〜始まりの日23〜
ベットに寝そべる大夢は
固まった身体をほぐしながら外の月を眺めていた
長い時間眠っていたからか
身体のあちこちに違和感を感じる
ベットの上で身体をほぐしていると
ふと疑問が頭を過ぎった
……そうだ………
真道さんがどうなったのか……
聞くの忘れてたな……
『………あの子も、この病院に居るみたいだよ?……』
「へぇ~……そうなのか………?!!……」
病室に木霊する子供の声
思わず漏れた自分の言葉に、ハッとした
大夢はベットから上半身を飛び起こし
病室を慌しく見回す
この声色、聞き覚えがある
あの公園での出来事が大夢の頭を過ぎった
戸惑う大夢の動きに合わせて
また声が聞こえてきた
『どこ探しても無駄だよ?……ちょっと待って……』
動揺している大夢を置いて
子供の声が聞こえてくると
大夢の膝元に軽快な爆発音と共に
白煙が立ち上った
この光景も見たことがある
これって………
『見覚えあるでしょ?……』
そう言って煙の中から姿を現したのは
体長20㎝程の大きさで(両手の平サイズの人形くらい)
真っ黒な肌、スペード型の尻尾に、尖った耳が特徴的な
悪魔の様な姿をした可愛らしい人形
まるでぬいぐるみのような体型で
口元には小さな八重歯がキラリと光り
クリクリした目はしっかりと大夢を見据えていた
唖然とする大夢
思わず言葉を漏らした
「………あ……く……ま……」
『はい、大正解~っ!!』
そう言って両手を高々と広げるその小さな悪魔
今、自分の膝上で飛び跳ねている
思わず目を擦った
寝ぼけているわけじゃない
今、確実に自分の目の前で
その悪魔は飛び跳ねているのだ
正解の掛け声と共に
悪魔の周囲にまた、小さな煙の塊がまた現れた
白煙で再び姿が見えなくなった小さな悪魔
数秒と経たずに
また煙の中から姿を現した
次に姿を見せると
その風貌が変わっていた
青と銀のチェックのタキシード姿に
同じ柄のシルクハットと真っ黒のステッキを持った
マジシャンの様な服装に変わっていた
『どう?……似合う?……」
「……何を基準に………」
『失礼だなぁ……僕の正装だよ?……』
大夢は
ただ呆然と目の前の光景を見つめていた
考えていない訳ではない
単純に思考が追い付かないだけだ
これが悪魔?……ぬいぐるみ、の様な………
『見た目はぬいぐるみかもね?……
どお?……この服カッコイイでしょーっ…』
驚く大夢
それもそのはず
今のは言葉に出していない
そして気付いた
ニヤリと笑う悪魔の口元が
全く動いていない事に
「………俺の心が読めるのか?……
それにそっちの声も…‥直接頭に流れ込んで来る様な……」
『うん、丸分かり………
君が今何を思い……どんなエロい事考えてるのかまで……』
「ダメだ…‥これは疲れてるな………」
『大丈夫だよ~……現実現実……
君の予想通り、この声は直接君の頭に語り掛けてる……
他の誰からも聞こえないから安心しなってぇ~……』
その時、病室の扉が開く音が聞こえて来た
大夢は慌てて悪魔を鷲掴みにすると
自分の背中に押し込み、隠した
『ふぎゅっ!!』
「黙ってろっ!!」
病室に入って来たのは巡回中の看護師の様だ
「どうかなさいました?……」
どうやら廊下にまで聞こえる程
声のボリュームが大きかった様だ
大夢は落ち着いた体を装いながら答えた
「いっ、いえっ!!何も……ただの独り言ですから……」
『実はスマホで変な動画見てっ……うぎゃっ!!』
入って来た看護師は
大夢の挙動を見てかなり疑いながらも
一先ず大夢の話を了承した
「はぁ、そうですか……個室ですけど……
他の患者様もいるので、なるべく静かにお願いします…」
「すいません……お騒がせして……」
看護師は大夢に軽く一礼すると病室を後にした
看護師が病室の扉を締め切ると
背中からまた声が聞こえてきた
『ね?……言った通りでしょ?……』
