〜物語の主人公3〜
それから数日が過ぎた頃
大夢はいつもの様に、スマホ片手に登校していた
隣には、駅で出会った隆治の姿があった
「スマホばっか見てっと……いつか転けんぞ?……」
「大丈夫だ……この道のプロだから……」
「……どの道だよ……」
正門を潜り、2年棟へと談笑しながら中庭を進む2人
その時
そんな2人の前に
1人の人影が立ちはだかった
それから数分後
場面は変わり
2-Aの教室へと向かい、廊下を並んで歩くのは
月咲と渚の2人
渚は、驚きの声を上げていた
「まだ終わってないの?…課題……
大丈夫?それ……」
だが、月咲の表情には余裕が見えた
「ふっ!!……甘いのだよ、渚君……
私には強力な助っ人がいるのさっ……」
丁度そのタイミングで
2人の後ろから陽太が姿を現した
「すごいなぁ…月咲ちゃんっ……
何で居るの分かったの?……」
陽太の声が聞こえると
月咲は即座に振り返り
まるで神社でお参りをする様に
両手を合わせ、深々とお辞儀をしていた
「神様〜……王子様〜……」
いきなり崇まれ
少し困惑気味の陽太
「仏像じゃないよ?……僕……
まぁいいや、今日の放課後よろしくね?……
………帰り、声掛けるよ……」
「よろしくお願いします!!……」
羨望の眼差しと、敬礼を贈る月咲
さながら軍隊の様にも見える
ただ、そこは一介の高校生
合流した陽太と月咲は
いつもの様に楽しげに会話を続けていた
隣で呆れる渚の目には
そんな仲睦まじい2人の姿が映っている
渚はジーッと
陽太と月咲の様子を見つめながら考えていた
……ん〜………まぁ……ねぇ〜………
何か思うところがあるのか
考えると同時に、小さなため息を一つ
そして、小さく呟いた
「大夢君も最近甘いし……
この子にとって、良いのか悪いのか……
…………どうなのかなぁ………」
その時だった
何気ない渚の一言に反応する様に
教室に向かう3人の背後から
相手を呪いに掛ける様な、暗く重い囁き声が聞こえて来た
まるでホラー映画のワンシーンの様に
3人の後ろから現れたのは隆治
「………大夢なら……
2年棟の屋上……行ったぞぉ〜……」
背後霊の様に現れた隆治の姿に
思わず驚いてしまった渚
いつもと様子が違うので
素直に疑問をぶつける形になった
「ちょっ、無駄に驚かさないでよっ!!……
……え?……屋上?……何で?……」
月咲と陽太も
いつもと違う隆治の声に
振り返り、内容に耳を傾けていた
そんな中
頭を抱え、その場に崩れ去る隆治
「うぅっ!!…あいつだけは………あいつだけは〜っ……
俺と同類だと思ったのに〜っ……」
崩れ去る隆治の姿
意味深な叫び声
それを見た陽太が
不意に口火を切った
「えぇー…屋上でしょ?……ん〜、そうだなぁ〜……
…‥定番ならぁ……女の子に呼び出された
……とか?……」
陽太の回答に
すぐさま月咲が呆れて反応した
「んなわけないでしょ……あの大夢が……」
だが、その呟きの後
隆治の取ったリアクションが
月咲の想定とは違っていた
吐血する様なリアクションと共に
その場で気を失ってしまう隆治
もちろんオーバーリアクションではあるが
それを見た陽太は目を丸くしていた
「あっ……僕のが当たりっぽいね……」
月咲も隆治のリアクションを見て
完全に想定外だったのか言葉を失い固まっていた
え?……本当に大夢が呼び出し?……
顔もスタイルも平凡で
取り柄といえば記憶力だけの?………
あの朴念仁が?……女子にモテる?…
そんな事あるわけ……
心の中で、必死に自己暗示をかけるも
目の前に居る、隆治のリアクションを見て
不安がどんどん確信へと近づいていく
ある訳ない
そう言い切れない理由が
どこかにあるのだろう
拭えない不安は、どんどん焦りを産んだ
自分の思考に集中する事しかできず
放心状態の月咲
その肩を後ろからトントンと叩いたのは渚だった
「月咲~……月咲ってばっ!!……」
渚の呼び掛けに意識を取り戻したのか
ハッと我に返った月咲
「へぇっ!!……何っ?!!」
肩を叩かれるまで呼びかけられていた事に気付かないくらい
放心状態だった様だ
渚は重ねて質問する
「どうしたの?……ぼーっと考え込んで……」
「えぇっ?………別にぃっ!!……何も?!!……」
だが、渚には分かっていた
「あら、そっ………」
月咲の考えなどお見通しだ
独り言を呟く様に、更に言葉を続けた
「大夢君、大丈夫かなぁ………
頼まれたら、断り切れない所あるから……」
素っ気ない態度を取ってはいるものの
渚の言葉に聞き耳を立てながら
