〜物語の主人公6〜
ドッドッドッドッっと
足早に階段を駆け上がり
廊下を曲がった先にある自室の扉を勢い良く開いた
月咲の部屋のレイアウトは6畳程の広さに
シングルベットと備え付けのクローゼット
奥には可愛いキャラクター人形などが飾られた
ガラス張りの飾り棚があり
中には空手のトロフィーなどが飾られている
部屋の中央には丸いローテーブルと大きなラグが敷かれ
全体的に白を基調とした
何とも女子高生らしい部屋になっていた
自分の部屋を見渡し驚愕する月咲
扉を開け、その目に映ったのは
自分のベットの上に寝そべりながらスマホを触る
リラックスしたジャージ姿の大夢だった
ちなみにジャージは
風呂に入っている間に愛夢が持って来た形だ
月咲は開口一番
そんな大夢を指差し、声高らかに指摘する
「もうちょい躊躇えっ!!……
……くつろぎ過ぎでしょ!!……」
月咲の宣言に
大夢はベットに寝そべったまま堂々と答えた
「まぁ、そうだな……
……座って待つのが一般的だな……」
「鏡見せてやろうか?……今、ここで!!……」
文句を言ってやりたい気持ちは山々だが
小言を言ってても仕方ないので、とりあえず荷物を置き
部活用のエナメルバックから汚れた練習着などを取り出す
お風呂に入る準備をしながら月咲は
ボソボソと会話を続けた
「……てか、何で今日居るの?……バイトは?……」
大夢は相変わらず
ベットの上で寝そべり、スマホを操作しながら答えた
「仕事は予定通り終わった……
ここに居る理由は………まぁ、話せば長くなるんだが………」
大夢は聖子から聞いた理由を
月咲に説明した
なぜ隣の天野家にお邪魔する事になったのか
それは愛夢が菊地家のお風呂清掃中
誤って足を滑らせ、肘打ちでお風呂場の電子パネルを破壊
操作ができず、お湯が出せない状況になってしまった
サポート会社に連絡するも今日中の修理は難しく
一旦は外部の入浴施設なども考えたが
丁度、聖子と連絡を取り合っている最中で
どうせならと、聖子が家に招待した形となる
事の顛末を聞いた月咲
「らしいと言えば…らしいけど……
……怪我なく元気そうだったから、まぁいっか……」
「らしいと思われてる時点で、どうだかなぁ……」
大夢はそう呟きながら身体を起こし
ベットの淵に座る
相変わらずスマホは操作したままだが、言葉を続けた
「課題はできたのか?……」
練習着を抱える月咲を見て
そう質問を投げ掛けた
月咲は、更に部屋着も抱え上げ、言葉を返す
「まぁ、一応……その後、自主練だけして
………え?……なになにぃ?……
もしかして一緒にご飯食べたかったの?……」
ニヤニヤしながら冗談混じりに月咲が返すも
大夢は微動だにせず、冷静に答えた
「冗談は寝て言え……
部屋で食べるんなら邪魔になると思っただけだ…」
「その言葉、そっくりそのまま返すからっ……
1分前の姿、写真撮っとくべきだったわ……」
いつものやり取りをしながら
月咲は2階へ向けて歩き出した
「じゃあ、まっ……ごゆっくり〜っ……」
そう言い残し、自室の扉を閉め
階段に向かって歩き出す
階段の手前まで来ると
部屋着を抱き締める腕にグッと力が入った
普通寝る?!!……他人様のベットで!!……
……ましてや私は女だぞ!!……
男友達の家でもあるまいしっ!!……
大夢の前では悟らせない様我慢していたが
怒りと少しの羞恥心を入り混ぜながら
階段を降りて行く月咲
先程の大夢がベットに寝そべっていた光景が
フラッシュバックする
部屋入られてドギマギしてた私がバカみたいじゃん……
あんま、そういう風に見られて無いのかなぁ……
……って!!…何の心配してんだ私っ!!……
頭のモヤを振り払う様に、首を左右に大きく振る月咲
考えても仕方がない
一先ず、練習着を脱衣所へ置き
軽くシャワーを浴びて入浴を済ませると
部屋着に着替え、リビングの方へ食事に向かった
リビングへ向かったものの
そこは大夢と月咲の両親達で
