〜始まりの日5〜
「あっ、陽太君だっ!!……」
「えっ!!本当だ~っ!!……」
「キャ~ッ!!超ラッキーッ!!……」
「かっこいいなぁ~っ……」
「今日、仕事無いのかなぁ~っ……」
女子生徒の黄色い声援と噂話が廊下に木霊する
すれ違う生徒たちが自然と目で追ってしまうその人物
教室の入り口に現れたのは
身長190cmを超える
スラリと伸びた抜群のスタイルを持つ男子生徒
映える金髪に
鼻筋の通った綺麗な顔立ちが特徴的で
透き通った綺麗な目をしている
そんな、他生徒の注目を一身に集める
金髪の男子生徒は
入り口からクラス全体を見渡すと
大夢の所で目を止めた
「居たっ!!……」
まるで子供の様な無邪気な笑顔で
大夢の元へ駆け寄って行く
「おはよ~!!大夢~っ!!……
渚ちゃんに月咲ちゃんもっ!!……
1週間ぶりだねぇーっ!!……」
彼のテンションとは裏腹に
3人は軽い挨拶で答えた
在り来たりな挨拶だが
彼にとっては特別なのだろう
表情は笑顔に溢れていた
ニコニコ笑顔の中
月咲の声色に疑問を感じたのか
質問を投げかける金髪の男子生徒
「あれ?月咲ちゃん元気無い?……」
「別に~……そうでもないけど?……」
「笑顔は元気の源だよ?……
笑う門には福来たるってねっ!!……」
笑顔を振り撒く金髪の男子生徒
大夢はスマホから目を離さずに、そっと指摘した
「それ、ちょっと使い方違うぞ?……」
「あれ?……そうだっけ?……」
この無駄にキラキラしたオーラを纏っている
男子生徒の名は王子 陽太17歳
高校生ながら
某有名雑誌の専属モデルとして働いていて
最近ではテレビとかにもちょくちょく出てる
この学校の有名人だ
ド天然モデル 王子 陽太
日本人離れしたスタイルと
見た目からは想像出来ない愛嬌ある天然っぷり
しかし、通う学校は超進学校
そのギャップが人気の要因らしい
陽太を加えた大夢、月咲、渚の4人は
和気藹々とした雰囲気で談笑を続けていた
すると、そこへ
ひっそりと乱入してくる人物が1人
それは、いつの間にか復活していた隆治だった
「くぅらぁ~っ!!陽太~っ!!……
俺への挨拶は無しか~っ!!」
「あっ、隆治~っ!!……どこ居たの?……」
「ずっと居たわっ!!……
永遠のライバルであるこの俺様を無視するとは……
いい度胸だなぁ……陽太……」
陽太の前に立ちはだかり
戦線布告する隆治だったが
俯瞰で見ていた大夢は
冷静にツッコミを入れた
「気づけ隆治……
同じ土俵にすら上がれてないぞ?……」
「うるせぇっ!!大夢っ!!……
こうなったら、腕相撲で勝負じゃぁ~っ!!……」
いきなりの宣戦布告
そして、理解不能な勝負内容に
大夢は呆れ果て小さくため息を吐いた
同じく、宣戦布告を俯瞰で見ていた渚も
呆れた表情で指摘した
「何で腕相撲なの……」
隆治は自信満々な表情で答えた
「男の勝負だ……口出し無用っ!!……」
完全に呆れ果てている大夢と渚
しかし、陽太は違った
隆治と同じくらい
いや、それ以上のテンションで
腕相撲にやる気満々になっていた
「いいねぇっ!!やろうやろうっ!!……
月咲ちゃん?審判お願い……」
いきなり、審判役を振られた月咲は
驚きながら自分を指差した
「え?私?……」
「そうだよ?……後、机も貸して?……」
「………別にいいけど……」
月咲が立ち上がると、その席に隆治が座り
向かいの席に陽太が座った
机の中央でガッチリと組まれる両者の手
それを両手で包み隠す月咲
朝から何してんだ?……私……
「まぁ、いいや…………じゃあいくよ~っ………
レディー…………ゴーッ!!」
暖かい陽の光が差し込む2-A
窓際の席で繰り広げられる世紀の一戦に
皆の注目が集まっていた
1人スマホを覗く彼以外の
朝から何やってんだ……こいつらは……