内心ドギマギしている月咲
………断り切れないっ?!!……
まさか……そん………いや、あり得る?……
肩でビクッと反応する月咲
心の中が態度に透けて見える様だ
それを見て面白くなって来たのか
渚は独り言を続けてみた
「流されやすい所もあるし〜……」
……流がっ!!………
一々、こちらの言葉に反応してくる姿
渚は段々楽しくなって来た
「面倒見も良いから
年下とかにはウケ良さそうだし……」
………面倒見は……確かに良い………
「まぁ、優良物件と言えばそうよね〜……」
…え?……物件?………
「大方、この前のテスト順位とか見て……
告白を決心したパターンかなぁ……
1年の時からずっと学年1位だし……
顔も別に悪くないしね……
将来、結婚とか、そう言うとこまで考えると……
正直アリよねぇ…………」
……結婚っ?!!………ア…リ……なの……か………
この時
月咲の頭が完全にショートした
頭のオーバーヒートと共に
突然、フラフラと歩き出した月咲
目には見えないが
頭から煙も出ているであろう状態に見える
おぼつかない足取りで動き出した月咲を見て
渚は声を掛けた
「あらっ?……どこ行くのっ?……」
「……ジュース………買って来る……」
弱々しい言葉と共に
廊下をフラフラと歩いていく月咲
人形劇の人形の様に、糸に操られ
真っ直ぐ歩くことすらままならない
おぼつかない足取りの月咲を見て
渚は、聞こえないくらいの小さな声で呟いた
「ちょっと……やり過ぎたかな?……」
月咲の反応が楽しく
ついつい調子に乗ってしまった
すると、渚の隣へ
陽太がそっと近付いて来た
隣に来ると腰を屈め
渚の顔を覗き込む様に自分の顔を近付けると
小さく囁いた
「ダメだよ?……
あんまり月咲ちゃんいじめたら……」
渚から見た陽太の顔は
いつも通り終始穏やかだった
だが、表情からは読み取れない
いつもと違う微妙なニュアンスを
渚は感じていた
「ついつい……ね?……
他意はないわよ?……」
渚の言葉を聞き
陽太はそれ以上、何も追求する事は無かった
今度は少し先を歩く
おぼつかない足取りの月咲を見つめ
心配そうな表情で呟いた
「大丈夫かなぁ……月咲ちゃん……」
渚は陽太の背中をポンッと叩くと
教室へ向けて再び歩み始めた
「もう子供じゃないんだし……大丈夫でしょ……」
「それは……分かってるよ……」
陽太もそう言うと
渚の後に続いて歩き出した
教室を超え、消えた月咲
その後を追う様に歩き出した陽太と渚
何か1つ忘れてる気もするが
まぁいいだろう
一方、しばらくして
おぼつかない足取りの月咲は現在
何故か階段を登っていた
思考と行動が全く一致しない月咲
無意識なのか
はたまた意識的なのか
いつの間にかその足は屋上へと辿り着いていた
たまたま通っただけ……たまたま通っただけ……
どうやら意識的な様ではある様だ
念仏でも唱える様に
思考を極端に巡らせる月咲
自分でも、何故ここに来たのか
今の気持ちは分からない
何か心に引っ掛かる物がある
それが足を動かした
頭の中は考え事でグルグルと回っている
そんな状態
一先ず、その気持ちを抑え込みながら
屋上へと続いていく階段を登り切り
閉まっている屋上へと続く扉を背に
まるで忍者の様に、外の会話に聞き耳を立てていた
すると、丁度そのタイミングで
月咲の耳に外の会話が入って来た
「言いたい事は大体分かった……」
紛れもない
話し方と声色で大夢と判断出来た
「で……一体俺にどうしろと?……」
姿は見えないが、誰かと話している様だ
扉を開けてしまうと、外に気付かれてしまうので
開けるに開けられない
今の月咲には
聞き耳を立てる事しか出来なかった
しばらく返答が無かったものの
今度は女性の声で、大夢の言葉への返答が返って来た
「……私に……付き合って下さいっ!!……」
屋上の会話
聞き耳を立てて、すぐの出来事だった
月咲は扉を背に
スルスルとその場に座り込んでしまうと
動揺からか、胸に手を当て
激しく聞こえる心臓の鼓動を鎮めようと試みていた
思わず飛び出そうな言葉を防ぐ様に
片手は口を塞ぎ、必死に声を押し殺していた
いきなり!!何てタイミングにっ!!……
……ちょっ!!……なぁんにも準備出来てないからっ!!心のっ!!……
話するにしてもさぁ……もうちょい待っても良くない?……
※ここに来たのは自分の所為です
深呼吸するも動悸が全く収まらない
落ち着かない気持ちを落ち着けようと
また頭の中がグルグルと回り出す
うわぁ〜!!…どうしよっ!!
