〜始まりの日3〜
この時、大夢達は不思議な体験をしていた
起き上がってくるであろう中年男性へ
臨戦体制を取っていた大夢
しかし、地面に倒れたまま全く動かない中年男性
嫌な予感が頭を過ぎる
……まさか………打ち所が悪くてそのまま………
なんて事はないよな……
慌てて倒れて動かない中年男性の下へ駆け寄る大夢
警察に連絡を終えた月咲も
突然動き出した大夢に吊られる様に
中年男性の下へ向かった
2人が倒れる中年男性の顔を覗き込むと
そこには目を疑う様な光景が広がっていた
思わず心の声が漏れる大夢
「……寝てる…………よな?……」
月咲も驚きを隠せないでいた
「……寝てる……ね………完全に………」
そう、こんな緊迫した場面にも関わらず
地面に転がる中年男性は
イビキをかいて眠っていたのだ
まるで、催眠術にでも掛かったように
大手を広げ、公園のど真ん中で
放火の理由は分からない
だが、かなりの不眠状態であった事は
目の下に出来た大きな隈と、この状況から分かった
大夢は単純に驚いていた
こんな状況下で眠れるのは、逆に異常だ
答えの分からない現象を目の当たりにした
大夢と月咲だったが
どうする事も出来ず、警察の到着を待つ事にした
しばらくして
眠ったままの放火魔を警察に引き渡すと
事情聴取を終え、帰路に着く事になった2人
バスも無いので歩いて家路に着くことに
大夢は警察官から貰ったタオルで
身体を拭きながら歩いていた
「ひどい臭いだな……取れるのか?これ……」
その言葉に、過敏な反応を示したのは
隣を申し訳なさそうに歩く月咲だった
「ごっ、ごめんっ……
臭いは何とかするからぁ~っ……」
「何とかって………どうする気だよ……」
「え?……えっとぉ~………
あっ!!家に油汚れによく効く洗剤あるよっ?……
お母さんが前、洗濯機に入れてて……
良く落ちるって感激してたしっ!!……」
「お前は俺を洗濯機に入れるつもりか……」
「大夢が臭い臭いうるさいからじゃんっ!!…」
「発想が幼稚だな……」
大夢の挑発に握り拳を作る月咲だったが
今はその感情を押し殺すしかなかった
過去の回想は終わり
時は現在まで巻き戻る
大夢はバスに揺られながら
外の景色を眺めていた
あ~……眠い……
月咲には知られていないが
大夢はあの放火魔事件の後
もう1つ不思議な体験をしていた
それは
この事件を境に見る様になった夢
舞台は大夢が住むこの町
例の放火魔を捕まえた公園を中心に
半径5キロメートル圏内がフィールドだ
空には煌々(こうこう)と輝く月が登り
あの事件の夜を再現している
そこで、得体の知れない影と鬼ごっこをする夢だった
夢の始まりはいつも、放火魔事件のあった
あの小さな公園の中央から始まる
「なんだ?……お前は……」
目の前でグニャグニャと蠢めく黒い塊と
大夢は対峙していた
瞬時に、これは夢だと判断出来た
現実にこんな事があったら
気が狂っているか、病気の線が濃厚だ
冷静に自己解釈を進める大夢だったのだが
対峙していたその黒い塊が形を変え
突然、槍の様な刃が飛び出した
それが頬を掠めた瞬間
強い寒気を感じた
夢の中だとは分かっていながらも
頬を伝う暖かい感触と、ヒリヒリとした痛み
大夢の身体は只ならぬ恐怖を感じていた
事件があったあの日から
今日で丁度1週間
大夢は毎晩
その得体の知れない影と鬼ごっこを続けていた
追いかけて来る影から
5キロ圏内を全力で逃げ回る
時には民家の中に隠れたり
マンション内を逃げ回ったり
不思議な事に夢の中での出来事のはずが
毎回鬼ごっこが終わり目が覚めると
とんでもない疲労感に襲われるのだ
まるで、本当に町の中を走り回っていたみたいに
不思議に思った大夢は悟られぬ様
それとなく月咲に確認してみた事があった
しかし、同じ現場に居たはずの月咲は
そんな夢は見ていないと言う
大夢はとんでもない疲労感を感じながら
訳の分からない影に追われる1週間を過ごしていた
今朝の倦怠感もそのせいだ
だが、最近は楽しく思える事も増えてきた
追われる恐怖があるとはいえ
夢の中なので想像した物を好きな様に創り出せるのだ
逃げる為に必要とあらばパラシュートを創り出し
ビルの屋上からダイブする事も
拳銃を創り出し
迫り来る影に反撃を試みてみる事も
免許は無いが、バイクを創り出し
無人の住宅地を走り抜けて行く事も
