「僕たちとノクスさんで?」


「おうよ。ユーリの強さは昨日見せてもらった。嬢ちゃんはさらに強いんだろ?」


「わ、私は――――」


 アストリアは僕と視線が合うと急に口を噤んだ。


 そんなアストリアの肩を、ノクスさんはポンと手を叩いた。


「見ろよ。この賞金額を……。これぐらいあれば、しばらく遊んで暮らせるぜ」


「いや……。別に僕たちそんなにお金に困っていない」


「頼む」


 ノクスさんは突然僕たちの前で正座をすると、深々と頭を下げた。


「俺には必要な金なんだ」


 額に汗をしながらノクスさんは真剣な表情で訴えた。

 土下座までして頼み込むということは、何か訳があるのだろう。


 どうしようと一瞬アストリアと相談しようとしたけど、今はそんな空気ではない。


「ノクスさん、顔を上げてください。わかりました。僕で良ければ」


 僕はチラッとアストリアを見る。

 アストリアは1つ息を吐いてから言った。


「……ノクス殿には助けてもらったし。宿も紹介してもらった。断る理由はない」


 僕は内心ホッとする。

 こういう時に断らないのは、アストリアがアストリアたる由縁だ。


 当人であるノクスさんは涙を流しながら喜んだ。


「ありがとな。これで借金を返せる」


「「借金!!」」


「いや、この前みたいに賭場の借金がかさんでな。明日返せなかったら、どっかの湖畔で水死体になって浮かんでたかもしれないんだ」


 そんな湖畔がこの第9層のどこにあるのか、というツッコミはともかくとして、かなり物騒な話だ。


 よく見ると、ノクスさんの後ろの方で数人の強面の人たちが目を光らせていた。


 あれって……。もしかして本物の借金取りなんだろうか。



 ◆◇◆◇◆



 第9層のギルドで手続きをし、その足で街のダンジョンに向かう。

 『鍛錬日』をするためだけに開かれるダンジョンらしく、さほど広くはない。

 3層構造のダンジョンの入り口には、すでにたくさんの人たちがいた。


「この人たち全員冒険者なんですか?」


「冒険者? まあ、そんなところだ」


 定刻になり、ダンジョンの入り口が開く。

 鬨の声を上げながら、集まった冒険者は一斉になだれ込んだ。

 僕たちもその波に乗りながら、ダンジョンの奥へと突入する。


 思わず嘔吐いてしまいそうになるほど、魔力が濃い。

 第2層のダンジョンとは比べものにならない。

 これだけ魔力が濃ければ、不足を気にせず立ち回ることができる

 一方、気がかりなこともあった。


 ドンッ!!


