第117話 久方の酒宴
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あれ程盛り上がっていた賭場は、しんと静まり返っていた。
おかげで雑踏の声がやたら大きく聞こえる。
それでも誰かが騒ぐことはない。
みんなの視線は、ただ1点に注がれていた。
ボイヤットと僕の手札はそれぞれこうだ。
ボイヤット
聖杯 6
杖 6
剣 6
金貨 6
杖 11
ユーリ
金貨 10
杖 10
聖杯 10
金貨 6
杖 1
「おいおい! これはどういうことだ!!」
「6が5枚もあるぞ」
「金貨だ! 金貨の6が2枚あるぞ!」
「イカサマだ!!」
突然、ギャラリーが「イカサマだ」と騒ぎ立てる。
まず疑いを向けられたのは、ディーラーだった。
ギャラリーの手が他のトランプに伸びる。
ひっくり返すと、「3」が7枚あったり、逆に「12」が2枚足りなかったり、無茶苦茶になっていた。
「これはどういうことだ、ディーラー!」
「ひっ!!」
ディーラーは逃げるけど、相手が悪かった。
スピードで彼女に適う人間はいない。
アストリアは素早く回り込み、ディーラーの前に立つ。
「それ以上、動けば斬る。大人しくしろ」
緑色の瞳でキッと睨むと、ディーラーはペタンと尻餅をついて観念する。
「ま、待ってくれ! わ、私はただボイヤットさんの指示で」
「あ! 馬鹿! それをいう――――」
「ほう。それはいいことを聞いた」
ボイヤットさんの前に現れたのは、ノクスさんだ。
その後ろには怖い顔をした武芸者が並んでいる。
おそらくノクスさんと同じく、ポーカーで負けた人だろう。
「ま、待て! おれは何も知らない。ディーラーが勝手に」
「ち、違います!! ほ、ほら! こ、これです。これで絵柄を操作して」
ディーラーがはめていた指輪をみんなに見せる。
それをノクスさんに奪い取られる。
すぐに魔導具の一種だと気づいたらしい。
ノクスさんたちの怒りは再びボイヤットさんに向けられた。
「てめぇ……。ディーラーを抱き込んでまでイカサマを……」
「な、なんのことだ。や、やめろ! 納得できないなら金は返す」
「当たり前だ! その上でしばらくイカサマができない身体にしてやる」
ノクスさんは拳を鳴らしながら笑う。
そのままディーラーと一緒に、大きな男たちによって連行されていった。
それを見送った後、ノクスさんは僕の方に振り返る。
「ありがとな。えっと……」
「ユーリです。あの子はアストリアと言います」
「ユーリ、アストリア、助かったぜ。俺はノクスだ」
ノクスさんはそう言うと、机の上に残っていたコインを摘まむ。
実は、もう誰かがドサクサに紛れてくすねていて、半分も残っていなかった。
「1杯奢らせてくれよ」
「イカサマで手に入れたとはいえ、人の金で……。それは奢りというのか?」
アストリアは呆れながら言った。
「硬いこというなって!」
ノクスさんは気にした様子もなく、白い歯を見せ、ニカッと笑った。
◆◇◆◇◆
「かあ~~! うめぇぇええええ!! やっぱ休息日に飲む酒は最高だわ」
僕たちは近くに開いていた酒場に転がり込む。
開いていた席に座ると、手慣れた感じでノクスさんは麦酒を頼んだ。
どうやら、ノクスさんの行きつけらしい。
3人分の麦酒がテーブルに到着する。
黄金色に浮かぶ細かい気泡。
白い泡もふわっふわだ。
飲んでみると、なかなか悪くない。
お酒を飲んだのも久しぶりだ。
第1層で初陣を飾った後に飲んだ時以来だろうか。
懐かしいなあ。あの時、アストリアが酔いつぶれてしまって。
「そうだ。アストリア。お酒が苦手でしょ? 良かった。半分僕が飲もうか?」
「なんだ? アストリア女史は酒が苦手か。すまねぇな。勝手に頼んで」
「いや、別にいいのだが……。それよりもユーリ君。どうして私が、お酒を苦手としていることを知っているのだ?」
アストリアは鋭く僕を睨み付ける。
しまった。つい口を滑らせてしまった。
「そ、それは…………」
しどろもどろになる。
こうしていると、アストリアの疑念がさらに積み重なっていくのを感じる。
それでも、僕がアストリアとは祝言を挙げた仲だからなんて言えるはずもなく、言ったところで信じてもらえないだろう。ますますアストリアの僕に対する疑念を深くさせるだけだ。