「アホかっ!!」
思わずツッコんでしまったが
慌てて口元を手で隠した
軽く咳払いをしながら心を落ち着かせる
……やめろ………心臓に悪い……
お前の声は本当に聞こえないんだな……
『おっ、さすが……順応が早い早いっ……』
小さな悪魔は大夢の背中でポンッと姿を消すと
再びポンッと膝元に姿を現した
大夢は、ため息混じりに考えを続ける
悪魔に褒めて貰っても……嬉しくない……
『またまたぁ~……ツンデレだなぁ~……』
……何しに出て来たんだ?……
いい加減本題に入れよっ……
『え~っ……もっとお話ししたかったのに~っ……』
茶化すな……お前が土壇場で裏切ったの……
忘れてないからな……
大夢の言葉に
小さな悪魔は黙ってしまう
思わぬ反応に少し戸惑ってしまう大夢
あれ?……気にしてたのか……
『いいや?……全然?……』
惚ける悪魔に諦めが付いたのか
大夢は小さく呟いて、言葉を考えた
「そうか……筒抜けだったな……」
よしっ……考えながら喋っても意味ない……
思うままに話そう……
『何の決意さ……本当に順応早いなぁ………
まぁいいや……今回出てきたのはさ~……
君にお願いがあって来たんだ……』
お願い?……
『君の身体に住まわせてよっ……』
「はぁ?……」
突然の提案に大夢の目は点になる
思わず口に出してしまう程に
小さな悪魔は畳み掛ける様に質問を続けた
『さぁっ、イエスかハイかっ!!』
どっちも一緒だろうがっ!!……
どういう事だ……ちゃんと説明を……
『時にはノリも……』
ちゃんと説明しろっ!!……
『僕、子供だがら……』
せ、つ、め、い、を、し、ろ………
『ぶぅ~っ………分かったよ~……』
大夢の喝に観念したのか
不貞腐れながらも小さな悪魔はゆっくりと語り始めた
『僕達悪魔は人の心から産まれるんだ……
恐怖、狂気、愛情、憎悪……様々な感情から産まれる………
というよりかは創り出される感じの方が近いかな?……
僕達に実体と呼べるものは無くて……
簡単に言えば空気みたいに漂って人の心の隙間に巣食う……
人から人へと乗り移りながら僕達は生きているんだ……
まぁ、例外もあるけどね……』
…………インフルエンザみたいなものか……
『いや、菌と一緒にしないでよ……』
似たようなもんだろ?………
………待てよ?……という事は……あの時の……
この話を聞いた時
大夢には思い当たる節があった
今の自分の症状と感覚に、近い人物に合ったことがある
あの放火魔か?……
大夢は
あの寝不足の放火魔を捕まえた時の事を思い出していた
『そうだよ………
僕のやり口は能力を見たら分かると思うけど……』
………なるほど……酷いな……
『ありゃ?……』
この悪魔の能力は幻覚を創り出すこと
それは自分が身を持って知っている
大夢の推理はこうだ
第一段階で夢の中に毎度現れ
まずは精神的に追い詰めていく
寝不足や精神的な不安を夢から煽り
現実世界では幻覚の能力を使い
夢と現実をごちゃ混ぜにしてしまう
あたかも夢であるかの様に
現実で幻覚を見せ、更に精神を追い込む
現実世界で見知らぬうちに起こる出来事に
心が崩壊した時、心を乗っ取る手順だ
『……察しが良過ぎて気持ち悪いんだけど……』
気持ち悪いは余計だ……で?…話を続けろ……
『まぁ、僕だって誰でも良いってわけじゃない……
面白そうな人を選んで乗り移ってる……
その方が張り合いあるしね~……』
……面白いって……なんの基準だよ……
『ん~……勘?……』
勘って……何が選んでるだ……適当じゃないか……
『でも、良く当たるんだよねぇ~僕の勘って……
実際当たってたし………
僕から夢の中で2週間近く逃げ切ったのは君が初めてだ……
忍耐力、精神力、想像力、柔軟性……
いや~、面白かったなぁ……あの鬼ごっこは……
………ねぇ、またやろ?!!………』
やらん……話逸れてるぞ……
