第113話 全力の【風砕・螺旋剣】
「アストリアは渡さない。指一本たりともだ……!」
僕の宣戦布告にダイムシャットは激昂するわけでも、反撃するわけでもなかった。
ただ小さく舌打ちした後、手を掲げる。
自分の影から現れたのは、一振りの長剣だった。
おそらく魔法剣の類いだ。
鍵魔法ぐらいしか取り柄のない僕とは違い、ダイムシャットは色んな魔法に精通しているらしい。『円卓』を裏切ったとはいえ、彼はアストリアと同じ一流の冒険者であることに変わりはない。
けれど、倒すべき相手であることに変わりはない!
ダイムシャットは魔法剣を握って、前に出てくる。
僕に近づくことにもう躊躇がなくなっている。
【閉めろ】による全身を停止させるやり方は通じないとみるべきだ。
となると、僕がやれることは1つ。
「限界――――」
【解放】!!
人が本能的に抑えている力を外す鍵魔法。
この力によって、僕は今の何倍もの身体能力を手に入れる。
【限界解放】がなければ、今頃僕は魔王サリアに殺されていただろう。
かの魔獣カルヴェニすら破った技だ。
それを全力で目の前の騎士にぶつける。
「おおおおおおおおおおおおおお!!」
向かってくるダイムシャットに対し、僕は拳で応戦する。
鍵魔法で極限に固めた拳の硬度は、聖剣ですら凌駕する。
実際、振り払われたダイムシャットの魔法剣をあっさり弾いた。
そのまま懐に踏み込んだ僕は、その胸に拳打を突き刺す。
文字通り全力で放った拳の威力は凄まじい。
ダイムシャットを遥か彼方の岩場にまで吹き飛ばす。
「すごっ……」
ラナンは声を失う。
勝負あったと思ったが、戦闘は終わっていなかった。
それを示したのは、ラナンだ。
「後ろ!!」
僕の背後の影からダイムシャットが現れる。
どうやら影から影へと移動する魔法があるらしい。
ダイムシャットはあっさり僕との距離を詰めると、再び魔法剣を振るった。
さっきよりも振りが速く、鋭い。
斬撃は終わらない。
ダイムシャットはこれでもかと縦横無尽に剣を振り下ろしてくる。
様々な角度の斬撃に、いつしか防戦一方になっていた。
やがて捌き切れなくなる。
気がつくと、僕の前に魔法剣の切っ先があった。
咄嗟に防御したが、僕はその勢いを殺せず吹き飛ぶ。
さほど怪我はしなかったけど、それよりも別の問題があった。
まったく攻撃できないのだ。
「クハハハハハハ!!」
突然、ダイムシャットは眉間を手で掴みながら笑った。
「何がおかしい……」
「小僧……。ユーリといったか。貴様、冒険者になって日が浅いな」
「――――!!」
「図星か。……鍵魔法の異常性に驚くあまり、本質的な欠陥を見落とすところだった」
「欠陥?」
「お前には攻撃手段がない」
「…………!!」
「鍵魔法を使った防御方法は見事だ。それに対抗できるのは、『円卓』でもアストリアぐらいなものだろう。だが、攻撃手段はどうだ? 精々その身体的な強化ぐらいだろう。そして、その強化にも時間制限がある。オレが言っていることは間違っているか?」
反論できなかった。
それは事実だったからだ。
確かに僕の鍵魔法は守勢向きだ。
つまり、僕自身の攻撃力が弱いことを意味している。
「わかるか。小僧……。それがどれだけ愚かであることを」
ほくそ笑みながらダイムシャットは踏み込んでくる。
僕に攻撃力があまりないことを知ると、大胆に踏み込んできた。
再び大振りの拳打を繰り出すけど、ダイムシャットは簡単に見切る。
「そんな大振り……。オレに通じるものか」
ダイムシャットは魔法剣を振るう。
攻撃とはこういうものだと言わんばかりに、僕の脇を狙った。
咄嗟に【閉めろ】して防御するけど、衝撃まで殺せない。
僕は宙に浮き、吹き飛ばされそうになるのを、足を地面に【固定】して堪える。
ここで吹き飛ばされるわけにはいかない。
僕の後ろにはアストリアがいる。
もうこの男に、指一本だって触れさせたくない。
「健気だな。アストリアを守る騎士のつもりか! ほらほら! 右右! 今度は左の防御が疎かだぞ。どうした、小僧!!」
ダイムシャットは僕が動けないことをわかってもてあそぶ。
僕はもう亀のように丸くなって【閉めろ】し、耐える以外になかった。
悔しいが、ダイムシャットの技量と、僕の技量は天と地ほどの差がある。
当然といえば、当然だ。
相手は正規のルートでやってきた生粋の冒険者。
対して僕は、自分の能力の一部とはいえ、すべてをすっ飛ばしてこの過去の第9層にやってきた。
経験も、技量も差があって当たり前……。
それでも僕は――――。
「アストリアの前でみっともないところは見せられない!!」
【照準】!