夢であるが故、自由な想像力が試される
1対1の妄想鬼ごっこ
得体の知れない恐怖と、なんでも試せる高揚感に
何とも言えない不思議な体験を毎晩経験していた
夢の回想はそのくらいに
また時は現在に戻る
大夢は移り行くバスの車窓から
外の景色をボーッと眺めていた
「あの時は……死ぬかと思った……」
そう呟くと
隣の月咲が深々と頭を下げていた
「本当に、すいませんでしたっ……」
「え?……」
月咲の返事に
心の声が漏れていたのだと気付く
頭を下げて動かない月咲
「私の軽率な行動が、あなた様を危険な目に……」
謝罪を続ける月咲の姿を見て
大夢は少し申し訳なく思った
違うんだが………まぁ、いいか……
月咲の所為なのは事実だし………
反省して貰おう………
そんな2人を乗せたバスは
最寄り駅の上ヶ丘駅へと到着した
バスを降りた2人は
そこから電車へと乗り換えた
2人が降りる駅は
上ヶ丘駅から4駅先の理智学園前駅だ
電車に揺られながら2人の会話は続いていた
切り出したのは大夢だ
「で?戦績は?……」
「準優勝……準々決勝、私1人で50得点だよ?……
準優勝だったのにMVP貰っちゃった~……
どう?凄いでしょ~っ……」
月咲は理智高等学校女子バスケ部に所属している
練習日は火・水・金
そして、土・日は練習か練習試合が入ってくる
彼女の元々運動神経はズバ抜けていて
何をやってもエース級を狙える実力者だ
大夢は月咲の戦績を聞いても
あまり驚かなかった
昔から月咲の高い運動能力のせいで
煮え湯を飲まされていたからだ
「化け物だな……」
「もっと良い言い方ないの?!!……
頭良いくせに、そういうデリカシー無いんだから…」
「お前にデリカシー云々(うんぬん)言われたくない……」
「口だけは、無駄に達者になってさぁ……
昔はそんなじゃなかったのにっ……」
「頭の構造が化け物とは違うからな……
それに俺は、今も昔も変わらん……」
反省の色が見えない大夢に
月咲は拳を掲げた
「………拳で語り合おうか?……」
「すぐに手を出すなっ、手を……立派な強迫だぞ……」
楽しい?会話を弾ませながら
電車は目的の理智学園前駅へと到着した
2人が乗っていた電車には
他にも同じ制服姿の学生がチラホラと見えた
その学生達の流れに乗り
電車を降りた2人は改札を出る
2人が通う理智高等学校はこの辺り
いや、全国的にも有名な進学校で
日本一の大学と言われる
真秀大学への進学率も
全国1・2を争うトップレベルだ
入試倍率100倍の超難関校に指定されている
そんな経歴から
この辺りでは理智高等学校の事を
頭の良い人の表現「利口」と掛けて
「理高」の愛称で親しまれていた
理智学園前駅から理高までの道のりは
緩やかな上り坂になっている
駅前から校門まで伸びる道路は
1km程の長い一本道になっていて
その先にある小高い丘の頂上に
校舎がそびえ立っていた
理高の制服を着た生徒達は
その校舎を目指し、ゾロゾロと歩みを進めている
道路の周りには、飲食店や雑貨屋・雑居ビルなど
様々な建物が建ち並び
場所は都心から離れているのだが
大いに賑わいを見せていた
駅から10分程歩いた所で、目的の場所に到着した2人
生徒達の群れの中
談笑を続けながら正門をくぐり抜ける
正門両脇には桜の木が植えられており
談笑する2人の頭上には
残り少ない桜吹雪が舞い落ちていた
正門を抜けると
まず見えて来るのは大きな中庭だ
広さにしてサッカーコート1面分
そこには噴水や花壇などがあり
ファンタジー映画の様な幻想的な風景を演出していた
次に、その中庭をコの字型に囲う様に
3階建ての校舎がそびえ立つ
全面ガラス張りの校舎は
太陽光を反射し、こちらも綺麗な彩を見せていた
左から3年棟、中央が2年棟、右手が1年棟と
全棟が全て連なっている
1階部分は職員室・化学室・美術室などなど
専門的な分野を学ぶ教室が連なり
学生が強弁を振るう教室は2階以降の部分だ
他にも山を切り開いた広大な敷地には
大きなグランドや体育館
プールに植物園などなど主要施設は多岐に渡っていた
そんな桜舞い散る中庭を進み
大夢と月咲は中央の2年棟へと足を進めていた
中央階段を登り3階へ
目的の2-Aクラスへと続く廊下を
談笑を続けながら歩く2人
すると
そんな和気藹々(わきあいあい)と並んで歩く2人の背後から
ゆっくりと忍び寄る1人の人影が現れた