第116話 構造開示
昨日、シーモア様限定で配信開始されました。
水陸先生の作画が、作品雰囲気にあってて、とても満足してるので、
全人類見てほしいです!
テーブルの前の椅子に僕に視線が集まる。
ボイヤットさんも、ノクスさんも「誰だ、こいつ」という感じで目を細めた。
口を開いたのは、前者だ。
「若いな。構わんよ。コインは持っているのかね?」
「いえ」
「なら、今すぐ消えな」
今度はディーラーの男が鋭い視線を僕に送る。
僕はなるべくディーラーの機嫌を損ねないようにするため、笑顔で返す。
腰紐を解くと、いつも使っている短剣を差し出した。
ボイヤットさんは大量のコインをもてあそびながら声を出して笑う。
「なんだね。そのボロボロの短剣は?」
「あなたにとってはボロボロでも、僕にとっては大事な相棒です。その人のブロードソードと同じくね」
負けじと言い返す。
ボイヤットは根負けし、ディーラーに合図を出す。
すると、2枚のコインが僕の前に転がった。
「それで我慢しな」
「ありがとう」
僕はコインを受け取る。
早速、ポーカーは始まった。
やるのは久しぶりだ。よく休みの雨の日に、家で母さんとフリルと一緒にやったっけ。
いつも僕が負けてばかりだったけど。
元冒険者の母さんはともかく、妹に負ける僕って……。
おっと……。落ち込んでばかりいられないな。
「始めます」
「待ってください」
ディーラーが札を切ろうとした時、僕はその手を止めた。
「そのトランプを改めさせてもらえないですか?」
「ふん。一丁前にイカサマを疑っているのか、小僧」
「お金を賭けるんです。念には念を入れようかと。それとも調べられたら何かまずいことでも?」
ここで初めて僕はボイヤットさんを睨んだ。
僕の宣戦布告に対して、向こうも睨み返してくる。
ディーラーはボイヤットさんの方を、まるで指示を仰ぐように見つめた。
しかし、ボイヤットさんは視線を向けるまでもなく、手を振る。
「好きにしろ」
ディーラーはまとめたトランプを僕に差し出す。
トランプを広げたり、切ったりした後、最後に手を置いて集中した。
「構造――――」
【開示】!
鍵魔法を通して、僕の頭の中にトランプの状態を分析した数値や文字が浮かぶ。
────────────────────────────────
名称 : トランプ(改)
用途 : 遊戯道具
状態 : 模様に魔力に反応するインクが使用されている。
インクは特定の魔導具を使えば変化可能。
────────────────────────────────
アストリアの読み通りだ。
トランプに魔導具化されている。
どうやら魔導具によって、魔力に反応するインクが使われているみたいだけど。
僕はテーブルやボイヤットさん、そしてディーラーを注意深く見つめる。
目に入ったのは、ディーラーの指に嵌まった指輪だ。
ボロ臭い服装とは、あまりに対照的だ。
(あれだな)
僕は一旦トランプをディーラーに返す。
改めて札が配られ、ポーカーが始まった。
詳しくは知らないけど、賭場には賭場のルールに則ったポーカーのやり方がある。
でも、ここでは役が高い方が勝つという、普通のポーカーをやるらしい。
ただし札の変更は、2回までしかできない。
僕はコインを1枚出す。
ボイヤットさんも1枚出した。
コインは何枚でも賭けていいみたいだ。
その代わり、こちらが相手の賭け金に対して払えない場合、胴元に借金するというシステムになっている。
1枚ぐらいなら払えるけど、仮にボイヤットさんが今のコインを全部賭けたした場合、僕は多額の借金を胴元に背負うことになる。
「まずは小手調べだ」
「優しいんですね」
僕の返しに、ボイヤットさんは苦笑いを浮かべる。
そして最初のターン。僕は3枚、ボイヤットさんも3枚交換する。
僕が注視したのは、ディーラーの手つきだ。
(やっぱりな)
一瞬だけど、ボイヤットさんに手札を返す時、光っていた。
間違いない。あれが札を制御する魔導具だ。
他にも色々と疑問はあるけど、まずトランプに仕掛けられたイカサマがわかった。
後は、このイカサマをどうやって破るかだ。
他に気になったところは、ディーラーさんの手だ。
左手の親指の付け根付近にタコの痕がある。
もうカチカチになっていたけど、この人もまた何かの武芸者なのだろうか。
「オープンしてください」
そのディーラーさんの指示の下、僕たちは手札を開く。
このターン。僕はツーペア。
向こうはフルハウスで、ボイヤットさんの勝利となる。
結果、早速僕が所持するコインは1枚だけになってしまった。
「小僧、まだやるか?」
「もちろん」
「いい心がけだ。では――――」
最初に動いたのは、ボイヤットさんだ。
すべてのコインを場に出す。すると周りから歓声が上がった。
第9層の物の価値は不明だけど、たぶん相当な額なのだろう。
「全部ですか? 僕がそんなにお金を持っているように見えますか?」
「いや、君にそんな価値はないだろうね。しかし――」
ボイヤットさんは後ろを振り返る。
アストリアを見つめ、鼻の下を伸ばした。
「君の連れには価値がありそうだ。ヌフフフフ」
なるほど。最初からアストリアが目当てだったか。
「ユーリくん?」
「大丈夫です」
見ていてください。
僕は椅子に座り直し、言った。
「もう1度、トランプを改めさせてください」
「おい。いい加減に――――」
「おれはかまわんよ。好きにさせてやれ」
ボイヤットさんはせせら笑いながら、手を振る。
ディーラーは渋々僕にトランプの束を渡した。
僕は先ほどと同様にトランプを広げたり、よく切ったりする。
