〜始まりの日6〜
そんな、他愛のない日常を送る大夢達
楽しい楽しい学校生活は、あっという間に過ぎ
時刻は夕方3時過ぎ
終礼の時間を迎えていた
教壇に立つ教師が
出席簿片手に宣言する
「特に無し……解散っ……」
端的な言葉で終礼を終えると
生徒達はゾロゾロとそれぞれの帰路についていた
部活動に向かう者
塾に向かう者
理由は皆それぞれで
仲の良いグループ同士、和気藹々と帰っていく
そんな中
帰り支度を済ませた大夢も
クラスメイト達に軽い挨拶を交わしながら
教室を後にした
殴られた頬を労りながら廊下を歩いていた
口の中、気持ち悪い……
痛みに耐えながら廊下を歩いていると
背後から聞き覚えのある声が聞こえて来た
「大夢っ!!」
誰だか、一声で分かった
大夢が恐る恐る振り返ると
月咲が小走りで近づいて来ているのが見えた
大夢を視界に捉えた月咲
しかし、その直後、驚きながら呟いた
「……ちょっ!!……何で逃げんのっ!!」
「人として、当然の反応だ……」
呼ばれたので振り返った大夢
近づこうと歩みを進める月咲
目線は合っており
話を聞く姿勢に変わりはない
しかし、後ろ向きに歩く大夢は
近く月咲との距離をきっちり3mに維持していた
一定の距離感を維持したまま
少し赤くなった頬を指差し
無言のアピールする大夢
生々しい傷跡を前に
月咲はそれ以上近づく事が出来なかった
足を止め、怒りを堪えて、振り絞るように語り出す
「いっ、いきなり……殴ったりしないからっ……
今朝はごめんって……」
月咲が立ち止まると大夢も立ち止まる
「何だって?……」
「だ〜か〜ら〜……ごめんってば〜……」
「反省の色が全く見えない……」
「あんなに謝ったじゃんか!!……」
月咲が声を荒げると
大夢はジリジリと距離を取り始めた
月咲は頭を抱えながら呟く
「ホントごめんって………
分かったから……真剣に反省してるから……
とりあえず話を聞いて?……」
「………………本当だな?……」
これから戦場に赴く様な警戒態勢の大夢
疑いの目を向けながらそう言うと
1mだけ2人の距離を縮めた
月咲のフラストレーションは募るばかりだ
あんま変わんないじゃんっ!!……
思わず言葉に出そうになったが
話が反れるだけなのでグッと堪えた
「まぁいいや……
ちょっと大夢にお願いがあって……」
「お願い?……サンドバッグになれと言うなら……」
「もうっ!!話進まないじゃんかっ!!……
手錠でもしようか?私っ!!……」
両手首をくっつけ、顔の前に掲げ
必死に訴えかける月咲
それを見て大夢は即答した
「是非、頼む……」
大夢の顔は冗談混じりでは無く
至って真剣な表情だった
月咲のフラストレーションがどんどん溜まる
「その顔は……何かな?……」
握り拳を作る月咲だったが
本題に戻すため、必死に我慢していた
「……もうっ………そうじゃなくて……
話ってのはバイトの件で、今日の8時頃空いてる?……
部活終わるのそれくらいだから……」
「…………そういう事か……なら、早く言え……」
月咲のフラストレーションは
爆発寸前まで来ていた
このやろぉ~っ……
何度も言おうとしたじゃんかぁ~っ!!……
月咲がイライラを募らせる中
からかうのにも飽きたのか
大夢はスマホのタイムスケジュールを確認していた
「………問題無い……」
「本当?……じゃあ約束ねっ……」
「場所は?……いつものファミレスでいいのか?…」
「うんっ!!……部活終わったら連絡するから…」
月咲はそう言い残すと
急いでいたのか、体育館へ向けて走り出した
後手に手を振りながら
廊下を疾走する月咲
「また後でねーっ!!」
大夢は控えめに手を振り返していた
月咲の姿が見えなくなると振り返り
歩き出す大夢
……8時か……少し急がないとな……
1人、帰路につく大夢
理高の正門を抜け
理智学園前駅へと続く緩やかな下り坂を
スマホを見ながら歩いていた
10分程歩き、理智学園前駅に到着する
だが、大夢の足はここで止まらず
そのまま改札前を素通りし、駅構内を突き抜ける形で
学校とは反対方面へと歩みを続けた
反対側に位置するこちらも
風景自体は先程とあまり変わらない住宅街だ
少し違うのは
駅から数メートル離れた先に
小さな屋根付きの商店街が見える事
時刻も夕暮れに近づき
その小さな商店街は買い物客で賑わいを見せていた
300mほどの直線距離に様々な店が立ち並ぶ
賑わう人混みの中を
大夢はスマホを注視しながら器用に歩いていた
小さな商店街を抜けると、景色にも変化が見えて来た
雑居ビルなどの都会の雰囲気もあるが
古民家や新居が数多く連なり
左手には小川が流れている
古き良き下町の雰囲気を下持ち出していた
理高を出てから20分弱
夕陽が似合う古風な街並みを歩いていると
大夢の足が突然ピタリと止まった
ふと見上げた先にあったのは