 突然前方で爆煙が上がるのが見えた。

 みんなが一斉に歩みを止める。


「さあ、おいでなすった……」


 ノクスさんが銀剣を構えた。

 同時にアストリアも聖剣を鞘から引き抜く。


 直後、腹の奥まで響くような音が聞こえた。

 音が次第に近づいてくると、ジャラリと金属が擦れるような音が鳴る。

 すると、次に僕が目にしたのは、巨大な鉄球だった。


「よけろ!!」


 ノクスさんは叫ぶ。

 近くにいた冒険者たちはそれぞれ回避行動をとった。

 ドンッと鉄球がダンジョンの床にめり込む。

 幸い被害はなかったみたいだけど、すごい威力だ。

 いや、これほど大きな鉄球を振り回せるなんて、人間でも魔獣でも見たことがない。


 鉄球についた鎖が激しく音を立てながら、回収する。

 それを手の平に乗せたのは、分厚い鎧を着た騎士だった。

 それだけ聞けば、重装甲騎士だろうが、大きさが人間離れしていた。

 加えて兜の奥にあるはずの生気が感じられない。


「アイアンジェネラルだ」


 ノクスさんが息を飲む。


 巨人族系でもトップクラスに君臨する魔獣。

 ランクは〝S〟。

 第1層や第2層などの下位層では滅多に遭遇しない強敵である。


「いきなりSランクなんて」


「なんだ、ユーリ。ビビってんのか?」


「いや?」


「第9層では珍しくないぞ。ほら、見ろ」


 ノクスさんが指差す。

 前の方を見ると、幾人かの冒険者が走り出す。

 アイアンジェネラルの鉄球を鮮やかにかいくぐりながら、仲間の援護魔法を受ける。

 1人の戦士が大剣を振り下ろし、鉄球をもった腕を切り落とす。

 攻撃手段を失ったとなれば、大胆に攻撃できる。

 一斉に襲いかかると、アイアンジェネラルはバラバラに切り裂かれた。


 あっという間だ……。


「すごい」


 1人1人のレベルが高い。

 『姫勇者』エイリナ姫……いや、それ以上。

 チームの総合力なら、アストリア以上かもしれない。


「感心してる場合じゃないぞ、ユーリ。この辺りのヤツらなら、あれぐらいできて当然だ」


 ノクスさんをはじめ、ボイヤットやディーラー。

 みんな、何かしらの英雄譚に出てきてもおかしくないほど強かった。

 ここじゃあ、これが当たり前なのか。


 僕は急に怖くなる。

 第9層剣帝ヴァルトといわれたダンジョンのレベルを……。


 でも、やるしかない!


 アイアンジェネラルの他にも、鋼の塊でできたエンシェントウォーリア、サンダーロード、恐竜種のグレードライノスと――――Sランクの魔獣が当たり前のように襲いかかってくる。


 対する冒険者たちはまったく動じない。

 鼻白むどころか嬉々として向かっていき、蟻のように群がっては倒していく。


「魔獣を倒す速度が速い!」


「落ち着け! 俺たちの狙いは別だ」


「別――――」


「とにかく走れ。雑魚は他のヤツらに任せるんだよ」


 他の冒険者が魔獣の相手をするのを横目に、僕たちはダンジョンの奥へと進む。

 その道程は安全なものではない。

 流れ弾や、巨大魔獣の一部が落下してきて、行く手を阻む。


 命からがら突破した結果、僕たちは扉の前に辿り着いた。

 その扉の前には、他の冒険者もスタンバっていた。


「これって……。もしかしてボス部屋ですか?」


「ああ。上層の魔獣の――――」


 突然扉が開くと、中から男の人が飛び出してくる。

 よく見ると、男の人はボロボロだ。全身を何か棒を打ち込まれたかのように、奇妙なことに縦に折れていた。


「こいつ、S級の冒険者じゃね?」

「最初にボス部屋に入った……」

「ひ、ひでぇ……」


 S級冒険者をこんな風に滅多打ちにするなんて。

 一体、どんな魔獣なんだ。


 僕はショックを隠せない。

 それは他の冒険者も同様らしい。

 それまでボス部屋の前で意気揚々としていた冒険者たちの顔からも、血の気が引いていた。


「ユーリ、怖いか?」


「……怖いです」


「なら帰るか?」


「いいえ。ここで歩みを止めたら、僕は強くなれない」


 僕はダイムシャットの言葉を忘れていない。

 そう。僕には攻撃手段がない。

 いや、何より僕は今まで鍵魔法という特殊性に助けられてきた。

 それは僕の強みの1つなのだけど、ダイムシャットの言う通り冒険者としての経験や、白兵戦などの技術的な強みがまるで足りない。


 ダイムシャットを退けたのも、結局アストリアだ。

 またあの状況でダイムシャットと戦えるかわからない。

 ならば、僕が強くなるしかない。


 このクエストはいい機会なのだ。


「いい覚悟、いい目だ、ユーリ。存分に戦えよ。お前らしくな」


「はい……」


 僕たちはボス部屋に突入した。


もし良かったら、★評価も入れてくださいね。

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