そして最後に手を置いた。
【閉めろ】
鍵魔法をかける。
「…………」
「どうした、早く返却しろ」
ボイヤットさんが僕からトランプを奪い、ディーラーに返す。
「あの……。ボイヤットさん、でしたね」
「なんだ?」
「僕から1つ提案があるのですが、いいですか?」
「言ってみろ」
「僕が負けた場合、後ろの彼女を差し出すというなら、その額ではとても足らないと思うんです。何故なら、彼女もまた僕の大切な人だから」
「ゆ、ユーリくん?」
僕の言葉を聞いて、アストリアの耳が赤くなる。
周りからは「ヒュー!」「お熱いね~」といじるような言葉が飛んだ。
「何が言いたい?」
「僕が勝っても1枚しか儲けがありません。それでは不公平だと言いたいんです」
「なるほど。つまり君が勝った場合、同等の儲けがほしいと」
「そういうことです。どうでしょうか?」
「それは君が負けた場合、必ず彼女を差し出すということで相違ないな」
ボイヤットさんは負けじとばかりに僕を睨んだ。
「それでかまわん」
宣言したのは僕ではなく、後ろで見ていたアストリアだ。
「私はユーリくんにすべてをベットする」
「アストリア……」
「これでいいんだろ?」
「はい。ありがとうございます」
「よし! 商談成立だ!」
ボイヤットは手を叩く。
何か確認するようにディーラーの方を睨むと、2ターン目が始まった。
手札を切るのを見ながら、ボイヤットさんの低い声で笑い続けている。
どうやら、もう勝った気でいるようだ。
◆◇◆◇◆ ボイヤット ◆◇◆◇◆
威勢だけは良かったが、所詮は小僧だな。
女も女だ。自ら己を差し出してくるとは……。
ククク……。手に入れたらどうしてやろうか。
よく見ると、本当に美しいエルフの女だ。
こんな小僧には勿体ない。
武骨な鎧を剥がし、どんなものを着せて恥辱で汚してやろうか。
ヌハハハハハ……。今から夜が楽しみだ。
そうとなれば、早く決着しなければならぬだろう。
どうやら小僧はすでに何かに勘付いているらしい。
我々のイカサマが見抜かれる前に、一気に勝負をつけてやる。
おれはテーブルを3回叩く。
これはファイブカードを要求する特別なカードだ。
4つの数字と、ジョーカーを組み合わせた役。
これに勝つには、最上級の役を出すしかない。
おれはディーラーから配られた5枚を手元に引き寄せる。
鼻息が自然と荒くなる。つんと鼻腔を突く勝利の香りには、あの女が醸す匂いが交じっているような気さえした。
(さあ、死ね……。小僧!)
カードを見る。
「はっ?」
思わず目が点になった。
自分に起きている現実を直視できず、何度も目を擦る。
しかし、手元の5枚の絵柄は変わらない。
(ブタだと……)
なんの数字も絵柄も揃っていない。無論、役などではない。
本来、ファイブカードに変わっているはずの絵柄は、まったくの役なしだった。
「ぶひいぃいいいいいいいいいい!!」
「どうしました?」
悲鳴を上げるおれの方を、小僧はじっと見つめる。
まるですべてわかっているかのような目でだ。
くそ! なんだ、その目は! 気に入らん!
おれは当然すべてを出す。
苛立たしげに机を叩いた。
表情からディーラーも何か察したのだろう。
今度、少し時間をかけて、5枚を出した。
「じゃあ、僕は2枚で」
一方、小僧の方は手が進んでいるらしい。
3枚残したということは、スリーカードか。
あるいはフラッシュか、ストレート狙いか。
すでにスリーカードが揃っているなら、それ以上の役を出さねばならない。
(落ち着け。さっきのは何か間違いだ)
イカサマが決まれば、スリーカードなど恐るるに足りぬ。
おれは再び手札を開いた。
(わ、ワンペアぁぁぁぁあああああああああ!!)
どどどどど、どういうことだ!!
こんなことは初めてだ。
何をしているディーラー! 仕事をしろ!
おれはディーラーを睨み付ける。
表情を見て、ディーラーもまた狼狽えていた。
待て。冷静になれ。
ここでディーラーを問い詰めても、しょうが無い。
それどころか周りにイカサマを喧伝することにもなりかねない。
もうこうなっては仕方ない。
とりあえずワンペアできたことは僥倖と考えよう。
ここに1枚でも2枚でも上澄みできれば、おれの負けはなくなる。
頼むぞ、ディーラー。今度こそおれにいいカードをくれ。
おれは3枚交換し、合図を送る。
ディーラーは小さく頷き、入念に絵柄の変更作業をする。
手札を見た時、自然と口角が上がった。
「来た!」
同じ数字が4つ! フォーカードだ!!
ファイブカードよりも劣る役だが、十分強い。
ククク……。残念だったな、小僧。
賭け事というのは、イカサマをしてもしなくても、強い者は強いのだよ。
「2回の交換が終わりましたので、手札をオープンしてください」
ディーラーが手札を開くよう促す。
税金の納め時だ、小僧。
死ね……。
おれは手札を開いた。
「フォーカード……!」
どうだ!
おれは小僧の手札を見る。
ゆっくりと開かれた手札を確認した時、腹の底から笑いが込み上げてきた。
小僧は小さくこう呟いた。
「スリーカードです」
「よっっっっっっしゃあああああああああああああ!!」
おれは思わず身を乗り出して、ガッツポーズを取る。
しかし、声を上げたのは、おれだけだった。
しんと静まり返っている。
絶世の美女をかけた〝賭け〟。
その土壇場でおれがフォーカードを出したことに、集まった観衆たちは恐れ戦いているのだろうと思った。
が、違った……。
我々のポーカーをずっと見守っていたノクスは呟いた。
「い――――」
イカサマだ……!