〜物語の主人公5〜
電車、バスに揺られながら
大夢は今回の一件について考えていた
近年、半グレと呼ばれる犯罪者集団の話を
耳にする事はあるだろうか
暴力団とは別で
普通の学生や若い社会人などが集まり
詐欺、強盗、恐喝など、グループ犯罪に手を染める
社会問題の1つにもなっている
情報社会の昨今
顔の見えない繋がりがどんどんと増え
広がっていく時代背景が
そう言った集団を生み出している
大夢は、そこに当たりを付けていた
学生の犯罪者集団………あり得るな……
その辺りも視野に入れて、全体を把握しないと……
ある程度、考えが落ち着いた頃
ふと目を見上げると
いつの間にか自宅前まで辿り着いていた様だ
顔を上げた時
自宅の電気が点いていない事に気付いた
…………まだ帰ってないのか?……
その時、スマホが振動した
連続で震えるバイブ音に電話だとすぐに分かった
スマホを手に取ると
画面には母親、愛夢の文字が
通話ボタンを押し、電話に出た
「……母さん?……どうかした?……」
〔あっ、大夢?……今どこに居るの?……〕
「家だけど……」
〔あら?メール届いてなかった?……
おかしいわねぇ~……〕
電話越しに聞こえる母、愛夢の声
大夢は、その声色で気づいたことがあった
………酔ってるな?……これは……
大夢が声色から考察をしていると
愛夢の電話口から
父、大誠の声も聞こえて来た
〔母さん……ちゃんと送信ボタン押したのか?……〕
〔………あっ!!……さすがお父さんっ!!……
私の事ならなんでも分かるのねぇ~っ!!〕
〔こっ、こら…人前でそういう事言うんじゃない……〕
〔ヤダもぉっ!!お父さんってばぁ~っ!!……〕
電話口で繰り広げられる
愛夢と大誠の会話
段々と逸れていく話に
大夢は痺れを切らし、口を挟んだ
「こら、バカ夫婦……先に要件を言え……」
〔あっ、ごめんごめん……
もぉ~っ…そんなに怒らないでよ〜っ……
家なんでしょ?……だったらお隣おいで?……〕
「隣?……」
〔そう、天野さん家っ……〕
「………そう言うことか……」
その言葉を最後に、大夢は電話を切った
全てを察した大夢
左隣の天野家へ
つまりは、月咲の家へ足を運んだ
天野家の邸宅は
一階部分が小さな書店となっている
営業時間は朝の9時~夕方の6時まで
ここら一帯では根強い人気で
各言う大夢も、常連の1人である
この書店の売りとしては
何と言っても予約宅配サービスだ
駅前の大型書店に
在庫や品揃えで勝てるはずもない
だが、ここは事前に電話予約していれば
在庫が入り次第
送料無料で営業時間後に家まで届けてくれる
これが、この地域一帯のお年寄りや
仕事の忙しい読者のニーズにはまり
口コミで町の本屋さんとしての地位を確立していった
大夢は1階書店の脇にある
自宅玄関用の階段を登り、2階の玄関扉へ歩みを進めた
階段を登り切り、玄関扉の前に着くとチャイムを鳴らす
しばらくすると
ゆっくりその扉が開かれた
開いた扉から現れたのは母親の愛夢ではなく
後ろに束ねた、腰まで伸びる長い黒髪と
黒縁メガネが特徴的な知的な女性
「いらっしゃい……ヒロちゃん……」
そう言って優しく微笑んでいた
この人の名前は
天野 聖子 38歳
月咲の母親だ
そして、例の書店の経営者でもある
さっき説明した書店の売りにもう一つ加えるとしたら
この人の人徳が大きな要因だろう
聖子を見るや否や
大夢は深々と頭を下げた
「いつも母がお世話になってます……」
聖子もそれに合わせる様に
深々と頭を下げた
「こちらこそ……お世話になってますっ……」
よそよそしいやり取りを交わしているものの
2人は小さい頃から深い面識がある
大夢が産まれた頃から
一緒に成長を見守って来た、第二の母の様な存在だ
聖子は、挨拶を終えるとクスッと笑い
大きなため息と共に言葉を溢した
「はぁ〜………いつもヒロちゃん見てると……
……ウチの子らとはホントっ!!…大違い……」
「そうですか?……
月咲も大分と落ち着いたと思いますけど……」
「そうだと良いんだけどねぇ……
学校ではどう?あの子……ちゃんとやれてる?……」
「勉強以外では楽しくやってると思いますよ?……」
「その勉強なのよー…‥心配なのは……
ヒロちゃん追いかけて理高に通ったは良いけど……
テストの度に補習だったり課題だったりで
落ち着きがないと言うか……」
玄関先で聖子と話し込んでいると
愛夢の声が聞こえて来た
「大夢~っ!!ご飯あるわよ~……食べる~っ?……」
玄関から続く廊下の先にリビングの入口があり
愛夢が顔を覗かせている
更にその背後から
父、大誠も顔を覗かせた
「風呂なら早めに貰っておけよ?……
もうすぐ娘さん達が帰って来るそうだから……
………間違っても覗くなよぉ~っ!!……」
意気揚々と語る両親の手には
揃って缶ビールが握られていた
大夢は一瞬言葉を失うも
また、深々と聖子に頭を下げた
「………本当、ウチの子らがお世話になってますっ……」
親から子へ格下げの様だ
聖子は、またクスクスと笑いながら
大夢を中へと招き入れた
案内されるがまま玄関先で靴を脱ぎ
天野家のリビングへ向かう
玄関から少し廊下を歩いた先に