「まあまあ、いいじゃねぇか。お前ら、付き合いは長いんだろ。ポッと口に出て、忘れてしまったこともあらあな」
「いや、つい数時間前にあったばかりだ」
「あ…………そっ」
折角のノクスさんの援護射撃も、アストリアがあっさり撃ち落としてしまった。
なまじ雰囲気に迫力があるもんだから、ノクスさんはポロリと酒杯を落としそうになる。
それほどアストリアの視線は鋭かったのだ。
「まあまあ……。そ、それよりもよくあれがイカサマだって気づいたな、お前ら。いや、薄々は気付いていたんだが……」
「気づいていたのに、イカサマ賭博にはまったんですか?」
「グサ――――ッ!! ユーリよ。お前も可愛い顔して、なかなか心に来る一撃を見舞うじゃねぇか」
「ご、ごめんなさい」
「いいってことよ。悪いのは俺だし」
「ユーリ君、私から質問がある。どうやってディーラーのイカサマを見抜いた。君はディーラーが魔導具で絵柄を変えているところまでわかっていたのだろう」
「鍵魔法です」
「なんとなく察していたが……。また鍵魔法か。今回は一体どうやったんだ?」
「そんな難しいことはしてませんよ。鍵魔法で魔導具されているトランプの構造を【開示】しただけですから」
「簡単に言うな。普通、鍵魔法にそんなことはできないはずなんだが……」
え? そうなのかな?
父さんは普通にやってたんだけど。
うーん。なんかこういう感じも久しぶりだ。
最近のアストリアは、まったく僕の鍵魔法を見ても、突っ込むことすらしなくなったからなあ。
「その後、どうしたのだ? 私が見たところ、トランプの絵柄が変わらないように【閉めろ】したように見えたが」
「はい。でも、失敗しちゃいました」
「失敗? あれでか?」
「いまいち話がわからねぇが……。見事、イカサマを曝くことになったじゃねぇか。大手柄だぜ」
「いや、あれは失敗です」
実は【閉めろ】をしようとしたが、途中で止めたのだ。
仮にすべてのトランプの札を全部【閉めろ】して、絵柄が変わらないようにすると、ディーラーかあるいはボイヤットさんにイカサマがバレたことを勘付かれるのではと考えた。
そこで途中で止めたのだけど、ボイヤットさんが勝手にディーラーに返してしまったのだ。
「なんだ。そういうことか。……ってことは、あの数字が5つ出てきたのはたまたまか」
「はい。冷や冷やものでした。逆に僕がそれを引く可能性もあったので」
というか、あの場面。
僕の方に疑いを向けられてもおかしくなかった。
ディーラーがすぐに白状したからいいけど、勘のいい人なら僕が持っていたんじゃないかと疑う人もいたはず。そうならなかったのは、ボイヤットさんのそれまで悪行のおかげだろう。
「アストリアもイカサマに気づいてましたよね」
「ああ。ディーラーがチラチラとこちらの目を気にしていたからな」
「ええ! それだけで!!」
ノクスさんは目を丸めた。
「目のいいディーラーなのだろう。周りのギャラリーの目に映ったそれぞれの手札を見て、変化させる札の記号や数字を決めていたのだ。先ほどの事故を防ぐためにな」
そういえば、あのディーラー。
親指の付け根付近にタコができていた。
あそこにできるタコといえば、弓だろう。
弓使いなら、目が悪いということはない。
それに気づくなんて。
「さすがアストリアだ」
「べ、別に……。これぐらい褒められるようなことでは」
アストリアは照れているのか、それとも酔っているのか。
耳を赤くしながら、酒杯を傾けた。
まずい。本当に大丈夫かな。
「ぶはははははは! あんたらは、本当に面白いな。ほれほれ。今日は折角の休息日なんだから、じゃんじゃん飲め。俺の奢りだ」
「いや、だから……。ノクスさんのお金じゃないでしょ?」
ツッコミを入れてもノクスさんは笑うだけだ。
いつしか僕も大笑いしていた。
最近、あまり気分がすっきりしないことばかりだけど。
この時ばかりはお酒も入った影響か、少し間忘れることができた。
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是非読んでくださいね。
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