〜始まりの日7〜
俺は祖父が経営する
この探偵事務所の事務員としてバイトしている
事務所の見取り図は以下の通り
入り口から続く3m程の短い廊下
その両脇には
資料庫、給湯室、トイレ、風呂などの
小部屋が広がっていた
廊下を通り抜けると
30畳程の広々としたスペースが広がっており
現在2人が乱闘している
入り口から見て、右手側15畳程のスペースには
黒革の大きなソファーが3つに
ガラス張りのテーブルが1つ
応接室の様にも見える
後は液晶テレビにホワイトボードなどなど
事務的な作業で使う様々な小物が置かれていた
対して、反対側の15畳程のスペースには
事務員専用のデスクが7つ、綺麗に並べられており
(社長席が1つ、そこからそれぞれ向かい合う様に
3つずつ並べられ島の様になっている)
それぞれの机にはノートパソコンやら、資料の束
ダンベルに鏡などなど
職員それぞれの個性が溢れていた
そんな広々としたスペースを抜けた先にも
まだいくつか小部屋があるのだが
それは後々紹介していこう
大夢は乱闘騒ぎの中を掻い潜り
社長席から2番目に離れたデスクに腰を下ろすと
何やら資料整理を始めた
ブツブツと小言を言いながら
「こっち飛ばさないで下さいねぇ~……
俺、躱せないから死にますよ~……」
聞いてるのか定かでは無いが、一応忠告しておく
だが、その忠告の直後
また目の前をダーツの矢が通り過ぎていった
横に立て掛けてあったファイルに突き刺さり
大夢の鼻先にはダーツが触れた感覚があった
固まって動けない
それはそうだ
目の前をダーツの矢が飛び交う職場を
見たことがあるだろうか
相変わらず隣からは
伊織の怒号と隼人のひょうきんな声が
聞こえていた
「逃げんなってっ!!」
「逃げなきゃ、俺が死にますから~……
アホなんすか?先輩……」
「早よ、死ねぇ!!……」
「ほらね?……」
ゆっくり2人へ視線を向ける大夢
黒革のソファーを挟んで
未だ繰り広げられている2人の死闘が目に映った
………聞こえてないな……
このままでは死は明らかだったので
席を立ち、机を盾に安全地帯まで移動を開始した
するとその時
入り口の扉が勢い良く開かれる音が聞こえた
扉の開いた音がしたと同時に
拡声器で喋った様な大音量の怒号が
事務所内に響き渡る
「お前らぁ~っ!!!!!!!!!」
大夢・伊織・隼人の3人は思わず耳を塞いだ
大夢が耳を塞ぎながら
物陰から入り口の方へ顔を覗かせると
そこに居たのは白髪混じりの黒髪短髪に
イカツイ顔をした中年男性が1人
歴戦の戦士の様な風貌で
入り口付近に仁王立ちしていた
その姿を見た大夢が耳を塞ぎながら
小さな声で答えた
「じいちゃん……声デカすぎ……」
「ん?……おぉ、大夢……来てたのか……
それは悪いことしたなぁ……」
この大声爺さんの名は
菊地 茂樹68歳
この事務所のオーナー兼社長
俺の父方の祖父である
昔は腕利きの刑事だったらしいけど
何十年か前に突然引退して、この事務所を開いたそう
茂樹は大夢と言葉を交わした後
すぐさま、ソファー前で戯れていた
隼人と伊織へ視線を移した
最大限の威圧感を出しながら
「隼人っ!!!!!!伊織っ!!!!!!……一体何してる……」
茂樹の大声に気圧された
隼人と伊織
さっきまでの乱闘騒ぎはどこへやら
隼人と伊織の2人は
茂樹を前にその場で直立不動となり
必死に弁明を始めていた
「ボッ、ボス……これには訳が……」
「茂樹さんっ……こいつが悪いんですっ!!……」
しかし、弁明する2人を黙らせる
怒りの咆哮がまた発動する
「うるさいっ!!!!!!!」
また3人は耳を塞いでいた
大夢はこの時思った
………じいちゃんの方がうるさいよ……
孫の思いとは裏腹に
茂樹は2人の前にズカズカと近づいて行った
「お前ら……社会人としての自覚が足りない様だなぁ」
2人の目の前に立つ茂樹の威圧感は半端ではない
身長170程度とそこまで高く無いものの
高齢とは思えない体格と目力が
凄さを物語っている
必死に弁明を繰り返す隼人と伊織
「いや、足りてます足りてますっ!!」
「もうしませんから~っ!!……」
平謝りする2人だが
茂樹の咆哮は留まる事を知らなかった
目の前に仁王立ちされてから数分
隼人と伊織は
自然と正座していた
降伏体制の2人を目の前に
茂樹は怒りながら指示する
「2人共、今月減給っ!!……
後、資料庫の整理行って来いっ!!」
「「えぇ~っ……」」
「つべこべ言うなっ!!……
半額にしてもいいんだぞ?……」
「「はいっ、すぐにっ!!」」
号令の下、息ピッタリな2人はすぐに動き出した
2人が資料庫へ向かおうとした最中
途中で何かを思い出した様に
慌てて資料を提出しに戻ってきた伊織
「茂樹さんっ……これ、報告書です……」
報告書を手渡すと、2人は小言を言い合いながら
奥の部屋へと消えて行った
伊織から受け取った資料を片手に
ため息を溢す茂樹
「はぁ~っ……全くっ……」
刺さったダーツの矢を回収しながら
大夢は小さく呟いた
「………大変そう……」
聞きたくもない孫の呟きが聞こえ
茂樹は腕組みしながら嘆いていた
「大誠や大夢を見てきたせいか……
どうも、やんちゃな子供の扱いが分からなくてな…」
「いいんじゃない?……今のままで……
優しく言って聞くような人たちじゃないし……」
大夢はそう言って
資料の入ったクリアファイルを茂樹に差し出した
「はい、こっちも経理報告書……今月も黒字……」
真摯な対応を見せる大夢
茂樹は更に頭を抱えた
「孫は打って変わって礼儀正しく……
この事務所は変わった人間ばかり集まるな……」
「…………そうかも……」
大夢も納得している様子だった
すると、思い出した様に茂樹に声を掛ける大夢
「あっ、後……依頼一件受けるかもしれないけど……
シフト的にどう?……誰か担当出来そう?……」
「ん?……内容にもよるが、受けても大丈夫だろ……
なんなら大夢が持て…危ない案件じゃないな?…」
「たぶん……聞いてから判断する……
あっ、もう1つ報告……」
「ん?……」
茂樹が疑問の表情を浮かべていると
大夢は伊織が手渡した報告書を指差し
こう呟いた
「その報告書……未完だってさっき言ってた……」
「なっ!!……伊織~っ!!!!!!!!」
怒号と共に資料庫へ歩き出した茂樹
その背中を見つめながら
耳を塞ぐ大夢は、ふと思った
近所から、苦情来ないの……奇跡だ……