視線は向けないものの
一応気になってはいる様だ
そんな大夢の隣で始まった大一番
「「おぉぉぉぉっ!!……」」
気合いの入る両者だが
やや隆治が優勢の様だ
来た来た来たぁ~っ!!……このまま一気に……
しかし、その思惑を打ち砕く一撃が隆治を襲う
不意に背後から脇腹へ攻撃が飛んでくる
その一撃が虚を突かれた隆治の優勢を奪った
「ひょっ!!……」
一瞬の隙を突かれた隆治
その後は想像通り抗う術は無く
腕を机に叩きつけられてしまった
戦いが終わり
喜びを爆発させる陽太
「やったぁ~っ!!……勝ったぁ~っ!!……」
意味もなく
クラスメイト達に握手をして回っていた
まるでコンサート中の演歌歌手の様に
一方、隆治は納得のいかない様子だった
「なっ、待てっ……今のはっ……」
だが、陽太は
隆治の話など全く聞いていない
勝った喜びを月咲と分かち合っていた
「危なかったぁ~……負けるかと思ったよ~っ」
月咲の手を両手で握り
嬉しさを爆発させる陽太に対し
ドライな対応を示す月咲
「あっ、うん……良かったねぇー……」
「凄いでしょ?月咲ちゃんっ!!……
負けたかと思ったんだけどさぁー……」
「はいはい……凄いですねぇ~……」
勝利ムード一色の陽太を見て
抗議しても無駄だと諦め
すぐさま振り返った隆治
「なぎっ!!……」
しかし、振り向いたその鼻先へ
渚のデコピンが綺麗にヒットした
「いてっ!!……何すんだよっ!!……」
「命、救ってあげたんだから……
大人しく負け、認めときなさい……」
「はぁ?……」
訳の分からない言葉に隆治は困惑気味だ
困惑する隆治を見て渚は軽くため息をつくと
隆治の影に隠れながら
教室の入り口の方を指差した
「あのまま勝ってたら……
あんた、向こうの子達に殺されてるわよ?……」
渚の指差す先
そこには、入り口付近にたむろする女子生徒達
熱狂的な陽太ファンの様だ
そして、隆治に向け
とんでもない殺気を放っていた
隆治はその現状を目の当たりにし、恐怖していた
「え?……何あれ……」
恐れ慄く隆治の陰で
頬杖を着き、小声で答える渚
「腕痛めたらどうするんだぁ……とか……
陽太君の手に傷痕が出来たら、
どう責任取るつもりだぁ……とか………
血祭りに上げられそうじゃない?……」
「えぇぇ~……腕相撲だけで殺されるの?俺…」
イケメンって………イケメンって……
入り口の様子を伺う限り
どうやらその予想に間違いはなさそうだ
幸い、陽太の喜ぶ姿を見て
彼女達の纏う殺気が薄れていくのを感じた
不幸中の幸い
とでもいうのだろうか
彼女達の薄れゆく殺気に
隆治は生唾を飲み込んだ
女って……怖い……
恐怖に慄く隆治を尻目に
一応審判に命名された月咲が判定を下した
なんか、一瞬不自然だったけど……
「勝者、陽太~っ……」
「いや~ありがとうっ!!……
今日は良い1日になりそうだよ~っ……
ありがとっ!!……ありがとうみんなー!!……」
オーディエンスに笑顔を振りまく陽太
喜ぶ陽太を放置し、
月咲は隆治の下へ向かった
「ほら、隆治……
終わったんだから、どいてよ〜……」
しかし
不条理な現実を受け止め切れない隆治
傷心し切っていて
席に蹲って動けなかった
「………待って……今、心が……」
「心?……何言ってんの?………」
灰となった隆治を何とか動かそうと
試行錯誤を繰り返してみるも、動かない
「もう早く〜……先生来ちゃうってぇ~……」
「俺は惨めな男さ……あぁ、そうさ……」
「………何言ってんの?……」
なかなか動かない隆治に呆れ顔の月咲
すると
再び急かそうとする月咲の言葉を遮る様に
意外な方法で例の人物が姿を現した
背後から聞こえてきたのは陽太の声
「あれ?月咲ちゃん……背、伸びた?……」
「ん?…!!?……」
陽太の声に