両親が顔を覗かせていたリビングの入り口があった
そこからリビングを見渡すと
すぐ目の前には4人掛けのダイニングテーブルがあった
手前2席は、ほろ酔い状態の両親が
ゲラゲラと笑いながら食事を楽しんでいる
奥の席にもう1人
赤髪短髪の筋骨隆々のたくましい身体つきの男性が
同じく缶ビール片手に、ほろ酔い状態で座っていた
赤髪の男性は大夢に気づくと
豪快な声で話し掛けて来た
「おおっ!!ヒロちゃん!!……来たかっ!!……」
大夢は、その赤髪短髪の男性を見るや否や
また深々と頭を下げた
「………ウチの子らが、お世話になっております……」
「ウチの子?……ハハハッ!!そういうことかっ……」
豪快に笑う、この男性の名は
天野 賢太郎 40歳
月咲の父親だ
駅前でスポーツジムを経営しており
こう見えても、代表取締役社長である
小さい頃から、めちゃくちゃジム会員に勧誘してくる
熱い男だ
賢太郎は缶ビールを飲み干すと
豪快に机の上に置いた
「こんな時間までバイトしてたら腹減るだろっ……
風呂の前に、こっちで先食べちゃいなっ……」
そう言って賢太郎は
大夢を自分の隣の席へ促す
「じゃあ…‥お言葉に甘えて……」
言われるがまま、大夢が歩き出そうとしたが
すかさず大誠が、それを阻止した
歩き出した大夢の前に手を差し出し、制止すると
缶ビールを持つ手で賢太郎を指差し
机を挟んで高らかに宣言する
「大夢をそそのかす気だな?……
………ウチの息子は筋肉に興味は無いっ!!……」
酔っているからか
いつもより饒舌な大誠
賢太郎も負けじと応戦した
「身体を鍛える事にデメリットは無いぞぉ?……
俺直々の無料パーソナリティ付きだっ!!……
破格の条件だろぉ?………」
「何が破格の条件だっ!!……
そうやって大夢を洗脳する気だなっ!!……」
テーブルを挟んで白熱する議論?
後ろで大夢は冷めた目でその議論を見つめていた
両方酔ってるな……これは……
……いつから飲んでたんだ………
呆れる大夢そっちのけで
2人の歪み合いが始まった
お隣同士とはいえ、親戚でもない2人が
ここまで曝け出した会話ができるのには
少し理由がある
16年前、俺がまだ産まれて間もない頃
今の家に引っ越して来た
近所への挨拶の為、隣の天野家へ
そこでお互いの存在を知る事となった
大誠と賢太郎は
中学、高校の同級生だった
タイプの違う2人だが
中高は同じグループで青春時代を過ごし
高校卒業後はそれぞれの道を歩き出した
会う頻度も減っていた様だが
引越しを機に再会
お互い家庭を持ち、変わった所もあるが
あの頃の関係は今でも健在の様だ
それから、16年の付き合いになる
大夢が呆れ顔で事態を見守っていると
リビングに聖子が戻って来た
「あらら……またヒロちゃんの話?……」
聖子の声を聞き
愛夢が振り返った
「聖子ちゃん……
………このおつまみ美味しいわぁ〜……
どうやって作ったの?……」
こちらも、ただの酔っ払いの様だ
戻ってきた聖子は
愛夢の相手をしながら大夢に呟いた
「先にお風呂にする?……
3人とも、明日仕事が休みだからって羽目外し過ぎてるの…
……ご飯もゆっくり食べたいでしょ?……」
両親のあられのない姿に
呆れ切って言葉も出ない大夢
打って変わって聖子は
微笑ましく、その光景を見つめていた
大夢は何とか正気を取り戻し
電話を受けてから感じていた疑問を
聖子へ投げ掛けた
「お風呂までは流石に………
………そもそも何ですけど………
何でお邪魔することになったんです?……」
「あー……それはね?……」
聖子は目を合わせるとニコッと笑い
その理由を答えてくれた
それから、時が経ち
天野家の玄関扉を開け、帰って来たのは
スポーツバッグを背負う月咲
「ただいまぁ~……」
慣れた手つきで靴を脱いでいると
リビングが賑やかな事に気づいた
…誰かいる?……
靴を脱ぎ、廊下を歩いた先にあるリビングへ顔を覗かせると
談笑する自分の両親と大夢の両親が居た
……あれ?……今日来るとか言ってたっけ?……
月咲が疑問に思っていると
帰って来たことに気づいた聖子が
そっと声を掛けた
「おかえり〜……
ご飯どうする?…‥すぐ食べたい?……」
「うん、先食べる〜って……
何で愛夢さん達居るの?……」
背後に立つ月咲の存在に気づいて
開口一番に声を掛けたのは振り返った愛夢だった
「月咲ちゃんおかえり〜っ!!……」
「お久しぶりで〜す……
どうしたんですか?今日……」
月咲の疑問には
隣に座る大誠が答えた
「少し、お願いしたい事があってね……
ご飯まで呼ばれてしまってるが
もうしばらくしたら帰るよ……」
「いやいや、全然居てもらって大丈夫ですけど……」
するとまた
愛夢がひょうきんに答えた
「家族一同、お世話になってまーす!!……」
「家族一同?……」
愛夢の言葉に疑問を感じていると
次に話し出した父、賢太郎の言葉で
月咲の状況が一変する
「ヒロちゃん……
月咲の部屋でご飯食べてるぞ?……
そっち持って行くか?……」
「ちょっと待っ!!……大夢も居るの?!!……
しかもっ!!…私の部屋?!!……」
月咲はそう言い残すと
全速力でリビングを後にし、3階の自分の部屋へ駆け出した