どんちゃん騒ぎとなっており
とてもじゃないが
ゆっくり食事ができる様な状態ではなかった
その光景を見て呆れ果てる月咲
……あれまぁ………はっちゃけてるなぁ……
その時、母、聖子から
お盆とその上に食事が盛り付けられた
ワンプレートを手渡され
結局夕食は自室で食べる事となってしまった
食事を手に
重い足取りで自室へと向かう月咲
心なしか
階段を登る足も、自室の扉も重く感じていた
お盆片手に
重く感じる扉を開けた月咲
「大夢〜……
やっぱこっちで食べること……に……」
そう言って部屋を覗くと
大夢がまた、自分のベットに横になっていた
ガックっと肩を落とす月咲
「またかいっ………」
……ツッコむ気力も失せたわ……
だが、再び大夢の方へ視線を向けると
先程と少し様子が違っていた
仰向けに堂々と寝ているわけでもなく
スマホも触っていない
様子の違う大夢を見て
そぉーっと部屋に入る月咲
夕食が乗ったお盆をテーブルの上にそっと置き
恐る恐るベットの方へ近づいて行った
近くまで来ると
口に手を当て、ゆっくり大夢の顔を覗き込む
……うそぉっ………本当に寝てる………
月咲のベットの上で横になる大夢は
今度は本当に安らかに眠っていた
寝落ちしてしまったのだろうか
スマホも手から少し離れた位置に落ちている
下では両親達が、どんちゃん騒ぎしているが
起きる気配は微塵も感じない
月咲は物珍しそうな顔で
大夢の寝顔を覗き続けていた
えぇ〜っ……珍しっ……
大夢でも、寝落ちとかするんだぁ……
物珍しい事もあってか、かなりの近距離から
無防備、無抵抗な大夢の寝顔を
ジーッと見つめる月咲
顔見る度に、いつも小言言ってくるけど……
……こうして寝てると……意外に可愛げがあったり……
本当に無意識だった
そう言って大夢の頬に
自然と手を伸ばしている自分がいた
何かの拍子に間違いが起きそうな至近距離
そっと頬に添える手
その姿はまるで
その瞬間
背後から声が聞こえて来た
「…………何……やってんの?……」
心臓が飛び出そうになる月咲
頬に触れていた手をサッと引き
慌てて、声が聞こえた部屋の入り口へ顔を向けた
そこに立っていたのは
黒髪ポニーテールに、紺のセーラー服姿
どことなく母、聖子に似た顔立ちで
テニスラケットと黒いリュックサックを背負った
中学生くらいの少女が立っていた
月咲は
跳ね上がった心拍数を抑える様に一呼吸置く
「……さっ!!…彩月かぁ……
急に声掛けるからビックリしたじゃん、もぉ……」
部屋の入り口に立つこの少女の名は
天野 彩月 15歳
昔、大夢と月咲が通っていた
地元の公立中学に通う3年生
そして、月咲の妹だ
彩月は怪訝な顔付きで言葉を返す
「お姉ちゃん……
流石に寝てる人襲うのは、どうかと思うよ?……」
月咲は慌てて反論した
「おっ、襲ってないわっ!!……
人聞きの悪い事言わないでっ!!……」
慌てて反論する月咲だが
今の状況は、言い逃れしにくい状況ではある
月咲があたふたしている中
彩月はヅカヅカと部屋に入って来ると
慌てる月咲の前に仁王立ちし
寝ている大夢を指差しながら、高らかに宣言した
「お姉ちゃんっ!!……こんな男のどこがいいの?!!……
こんなに可愛い妹が居るのにさっ!!……」
彩月のプレッシャーに
押し切られている月咲
「えっ、いや………えっ?……」
だが、彩月の勢いは止まらない
「そんな至近距離でジロジロ顔見てっ!!……
寝てるからって顔なんか触れちゃってさっ!!……
なんか、流れでキスでもしようかって雰囲気が……」
捲し立てる様に
先程の状況を客観的な言葉で表現されていく
改めて言葉にされると
如何に自分の取った行動が大胆なものだったか
容易にイメージできた
恥ずかしさが倍増していく月咲
耐えられなくなったのか
部屋に入って来た彩月を廊下へ押し返しながら
反論した
「わっ、分かったからもぉっ!!………
言葉にするなっ!!…出てけぇ〜っ!!……」