赤レンガ造りの2階建の建物
その横長な建物は
1階部分が倉庫か車庫になっているのか
大きなシャッターが3枚
そして、2階には
何部屋かに分かれた窓ガラスが横一列に並び
その窓ガラスの1番左側の一角に
明かりが灯っているのが見えた
大夢が足を止めた理由
それは明かりが灯る室内で暴れ回る
2つの人影が見えたからだ
それを見た大夢は
呆れた表情を浮かべ、ため息を吐いていた
また、やってるのか……
呆れはてていた大夢
だが、その足は
赤レンガ造りの建物へ向け、重い足取りで動き出した
赤レンガ造りの建物は1階部分には特に入り口が無く
建物の脇に人影が暴れ回る2階の部屋へと続く
屋根付きの鉄階段があった
その鉄階段を登る大夢
鉄階段の隣には小川が流れており
見晴らしが良い
鉄階段を登った先から見える景色
幻想的な茜空
小川のせせらぎ
夕焼けに赤く照らされた街並みと
遠くに見える桟橋
暖かい下町の雰囲気を味わえる絶景スポット
少し心が安らいだ気がする
だが、その安寧も
背後にある扉の向こうから聞こえてくる
暴言の嵐によって一瞬でかき消された
「おらぁ~っ!!死ねぇっ!!……」
「先輩……良くそんな事言えますねぇ~……
警察呼ぶっすよ?……」
大夢は、いつしか頭を抱えていた
景観とマッチしない怒号に、ため息が止まらない
毎度毎度、飽きないのか?…あの2人は……
心を切り替え、決意を新たにすると
意を決して背後の扉を勢いよく開いた
チリンチリンと
喫茶店の様な鈴の音と共に開かれた扉
大夢は部屋に入ると同時に声を荒らげた
「伊織さんっ!!隼人さんっ!!……
いい加減にっ!!……」
しかし、その刹那
大夢の言葉を遮ったのは、1本のダーツの矢
入室と同時に飛んで来たその矢は
頬をかすめ、入り口脇の柱に深く突き刺さっていた
一瞬の出来事に固まる大夢
ゆっくりと背後の柱に刺さるダーツの矢を目で追った
深々と突き刺さるダーツの矢を見て
戦々恐々(せんせんきょうきょう)とする
おいおいおい……後、数cmで失明だぞっ……
急死に一生を得た大夢
すると、入り口で固まる大夢に
暴れていた内の1人が気づいた
血相変えて近づいて来たのは
グレーのスーツを着た
茶髪でロングパーマが特徴的な若い女性
155㎝程の身長にメリハリのあるスタイル
顔に幼さは残るものの目鼻立ちは整っており
どこか妖艶な雰囲気を下持ち出していた
「大夢っ!!……丁度良いとこ来たっ!!……」
だが、その左手には1枚の書類と
右手にはダーツの矢が3本握られていた
「私とあいつ……どっちが悪いと思うっ?!!……」
「伊織さんです……」
「即答ぉっ?!!…」
この殺人未遂女の名は
三木 伊織26歳
ここで働く事務員の1人だ
見た目だけは
やり手キャリアウーマン風を装っているが
歳の割に、少々精神が幼過ぎる
伊織と大夢の会話に遠くから入って来たのは
先程まで伊織と殺し合い(ケンカ)をしていた
身長180cmくらいの茶髪ショートの若い男性
「大夢と遊んでないで
さっさと報告書仕上げたらどうです?……」
真顔で伊織を小バカにするこの男の名は
相馬 隼人20歳
この人も、ここで働く事務員の1人だ
悪戯好きで俺や伊織さんに
しょっちゅうちょっかいを出してくる
見た目や口調はやんちゃだが、根は優しい人だ
隼人の挑発に、簡単に乗る伊織
「このクソガキ~っ!!……」
大夢は暴れる伊織を止めるので精一杯だった
「落ち着いて下さいっ、伊織さんっ……」
「だって!!あいつがっ!!……」
獣のように暴れ回る伊織の前に立ちはだかり
隼人に襲い掛かろうとするのを身体で止めながら
大夢は隼人の方へ視線を向けた
「隼人さんも……
一々ちょっかい出さないで下さい……
俺、失明しかけたんですから……」
大夢を挟み
まるで子供の様に指差し、怒りを露わにする伊織
「そうだそうだっ!!バ~カッ!!」
大夢は呆れたように呟いた
「全く……26にもなって、
良い加減大人になって下さいよ~……」
「そうだっ!!言ってやっ…………?……
てっ!!…それ私じゃないのっ!!……」
成人女性とは思えないその姿に
大夢は呆れ果てていた
味方と思っていた人物からの思わぬ反撃に
伊織は動揺を隠せない
それを隼人が逃す筈も無かった
「ほら、大夢も俺と同じで、
本当の事しか言えねぇから~……」
「あぁん?……殺すっ!!……」
再び湧き上がった伊織の激情
大夢の制止など意にも返さず
再び戦いの火蓋が切って落とされた
大夢を押し退け
再び始まった恐怖のダーツゲーム
「あっ!!……ちょっ……」
再び始まった戦いを横目に
大夢は諦めたのか、自分のデスクへ足を進めた
もう知らん……
大夢が開いたままだった扉
2人の争いの衝撃で
ゆっくりと閉まっていく
その表札にはこう記されていた
“菊地探偵事務所”