〜始まりの日8〜
数時間後
愉快な探偵事務所でのバイトを終え
大夢は1人、学校近くのファミレスで寛いでいた
ドリンクバーと軽食のポテトを注文し
読書しながら時間を潰している
このファミレスは
理高から最寄り駅までの間に存在する店舗で
理高の生徒達が良く利用する
店内には大夢以外にも
部活終わりの理高生徒の姿がちらほらとあった
時刻は20:20
大夢がアイスコーヒーを飲みながら
優雅に寛いでいると
机の上に置いていたスマホが震え出した
画面を覗き込むと
“天野 月咲”の文字と
電話の呼び出しマークが映し出されていた
本を片手に通話を始めた大夢
「はい……」
〔ちょっとっ!!どこ居んのっ?!!……〕
「ファミレスだが?……」
〔え?……………あっ、もしかして……中?……〕
「もうすぐ5杯目だ……」
〔ふざけんなっ!!……早く言えっ!!……〕
怒号と共に切られた電話
大夢はそれを予期していたのか
怒号が聞こえる前に、スマホを耳から遠ざけ
何食わぬ顔で読書していた
通話から30秒後
ズカズカとした足取りで
月咲が席へとやって来た
「この変人めっ!!」
「ファミレスで待ってるって言っただろ?……」
小説を机の上に置き
月咲の方へ向き直る大夢
怒り心頭の月咲
だが、大夢は別のところに視線を向けていた
月咲の背後に、身長150cm程度で
肩の辺りまで伸びたパーマがかった茶髪が特徴的な
1人の女子生徒が居る事に気付いた
チラチラと月咲の影に隠れながら
こちらの様子を伺っている
大夢と視線が合わない月咲は
更に怒り心頭だ
「こっち見ろっ!!バカっ!!……」
一先ず大夢も月咲の対処に移る事にした
「外に居なきゃ……
中に来るのが普通だと思うが?……」
「じゃ!!20分も遅れてんだから!!……
連絡くらい入れるのが普通じゃん!!……」
「部活中だったら出れないだろ?………」
言い訳する大夢に握り拳を作る月咲
たぶん、殴った仕返しだなぁ~っ……
本当、こういうとこ小さいんだからっ!!……
月咲の握り拳を見て危機感を感じた大夢
即座に話題を切り替えた
「その子か?……クライエントは……」
月咲も今回は拳を抑え、本題へ入った
「……紹介するね?……
ウチのバスケ部新1年生の天秤ちゃんですっ…」
月咲の紹介に
背後から控えめに挨拶する天秤
「真道 天秤です……」
天秤の自己紹介が終わると
月咲は大夢の紹介に移った
「でっ、こっちの変人が…さっき話してた探偵の…」
「雑な紹介するな……
菊地 大夢です……よろしく……」
月咲の紹介に
不思議そうな表情を浮かべていた天秤
「この人が、例のあの人ですか………
本当に同じ学校なんですね……」
「あれ?信じてなかった?……」
「月咲先輩の事だから……
嘘付けないのは知ってますけど……」
言葉ではそう言うが
その目は少し疑っている様にも見えた
大夢もこの反応には慣れている
少々疑問点はあったが
天秤の言葉に、動じず言葉を返した
例のあの人って……
どんな紹介の仕方したんだ?……月咲……
「まぁ、仕事はキッチリこなすから安心してくれ……
それより、2人共早く座れ……
店員さん困ってるだろ?……」
大夢の指摘と目線に
月咲と天秤が慌てて後ろを振り返った
そこにはお盆を片手に立ち尽くし
苦笑いを浮かべるウエイトレス姿があった
2人は慌てて謝罪すると、すぐ席に着いた
2人が席に着いたのを確認すると
ウエイトレスは仕事に取り掛かった
「………ご注文は?……」
最初に手を挙げたのは天秤だ
「あっ、アイスコーヒーで……」
気を遣ってか単品注文で済ませる天秤に対し
隣の月咲は遠慮なくメニュー表を開いた
「えっと~……
ちょっとだけ時間くださいねぇ~……」
メニュー表を凄い勢いで速読すると
まるで呪文を唱えるように早口で注文した
「和風ハンバーグのセット、ライス大盛り……
サラダとスープのやつで……
あっ、後、たらこパスタにチーズリゾットで
よろしくお願いしま~すっ……」
満面の笑みで注文を終えた月咲
ウエイトレスはメニューを繰り返し
席を離れていった
満足気な月咲に対し
正面に座っていた大夢の顔は呆れ果てていた
「相変わらずだな……お前は……」
「え?……何が?……」
「食べる量に決まってるだろ……」
大夢の言葉に共感したのか
天秤も話に加わる
「でも、月咲先輩……
いつもより控えめですね?……」
「でしょ?……あいつ変人だから
気遣ってんの分かんないんだよ、たぶん……」
天秤の言葉で調子に乗る月咲
だが、大夢は真顔で指摘した
「気遣ってその量の奴にだけは
絶対言われたくない……」
大夢の言う通り