指で小石を弾く。
それはまるで吸い寄せられるように両目に貼り付いた。
「くそっ! なんだこれは!!」
ダイムシャットは無理矢理剥がそうとしない。
1度陰に入って、仕切り直そうと距離を取る。
僕はその気配をいち早く掴み、ダイムシャットとの距離を詰めた。
目の前に現れた僕を見て、ダイムシャットは身を引いたが、遅い。
次の瞬間、僕の短剣がダイムシャットを切り裂く。
生憎と浅かったが、それまで僕たちに偉そうな態度を取っていたダイムシャットの顔に、赤い鮮血が走った。
べったりと頬についた血を見て、ダイムシャットは歯を食いしばる。
「こぞうおおおおおおおおおおおお!!」
「僕の攻撃も捨てたものじゃないでしょ」
「ふん。今のでオレを仕留めきれなかったことを後悔させてやる」
ダイムシャットは再び影から魔法剣を引き抜く。
「いいえ。後悔するのは、あなたです……」
「なんだと……。はっ! いや待て。ラナンはどこだ? あの生意気な聖霊がいない。いや、そもそも…………」
アストリアがいない?
直後、空から青い光が下りてくる。
その神々しい光を見た時、ダイムシャットの表情から完全に余裕が消えた。
「馬鹿な!!」
「ダイムシャット……。まさかこうも早く、お前と対峙できる日が来るとはな」
「何が生意気よ! あんたに言われたくないわ!」
ラナンがベーと舌を出す。
そしてその傍らには、聖剣を握る青白い光とともに佇む少女がいた。
腰まで真っ直ぐ伸びた髪。
真っ白な雪原のような肌に、エメラルドに似た輝きを持つ双眸。
薄い唇は今、濃い怒りを伴って固く結ばれていた。
「アストリア!」
僕は守勢タイプの冒険者だ。
でも、それは仕方ないことでもある。
何故なら、彼女を守るための力だからだ。
僕が守勢なら、彼女は間違いなく攻勢。
それも現状のエドマンジュにおいて最強といっていいだろう。
「馬鹿な! オレの仮面を――――まさか鍵魔法で!」
さっき小石を放った瞬間に、すでに僕はアストリアの仮面を外していた。
情報の共有はラナンを介して行われていたのだろう。
契約者であるアストリアと風の聖霊ラナンは一心同体。
記憶が共有されていることは、以前アストリアから聞いて知っていた。
「詰みだな、ダイムシャット! お前を倒して仲間を返してもらう」
「やめろ! アストリア! お、オレたちは仲間だろ!!」
「仲間! 貴様――――2度と仲間とその口で喋るなああああああああ!!」
【風砕・螺旋剣】!!
アストリアの最大技が発動する。
魔力によって超圧縮・超高温となった大気の渦の一撃。
それは光の速度でダイムシャットに襲いかかると、黒い鎧ごと消し飛ばす。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
悲鳴が衝撃と轟音にかき消される。
青い光がまた赤い大地を抉り、巨大な爆煙が一瞬にして空に上っていった。
週明けにコミカライズが配信されます。
よろしくお願いします!