〜物語の主人公1〜
あの事件からひと月が過ぎ
大夢達は平穏な日常を送っていた
理智高等学校2年棟
1階にある職員室近く
大きな掲示板を見ていたのは
部活用のエナメルバッグを背負った月咲だった
隣には渚の姿もある
掲示板を前に
並んで同じ方向を見ている2人
だが突然、なんの脈絡も無く
月咲が膝から崩れ落ちてしまった
崩れ落ちたまま
力無い声でボソボソと呟いている
「……今回は……いけると思ったのに………」
突然崩れ落ちた月咲だったが
隣の渚は、それを予期していた様だ
全く動じる事なく
崩れ落ちた月咲へ言葉を投げ掛けた
「頼れば良いのに……隣の家の家庭教師……」
月咲が崩れ落ちた理由
それは、学生が避けては通れない薔薇の道
そう、この時期の理智高等学校では
中間テストが始まっていた
そして、今まさに
今週の頭から始まった中間テストの結果が
目の前の大きな掲示板に、大々的に張り出されていた
掲示板にはそれぞれ1.2.3学年
上位30名の名が大きく貼り出されており
国内有数の学力を誇る理智高等学校の上位勢ともなれば
それだけで、有名大学進学に向けての
大きな内申点を持つ重要なイベントとなる
実際に、ここへ向けて全てを費やしている生徒も多い
30位に入れない事で
落胆する生徒は少なくないのだ
崩れ落ちた月咲は
渚の提案に反発した
「あいつに頼るのだけは………なんか嫌だっ……
……負けた気がする……」
渚は呆れながらに答えた
「まぁ、頑固なのも良いけど………
そうは言ってられないじゃない?……」
「別に頑固じゃないしっ!!……」
「でもねぇ〜………」
強がる月咲へ
渚は無言で掲示板を指差した
指差した先
しかし、何かおかしい
渚の指差した方向は
トップ30が書かれた掲示板の方ではなく
脇の小さな掲示板
そこにも名前が連なっていた
欠点者 40点以下
※下記の者に補講を銘じる
数学Ⅱ
2-A 天野 月咲
2-C 〇〇……
化学
2-A 天野 月咲
2-D 〇〇……
そう、月咲が嘆いていたのは別の理由があった
現実を突き付けられ
フリーズしてしまう月咲
何も言葉が出ない
代わりに隣の渚から
大きなため息が聞こえて来た
「はぁ……私は教えてもらって、実際順位も上がったし……
指導力はお墨付きなんだけどなぁ……」
「裏切ったなっ!!……」
学力が全てである理智高等学校において
欠点者に対するペナルティーは大きかった
月咲が落胆する理由はそこにある
ペナルティーとは、平日の通常授業に加え
土日に強制的な補講を受けさせられてしまうのだ
今回のテスト範囲について、みっちりと復習講義を受け
日曜の再テストをクリアするまで
土日の補講は毎週の様に続いていく
まさにクリアするまで帰れません
状態に陥る
他にもこの理智高等学校には
学力向上に向けてのユニークな制度がいくつかある
テストで60点以下の教科がある場合
その教科の課題が配布される
※提出期限は1週間以内
期限を超えてしまうと
その教科についても補講となってしまう
毎年、中間・期末テストは
計4日間のスケジュールで行われる
1日目…国・数・英・理・社 基礎5教科(分類含む)
2日目…副教科
3日目…テスト終わり休日
4日目…返却・課題の配布 この日は午前のみで授業は終了
今日は4日目のテスト返却の日だ
掲示板を確認し終えた月咲と渚の2人は
教室へ向けて歩き出していた
頭を抱え、苦悶の表情を浮かべている月咲
「最悪だぁ~……土日補講とか……
それに課題まで………生きて帰れる?私っ……」
「オーバーね〜……
60点以下は、いくつの予想?……」
「…………それ………聞いちゃう?………」
「え?……そんなレベルなの?………
前よりひどくなってるんじゃない?…それ……」