月咲の力に抗えない彩月
「ちょっ、お姉ちゃんっ!!……
…‥話はまだ終わってっ……」
彩月を部屋から追い出すと
扉を閉め、背中で押さえてドアロックをし
荒れた息を整える月咲
一方、廊下の方では扉を叩き
彩月が声を荒げていた
「こら〜っ!!……出て来なさーいっ……
そんな事してもお母さんが悲しむだけだぞーっ!!……」
扉の向こうから聞こえる彩月の声をBGMに
眠る大夢に視線を向けた月咲
立て籠もり犯か、私は……
………全部……大夢が寝てるせいだ……
……起きたら許さんからな……
だが、大夢は眠ったままだ
これだけ騒いでも起きないのだから
相当疲れているんだろうと月咲は思った
まぁ……今日は色々あったもんね……
しばらくして
背後の彩月が諦めたのを確認すると
テーブルへ移動し、静かに夕食を摂ることにした
それから数時間が経った頃
ベットの上でパッと目が覚めたのは大夢
上半身をゆっくり起こしながら小さく呟いた
「……完全に寝てたな…………?!……」
寝起きとは思えない覚醒の良さだが
身体を起こした時、視界の端に何かを捉えた
「…………月咲?……」
視線の先には
ベットの淵で眠る月咲の姿があった
起き上がった時にも気付いたが
丁寧に自分に掛けられた布団を見て
大夢は自分の犯した過ちに気づいた
…‥あのまま寝落ちしたのか……
しかも、月咲のベットで……とか……
………疲れてるな…‥これは……
目頭を押さえ、下を向く大夢
とりあえず、目の前の月咲を起こそうと
肩に手を伸ばし、優しく揺さぶった
「月咲っ!!……起きろ〜………
………寝て悪かった………おーいっ………」
初めは優しく揺さぶる大夢だったが
揺らせど、揺らせど、うにゃむにゃ言うだけで
一向に起きない月咲
終いには揺さぶる大夢の手を捕まえて
枕代わりに使おうとする始末
そんな月咲の寝顔を見て大夢は思う
………無防備過ぎるだろ……
一抹の不安と、少々の愛おしさを感じたものの
仕方がないのでベットで横にさせる事にした
まずは、月咲を起こさない様に
ベットから起き上がると
慣れない手つきではあるが
月咲の身体をお姫様抱っこで
持ち上げようと試みる
非力な腕力と、ぎこちない動きに
脳内でメフィが茶化して来た
『‥‥運動神経悪過ぎない?………
男なのに、だらしないね……』
うるさい………身体持ち上げるのに
運動神経関係ないだろっ……
不器用ながら
なんとか身体をベットに乗せる事に成功した大夢
風邪を引かない様に布団を掛け直していた時
ここでふと、背後に視線と気配を感じた
徐ろに振り返ると
部屋の入り口扉が少し開いており
その隙間から覗く2つの顔が見える
大夢は呆れ顔で呟いた
「………何やってんですか?……」
顔を覗かせていたのは
月咲の母、聖子と妹の彩月
聖子はニヤニヤした表情で答える
「……合格っ!!………よっ!!良い男だねっ!!……」
隣の彩月は怪訝そうな顔つきだった
「ふんっ!!………最低限ねっ!!……」
そう言って、その手には包丁を握っていた
それを見て大夢は、また呆れ顔を浮かべた
「なに持ってんだっ……それっ……」
その説明は母、聖子が行った
「あー、これね?………
ヒロちゃんも年頃だしっ……男の子でしょ?……
もしも何かあったとしたら……と……」
そう説明する聖子の手にも
包丁が握られていた
呆れ顔から頭を抱える大夢
「何やってんですかっ……2人も揃って……」
……聖子さんも酔ってるな、これは……
まだ、部屋の外から聞こえる酒盛りの声
隙間から覗く聖子の赤らんだ顔と
いつもと少し違う雰囲気に、そう感じていた
ため息と共に、ふと視線を月咲に向け
考える大夢
……まぁ……どうなんだろうな……
人知れず、命の危機を脱した大夢
結局その日は、明日も休みだった事と
聖子の承認もあったことから
月咲の部屋で泊まる事になった
月咲が目を覚ました時
どんな朝を迎える事になったのか
それはまた、ご想像にお任せしよう