確かに一介の女子高生が頼む量では無かった
天秤は続けて月咲に疑問をぶつけた
「良いなぁ月咲先輩……
そんなに食べて何でそのスタイルなんですか?……
秘訣教えて下さいよ~っ……」
メニュー表を置き
天秤の疑問に考え込む月咲
「ん~秘訣って言われてもなぁ~………
良く動く?……」
「………アドバイスになってないです……」
「だって~!!分かんないもんっ……
別に何かしてるわけでも無いし~……」
感覚派の月咲に
細かい理屈は通用しないようだ
天秤はため息と共に小さく愚痴を溢した
「羨ましい限りですねぇ~………
私なんか常々、お腹周り気にしてるって言うのに…」
そう言って自分の脇腹を摘んでいた
しかし、月咲には
天秤の言葉が理解出来なかったようだ
「充分細いじゃ~んっ!!……
それ以上痩せたら病気なっちゃうよ?……
3日後に試合控えてんだから~……
ちゃんと食べなきゃ……」
「いっそ、病気でもいいから痩せたいです……
欲を言えば身長も欲しい……」
2人が繰り広げる会話を
ドリンクを飲みながら観察していた大夢
これ以上待っても本題から逸れるばかりなので
軽く咳払いを挟み会話を断ち切った
「………で?……話って?……」
大夢の咳払いで我に返った月咲
「あっ、ごめんごめん……
では、天秤ちゃんの方から……」
月咲に催促された天秤
すると、今までの楽しい表情とは打って変わり
険しい表情へと変わった
少し間を置き、恐る恐る口を開いた
「………本当に信じてくれます?この話……」
天秤の神妙な面持ちに
優しくフォローする月咲
「大丈夫だって……
大夢は変人だけど根は良い奴だから……」
だが、大夢はそれを否定した
「話を聞いてからだな……
後、無駄に変人を強調するなっ……
俺は曖昧な解答はしない主義だ……」
事務的な大夢の答え
纏う雰囲気はまるで
事情聴取をする刑事の様だ
そんな大夢に月咲が食って掛かった
「固いな~、あんたはいつも……
もっと優しく出来ないわけ?……」
「仕事は仕事だ……関係無い……
クライエントが求める情報を正しく伝える……
これが俺の仕事だ……」
「あー、ヤダヤダ……
カチコチの論理的主義者って……
こっちまで肩凝るわぁ~……」
肩を回し、肩凝りアピールしながら語る月咲に
大夢はワザとらしく驚いてみせた
「良くそんな難しい言葉を……
成長したな、月咲……」
明らかに馬鹿にしている顔
それを見た月咲は強く反発した
「バッ、バカにしてんでしょっ!!……」
「いや?……全然?……」
大夢の何とも言えない表情に
月咲は怒りを覚えるも
天秤の為、グッと堪えていた
しかし、それを良いことに
大夢の口は止まらない
「月咲でも、成長期は来るんだなぁ………
成長は身長だけかと思っ…」
その時だった
バカにする大夢へ
月咲がフォークを持って襲い掛かった
「このっ!!……捻くれ野郎っ!!……」
横槍一線
大夢目掛けて突き出したフォーク
迫り来るフォークの槍に大夢は慌てて反応した
「おわっ!!……」
放たれた月咲の一線を
大夢は間一髪のところで掴み止める事が出来た
机を挟んで繰り広げられる2人の攻防戦
怒り狂う月咲の力が
フォークを持つ手に籠る
少々押され気味の大夢は
言葉で攻め立てた
「充分な殺人未遂だぞっ!!……月咲っ!!……」
「運動音痴の癖に~っ!!粘るな~っ……
とにかくっ!!そんなカチコチの頭してたら、
すぐハゲるかんねっ!!……」
力任せにフォークを押し込む月咲
大夢は何とか耐えている状況だ
「くっ!!……ざっ、残念だったなぁ………
抜け毛の原因の多くは偏った食生活とストレスだ……
その点俺は言いたい事言ってるし……
むしろストレスを溜め込んでいない分……
ハゲる可能性は少なく……」
「んなもん、どうでもいいわぁ~っ!!……」
ちゃぶ台返しでもするのか?
と思わせる程の掛け声と共に
更に力を込める月咲
それを必死に耐える大夢
店内で繰り広げられている決死の攻防戦に
周りの客たちの視線も集まってきた
2人とも目の前の敵に集中している
戦場に1人取り残された天秤は
周りの目が段々恥ずかしくなってきたのか
慌てて止めに入った
「おっ!!お2人共っ!!…ここお店の中ですからっ!!……
ちゃんと話しますから、やめて下さいっ!!……」
天秤の必死な叫びに
ふと我に返った2人
周りの視線に気づいたのか
少し小さくなっていた
互いに戦を辞め
両陣営へと戻った月咲と大夢
多少強引な形になってしまったが
おかげで天秤は話す決心がついた様だ
聞いてみなきゃ分かんないもんね……
意を決し、言葉を放つ
「……菊地さん、兄を助けて下さい……」