希望を失った月咲と
助けようの無い友人を見据え
ただただ、虚しくな渚
ある意味、似た様な心情の2人は
教室へと足を踏み入れた
教室にはすでに、クラスメイト達が登校しており
それぞれの輪を作っている
テスト終了を労う声や、落胆する者、自信に溢れている者
教室内には十人十色の景色が広がる
そんな中、2人は挨拶を交わしながら
あるグループの所へ向かった
教室の後方
窓際に佇む3人の男子生徒
3人を捉えた月咲の視界には
こんな景色が広がっていた
王子 陽太 学年7位
「あっ、来た来たっ!!……」
宮沢 隆治 学年5位
「またやったなっ……月咲ちゃん……
毎回期待を裏切らないねぇ〜……」
菊地 大夢 学年1位
「……………」
月咲に、いち早く気づき
元気に手を振る陽太
月咲を指差し、爆笑する隆治
椅子に座り、スマホの画面に集中する
大夢の姿があった
隆治の問い掛けに
月咲は落胆の声で答えた
「見てたのか……私の成果を……」
「いや、返却日なんだから見るでしょ……普通に……
3人で見つけた時、爆笑だったな……」
そこへ渚が
優しい口調で、殺意を持って参戦した
「次、口開いたら……命はない……」
「……そんな声で言うな………
どっちの感情か分かんなくなるって……」
脇で見ていた陽太も
ゆっくり会話に混ざって来た
「でも欠点2つって……
いつもに比べればマシなんじゃ無いのかい?……」
月咲は即座に反応した
「馬鹿にしてるなぁ~?……」
「ちっ、違うよ?!!……
ほら、前よりは良くなってるし……
ちゃんと成長してるから、すごいなぁって……」
月咲は慌てる陽太に詰め寄った
胸ぐらを掴む勢いで顔を近づけ
指差しで威嚇する
「ちょ~っと頭良いからって~……
7位がそんなに偉いのかっ!!……」
「エヘヘッ……ありがと~……」
「何で照れてんのっ!!……腹立つぅ~っ!!」
天然の陽太に、何を言っても効果は薄い様だ
朝からイライラが募るばかり
いつものメンバーで和気藹々(わきあいあい)と会話する中
全く会話に参加しない大夢を見て
月咲は更に腹が立っていた
何クールにスマホいじってんのかな?……こいつぅ……
1位だからか?!!…1位の余裕だからかっ?!!……
そんなに偉いのかっ!!…1位はっ……
やるせない怒りをぶつけるしか無い月咲
しかし
それは段々と疑問へと変わっていた
でも、いつもなら話入ってくるのに……
………朝から真剣に……何調べてんだろ……
少し気掛かりを感じる月咲
だからと言って、堂々とスマホを覗き込む訳にも行かず
一先ず今はテスト返却の衝撃に備えて
精神統一することにした
時は過ぎ
続々とテスト返却が進む
各教科担当教員からクラスごとに返却が進んでいく形で
名前を呼ばれる度にテストを受け取り
点数を確認していく返却スタイル
最後に担任教師から
5教科+副教科の点数一覧は配られるのだが
テスト返却日の今日この頃
毎回、返却の度にクラス中が一喜一憂する
まるで夏祭りの様な
お祭り騒ぎになっていた
その中でも、やはり上位勢(トップ10)の
隆治と陽太は注目を集めていた
特に、陽太の反響は凄い
出席日数が周りより少なく
芸能活動で勉強時間も少ない中で
この順位を維持していること
理智高等学校のテストは
下手な大学であれば余裕で通過できるレベルであること
それは、他のクラスメイト達も理解している
人としてのその努力に
素直な賞賛が陽太には送られていた
隣の隆治の方が順位は上のはずだが
なぜか可哀想に見えたのは、特に触れないでおこう
各言う渚も
決して成績が悪い訳では無い
総合順位23位と
トップ30にはしっかり名を連ねているのだ
そう、大夢達のグループは何を隠そう
周りから見れば頭脳派エリート集団
ただ、1人を除いて