あいつ……何て答えるんだろ………
大丈夫かなぁ~……
変な事言って、相手の子、傷付けたりしないかなぁ……
そっちの方が心配かもしれっ…………
正直、悪循環だ
その時だった
月咲の考えとは裏腹に
大夢はハッキリとした言葉で答えた
「いいだろう……付き合ってやる……」
……………え?……
この時、ぽっかりと自分の中に大きな穴が開いた気がした
何故だか自分でも分からない
でも、今
感じているこの喪失感は本物だ
次の瞬間
月咲の身体は無意識に動き出していた
背後の扉を勢いよく開き
屋上へと乗り込む月咲
ガンッ!!
屋上、外側の場面
扉の脇に立っていた大夢の側頭部へ
月咲が勢いよく開いた扉がそのまま強打した
側頭部への渾身の一撃に
フラフラと倒れこむ大夢
それを少し離れた所で唖然とした表情で見つめるのは
少し焼けた小麦色の肌に、腰まで伸びた明るい茶髪
きらびやかなピアスと、着崩した特徴的な制服姿の
進学校では珍しいタイプの女子生徒
理高の服装は他の学校と比べてかなり緩い
学力が全て
制服さえ着ていれば
パーカーを着ようがスカートの丈を短くしようが
化粧、アクセサリー、なんでもOKだ
個性を重んじ、伸び伸びと学業に励む校風を掲げている
扉を開けてすぐ
目の前に居た女子生徒の姿を捉える月咲
胸元のリボンの色(青)から1年生だと分かった
………年下だぁ〜っ!!!!……
しばらく、屋上に静寂の時が流れた
月咲と対峙する小麦肌の女子生徒も
突然現れたかと思った固まっている
事態を把握出来ずに互いに固まってしまった
もちろん、飛び出した月咲も例外ではない
何で出たんだ?…私………
……………どうしよう……この空気………
お互い固まっていると
倒れた大夢が意識を取り戻した
「……いきなりなんだ………」
頭を抑え立ち上がろうとする大夢
視界に、扉前で固まる月咲の姿を捉えた
「月咲?……」
扉を勢いよく開け放った形のまま
月咲はまだ、固まっていた
大夢は素直な疑問をぶつけた
「こんなとこで……何してんだよ……」
なんの予備動作もなく
いきなり確信を突かれた月咲
目線は合わせず、上擦った声で答えた
「えっ!!…いやっ………あの……
ジュース買いに来ただけ……かな………」
月咲の顔は慌てふためき
冷や汗もダラダラと流れている
訳の分からない言い訳を
大夢が見逃すはずは無かった
「はぁ?……何言ってるんだ?お前……
ジュース買いに何で屋上なんだよ……
売店と自販機は1階だろ?……」
大夢の正論はごもっともだ
現状の月咲に、弁解の余地は無い
思いつくのは苦し紛れの言い訳くらいだ
「いっ、いいでしょうがっ!!……別にっ!!……
私がどこ買いに行こうがっ!!……」
反発してみるものの、自分でも理解に苦しむ
全く意味の分からない内容に
大夢も少し動揺していた
「今日は一段とおかしいぞ……」
「……いつも、おかしいみたいに言うなっ……」
当たり前だが、大夢も、目の前の女子生徒も
キョトンとした表情を浮かべていた
再び月咲は固まってしまう
本当にっ!!…何言ってんだろ私~っ!!……
意味わかんないよぉ~……
今にも目を回して倒れそうな程
頭が回っていない月咲
フラフラな月咲を目の前に
大夢は大きなため息を吐いた
「ちょっと来い……」
大夢はそう言って月咲の二の腕を掴み
強引に、月咲が飛び出して来た
出入り口付近へ連行した
小麦肌の女子生徒から距離を取り
見えない位置へと誘導する
「へっ?……うわぁっ……」
ある程度離れた所で
月咲を壁際へ追い詰め、両手で逃げ道を塞いだ
ほわぁっ!!……
背後は壁、目の前に真剣な眼差しの大夢
両サイドは大夢の両腕で逃げ道は無い
え?…え?……今度はなにっ?……
側から見れば大胆な大夢の行動
月咲の心は
目まぐるしい変化に、もう着いて行けなかった
そんな月咲は意に介さず
大夢は女子生徒に聞こえない様な小声で
話し始めた
「いいか?よく聞け?……
別に犯罪の片棒を担ごうとか……
そういう考えは一切ないからな?……」
「……………はぁ?……」
大夢のいきなりの剣幕に
疑問しか浮かばない月咲
その表情に大夢も少し困っていた
「はぁ?…ってなぁ……
俺があの子の誘いに乗って……
“犯罪に手を染めるんじゃないか!!”