振り返ろうとした月咲
だが、振り返る前に来た、背中にのしかかる重みに
振り返る事が出来なかった
ふと、首の辺りに見えたのは陽太の腕
後ろから抱き締められている事に
その時、初めて気付いた
まるで、おんぶをせがむ子供の様に
月咲の頭上に顎を乗せ
リラックスした表情を浮かべている陽太
「ん~……伸びた様な、伸びてないような~……
微妙な感じだなぁ~……」
予期せぬ陽太の行動に
教室中の空気が固まっていた
陽太だけが
止まった時の中を自由に動き回ることができた
「あっ、シャンプーのいい匂いがする~っ……
ねぇ、どこのシャ!!……」
会話の最中
横から覗き込もうとした陽太の顔に
月咲の強烈な肘打ちが炸裂した
クリーンヒットした一撃
まるでボクサーの様に
陽太はゆっくり背中から倒れていった
床で目を回す陽太へ
顔を真っ赤に染め上げた月咲が
怒号を撒き散らしていた
「いいっ!!いきなり何すんだぁっ!!………
シャンプーはっ!!あれでっ!!そのっ!!……アホかぁっ!!」
大混乱の為か
いつも以上にボキャブラリーが少なくなる月咲
床で目を回す陽太
顔を真っ赤にして焦る月咲
一連の流れを見てもう1人
撃沈している者が居た
「天然って……天然って〜っ!!……」
怒る月咲の背後で隆治は涙していた
この世の不条理を受け止めきれずに
嘆く隆治を見て、あまりに可哀想に思えたのか
そっと渚が背中を撫でていた
「あんたがやったら……
即、私が血祭りだけどねぇ~……」
手で顔を覆い、落胆する隆治
「言葉と行動が一致してねぇ~よ~っ………
慰めてんの?……貶してんの?……」
朝礼までの数分間
そこで起きた珍事件
クラス中が息を飲む中
大夢だけは自身のスマホに集中していた
なるほど……こんな感じかぁ~……
怒りと、緊張と、恥じらいと
様々な感情が入り乱れ、息が乱れ始める月咲
思考回路は大渋滞を起こしていた
しばらくして
陽太が意識を取り戻し、起き上がった
「はっ!!……ひっ、ひどいなぁ…月咲ちゃん…
いきなり、肘打ちなんて……」
「うっさいっ!!……
元はと言えば自分のせいでしょっ!!……」
「いや、待てよ?……
考えようによっては良い経験だよね~……
元全国1位の技、受けれたんだから……」
床に座り込み、自身の顎に手を添え
真剣な表情で考え込む陽太の姿
まるで何事も無かったかの様な振る舞いを見て
月咲は更なる感情の渦に飲み込まれていた
「ちょっ、ちょっとは反省しろ~っ!!……」
後ろからっ、頭でっ……えぇっ?!!………
ここは欧米?……意味分かんないよ、もぉ~っ!!……
明らかに混乱している月咲
混乱がピークに達した時
彼女にはある特性があった
「コラッ、大夢っ!!……」
「………何だ?……腕相撲は終わったのか?…」
そう
こういう時の矛先はいつも決まっている
「呑気にスマホなんか見やがってぇ~っ!!……
こっち向きやがれっ!!……」
「はぁ?……別に何見てたっ………て……?!!…」
やっとスマホから視線を外した大夢
だが、一歩気付くのが遅かった
見上げた目の前の光景に冷や汗が1つ
ゆっくりと頬を流れ落ちていった
「………なんで?……」
そこにあったのは
目を瞑り、豪快に右腕を振りかぶった月咲の姿
人間、混乱すると何をしでかすか分からない
数秒前、顔をすぐに上げなかった自分を呪った
「とりあえず、死ねぇ~っ!!……」
勢い任せの右ストレート
渾身の一撃が大夢の身体を吹き飛ばすと
1発KO、床にノックダウン
大夢はそこからピクリとも動かなかった
その光景を俯瞰で見ていた渚は
大きなため息を吐いた
あ~あ~……またやっちゃった………
この前も謝ってたのに……懲りないなぁ~……
その後
保健室で月咲が大夢に平謝りしている光景は
容易に想像ができた