全てのテスト返却が終わり
担任から、成績一覧表も手に入れた
終礼では60点以下の課題説明や補講の件など
形式的な説明で終礼が終わると
皆、帰路に着き始めた
周囲のクラスメイトが
各々の友人と談笑しながら帰路に着く
そんな中
返ってきた成績一覧を片手に
自分の机から全く動けない状態に陥った月咲
そんな………あり得ない………
周りに集まって来た
隆治 渚 陽太 大夢は
その理由を知っている
……………全教科………60点以下………だと……
隆治と渚が
背後から哀れみながら声を掛けてきた
「まぁ…‥切り替えてこうぜ………
終わったもんは、しょうがないからさ………」
「今回、欠点回避に全力を注いだ結果かぁ………
完全に裏目に出たわねぇ………」
全教科60点以下
という事は全教科の課題が課せられる
5教科と言っても
細かく分類すればかなりの教科数になる
その全ての課題ともなれば
その量は計り知れないもので
とても1週間で片付けられる量では無いだろう
と、当事者が1番に理解していた
大量の課題
土日の補講
未来の自分を想像してしまった月咲
燃え尽きた灰の様に、真っ白になっていた
完全に意識を失いかけている月咲の姿を見て
見兼ねた陽太が1つ提案を投げ掛けた
「………きょっ、今日は午後から時間もあるし……
テストお疲れ様の意味も込めて……
皆んな、どこかで打ち上げでもしないかい?……」
陽太の提案を小耳に挟んだ月咲
少し、生気が戻った様に感じる
陽太は月咲の蘇生反応を見て
更に元気付けようと言葉を続けた
「ほっ、ほらっ……土日の補講は流石に無理だけど………
僕で良ければ課題、手伝うよ?……
だから元気出して?……」
陽太の言葉に、意識を取り戻した月咲
いつもの元気が徐々に出てきた
涙目ながら両手を合わせると
まるで神様に出会ったかの様な
煌々(こうこう)とした眼差しで陽太を見つめ
自然と祈りを捧げていた
「神様ぁ〜!!……王子様〜っ!!……」
「………王子様って……照れるなぁ〜……」
月咲に崇め奉られ
満更でも無い陽太だったが
ここで渚が話に割って入って来た
「ご飯行くのは良いけど……
…………本当に大丈夫なの?……
課題が良くても、補講の勉強もしといた方が……」
確かに安易な提案にも思える
心配して話を戻した渚だが
月咲の心はすでに
打ち上げモードに切り替わっていた
「まぁ、補講は2教科だし…‥大丈夫でしょっ!!……
お昼、どこ食べに行く?……」
「呆れた………さっきの落ち込みはどこ?……
ねぇ、大夢君からも何か言ってよ……」
月咲の手綱を唯一握れる大夢へ
ヘルプサインを出した渚
だったのだが
渚の期待とは裏腹に
大夢からは意外な返答が返ってきた
「………まぁ、いいんじゃないか?……今日1日くらい……」
意外な返答だった
あの入院した日から
大夢の月咲に対する態度が
少しだけ変わった事を周りは感じていた
完全に呆れてしまった
そう言えばそうかも知れないが
そうとも言い切れない雰囲気も感じられる
まぁ、当事者の2人自身は気付いていない様だが
大夢の返答を聞き
月咲は意気揚々と言葉を続けた
「やったぁ!!……
はいっ!!…過半数の賛成がありましたので!!……
まずはお昼食べに行きたいと思いまーす!!……
で〜っ、その後〜っ………ボウリングとかぁ……
カラオケとかも行っちゃったりしてっ!!……」
過半数との意見で
隆治が慌てて話に割って入った
「ちょっと待って!!……俺の同意は?……」
「え?……無いよ?……」
「無邪気に酷い……」
1人だけ、悲しみに暮れているものの
5人は打ち上げに向けて
教室を後にするのであった
学校から電車を乗り継ぎ、都市部へと向かう5人
ファミレスでの簡単な昼食を済ませ
いざ戦いの場へ赴く