とか思ってたんじゃないのか?……
…………だから止めに来たんじゃ……」
「えっ、いや…………へっ?……
…………私はてっきり……」
月咲は少し前の出来事を思い出す
“私に付き合って下さいっ!!……”
私……“に”?………“と”じゃなくて?……
言葉の違和感に気付いた月咲
他にも聞こえて来た言葉を思い返すと
自分が冷静で無かっただけで、違和感を感じる事はあった
だが、考える間を大夢が与えてくれる訳もなく
追求は止まらない
「てっきり?……なんだよ……」
「………え?……えぇ?……」
「さっきから……何が言いたいんだ?……」
「だから………その……」
「何しに来たんだ?……本当に……」
「いや、え?……ちょっ………」
「月咲……本当に大丈夫か?……
熱でもあるんじゃ………」
いつもと様子の違う月咲に
本気で心配し始めた大夢
月咲の額に手を伸ばし
体温を確認しようとした
次の瞬間
月咲の右拳にグッと力が入る
「ちょっと待てって言ってんじゃんかぁ~っ!!!!」
強烈な右ストレートは無防備な大夢の左頬を捉え
一撃でノックアウトさせた
吹っ飛ぶ大夢
握り拳を目の前に、肩で息をする月咲
「あんたみたいに……
コロコロ頭切り替えれる程、器用じゃないからっ!!……
頭ん中グルグルしてんのっ!!……今っ!!……」
殴ってから数秒後
月咲は正気を取り戻す
我に返るや否や
心配して大夢へ駆け寄る月咲
「あっ…ごっ、ごめんっ!!………大丈夫?!!………」
だが、目の前に横たわる大夢は
一向に目を覚まさなかった
起こしても起きない大夢を見て
また焦り出す月咲
「え?…完全に入っちゃった?……
ヤバ……どっ、どうしよ〜っ!!……」
また混乱に陥ってしまいそうになった時
大夢と話していた
小麦肌の女子生徒が姿を現し、声をかけて来た
「あっ、あの〜……」
突然声を掛けられ、思わず肩を振るわせる月咲
「はっ!!…はいっ!!……」
女子生徒は屈みながら月咲に話しかけた
「先生…呼んで来ますね………」
「え?……はい、お願いします……」
見た目とは裏腹に丁寧な喋り方
風貌とのギャップを感じる
女子生徒はそう言うと
屋上から校内へ向かって階段を降りていく
去り際、月咲の方へ向き直ると
一言、言葉を残して行った
「私は、菊地さんを取ろうとか……
そう言うので、呼び出した訳じゃないので……
ただ、お願いがあって呼び止めただけなんです……
……勘違いさせてしまって、ごめんなさい……」
そう言い残すと
返事も聞かずに行ってしまった
大夢の側で
屈んで介抱する月咲は考えていた
………お願いがあって?………
大夢を呼び止めた?………
ここで1つ疑念が出て来た
………あの子どっかで……………あっ……
この時やっと
月咲の中である推測が出来上がった
後に保健室で復活した大夢から
事の顛末を聞いた月咲
小麦肌の女子生徒から
大夢が受けた話を要約するとこうだ
彼女は昨年
理智高等学校への入試を控え、猛勉強していた
日本随一の入試難易度を誇る
理高に受かろうと考えているのだ
中学3年の後半は、自由時間は無いに等しいだろう
その事で、当時付き合っていた彼氏とのすれ違いから
彼女は酷く落ち込んでいた
このままではダメだと思い
リフレッシュに買い物へ出たという
そこで、あの逮捕された男に声を掛けられた
初めは軽いナンパだと思い無視していたのだが
“表情暗いけど彼氏と何かあった?……話くらい聞くよ?……”
普通に考えれば一般的な誘い文句
だがこの時は
この言葉に少し心揺らいでしまった
受験のストレスもあってか
彼女の口は一旦動き出すと止まらない
聞き上手な男の
「長話になりそうだ」と言って、着いて行ったお店で
彼女は初めてお酒を口にした
容姿だけを見れば充分大人びてみえるが
自分は、まだ未成年
ダメだと分かっていたが、その時にはもう歯止めが効かない
知らず知らずのうちに
どんどんと時間が進んでいった
意識の無くなった彼女が目覚めた時
知らない部屋の天井が写っていた
隣には裸の男も居る
自分の過ちに気付いた時には、もう手遅れだった
未成年の飲酒
そして、逃げられないポルノ写真
脅し、脅される関係が出来上がっていた
大夢を呼び出したのは他でもない
あの痴漢冤罪事件の時
彼女もまた、大夢の顔を覚えていた
自分と同じ理高の制服を着ている事で
印象深かったのもあるだろうが
あの時の行動力と発言力を見ていた
この人ならばと、助けを求めに相談に来た様だ
そう、彼女はあの痴漢ビジネス時の
被害者役の女子生徒だった
月咲はこうも大夢から聞いていた
あの事件で捕まえた男は
証拠不十分ですぐに解放される
知り合いの刑事からそう聞かされていた様で
痴漢冤罪の被害者役だった彼女から
何か情報を引き出せないか
そう思っていた矢先にあちらから声を掛けて来たのだ
願ってもない好都合
彼女の相談を受ける中で
情報を引き出すため、話に乗った形だった
波乱の幕開けとなった1日はあっという間に過ぎ
時は放課後
月咲は1人、図書室の一角に居た
課題を机に広げては居るが、手は動いていない
気持ちもどこか上の空だ
両肘を着き、ずっと考え事をしている
するとそこへ
慌てた様子の陽太が姿を現した
「ごめん、月咲ちゃんっ!!……待った?……」
しかし、月咲の返事は空返事だった
「うん……待ってないよ〜……」
怒っているのか?とも考えたが
陽太は知っていた
朝、おぼつかない足取りで別れた後
何故か大夢を保健室へ届け
介抱した後に教室へ戻って来た
その時の月咲の姿を
事情も去ることながら
何かあった事は間違いない
でも、それが
雰囲気から察するに、喧嘩している様な
険悪なムードでも無い事も感じていた
月咲の向かいの席に座ると
陽太は心配そうな表情で語り掛けた
「……朝、何があったの?……大夢と……」
ここで初めて
目の前に陽太が居る事を認識した月咲
「え?………あぁ、陽太っ!!……
来たなら声掛けてよ〜………」
「今掛けたよ?……」
「あり?………そっ、そだったね……
あ〜っ!!…ダメだダメだ!!ボーッとしてたらっ!!……
折角、陽太が来たんだしっ!!……
…‥今っ…全力で甘えとかないとっ!!……」
課題に取り組む目的を思い出し
目の前に広がる課題に目を向ける月咲
いつもの調子を取り戻して
目の前の課題に取り掛かろうとする
その時だった
陽太は月咲の視線が入る位置に手を置き
指先でコンコンと机を軽く叩く
それに気づいた月咲の視線を自分の方へと誘導した
「元気無い月咲ちゃん見てると……
普通に心配だなぁ〜……僕は………
君とのデート、楽しみにしてたんだから……
………悩んでるなら相談乗るし……
課題だって、いつでも手伝う日は合わせるよ?……」
真剣な表情の陽太
いつもの笑顔とは違う
ジッと見つめて離さない
月咲は
少し視線を逸らしながら答えた
「別に……悩んでる訳じゃないんだけど……さ……」
月咲はあれから
自分の気持ちが分からなくなっていた
大夢が屋上で話をしている時
邪な考えで行動する自分を振り返る
かと言って
あの時の自分の気持ちが嘘だった訳じゃない
自分の大夢に対する本心が
どうなっているのか、分からなくなっていた
視線を逸らし、呟いてから
言葉が続かない月咲
しばらく沈黙は続いたが
今、考えても仕方ない事に気づき
吹っ切れた様に話し始めた
「はいっ、もう終わりっ!!この話っ!!……
今日は課題に向き合うのっ!!……
……と言いつつ、頼む立場なんだけど〜…………
よろしくお願いしますっ!!……先生っ!!……」
月咲の言葉に
陽太もニコッと笑顔を見せると
穏やかに返事を返した
「はーい……今日は、よろしくお願いしま〜す……
可愛い生徒さんっ……」
そこから2人はいつもの雰囲気に戻り
楽しい勉強会がスタートした
始まってすぐ
陽太の指示で簡単な課題に取り掛かる
月咲は課題に集中しながら疑問に思っていた
………んんっ?……
今、デートって言った?………
…………んな訳ないかっ!!……
課題手伝って貰ってるだけだしっ!!……
一方、真剣に課題に取り組む月咲を前に
陽太の表情はどこか、暗い様相にも見えた