『そういうとこは固いなぁ~……』
で?……人から人へと乗り移れるお前が
なんで一箇所に留まる必要がある……
乗っ取るまで出れないとかそういう条件か何かか?……
『………そんな軽い理由じゃないよ……』
言葉を詰まらせ、そう反論した小さな悪魔
次の瞬間
膝から崩れ落ちる様に両手両膝をベットの上に着き
落胆した表情を見せた
『なんであの時出しゃばっちゃったかなぁ~っ……
大人しくしてればなぁ~っ……』
ひょうきんな姿からのあまりの豹変ぶりに
大夢は驚いている
………なんだ、いきなり……
『あんなとこに天使が居るとは……普通思わないじゃん……』
またしても現れたパワーワードに
今度は大夢が崩れ落ちてしまった
『あれ?どうしたの?……』
大夢は
頭を抱えるばかりである
お前の事だけでも……頭の中いっぱいだってのに……
……次は天使と来たか……この世は一体どうなってるっ……
小さな頃から過ごしてきたこの現実は
今まで想像した事のない事実に溢れていた
まさか、こんな空想上の存在が
今、目の前に存在しているこの現状
ましてや、まだ他にも存在する可能性
大夢の天才的な頭脳でも
整理が追いつかないのであれば、誰がこれを整理できるのか
同じく落胆する大夢を見て
小さな悪魔は答えた
『まぁ、人生いろいろあるって……
細かい事気にせず………』
ちょっと待てよ?……
『へ?……』
だが、そんな悪魔を尻目に
順応性が高いのも大夢の特徴
近くに天使が居たとなれば……まさか……
『切り替え早くない?……』
この小さな悪魔の言う事を信じるとしたら
辻褄が合う人物は1人しか居ない
…………月咲が天使?……
『あっ…あれ?……』
どっちかと言えば悪魔の方が……
『そういう問題なんだぁ……君にとっては……』
……なるほど……大体察しがついた……
月咲が天使だと仮定すれば
目の前で起こったあの惨劇が嘘ではないと思えてくる
摩訶不思議な出来事が目の前で起こっているのだ
瀕死の状態であった人間が
健康な状態に戻っていても不思議は、ない
……いや、あるわっ!!……
………良いのか?……そんな事がこの世に存在して……
大夢は危惧している
死の瀬戸際に居た人間が、あの一瞬で健康状態まで回復する
今の医学からは想定すればあり得ない状況
それを身近な人物が秘めている可能性がある事実
これが世に広まりでもしたら、と
…………いや、今は不確定要素が多過ぎる………
ここでも切り替えの速さを見せつけた大夢
目線を目の前の小さな悪魔へ向けた
………お前は、その天使とやらの力によって……
俺の身体から出られない訳か……
『説明少なくて助かるけどさ……
……本当……なんなの?君………』
小さな悪魔は軽く引きながら
頭をポリポリと掻く仕草と共に
今度はつぶやく様に答えた
『で、どうなの?……君の返事は……』
………どうって……
悩む大夢に
小さな悪魔は大手を振って演説を始めた
『君のその天才的な頭脳と僕の能力があれば
なんだって君の思い通りさっ!!……
使い方によっちゃ、何もかもが思うがままだよ?……』
そう語る悪魔の顔には
淀みのない純粋な笑みが見えた
『どうだい?……ワクワクしないかい?……
君は今、人智を超えた力を手にしたんだよ?……
こんな世界に居たって、苦しい事ばかりだろ?……
僕と一緒に自由に遊びつくそうよっ!!……』
キラキラした瞳で、話を締め括る小さな悪魔
その言葉は実に純粋で
とんでもない悪意が込められていた
大夢はそんな悪魔を見つめながら少し考え込む
だが、すぐに気づいた
そうか、この思考も筒抜なら…‥考えるだけ無意味か……
そうだな……それも良いかもしれない……
『お?……案外君も乗り気でっ……』
俺は決めたぞ……お前の価値観を変えてやる……
前文からは予期出来ない答えに
悪魔の目が点になっていた
驚く悪魔を尻目に、大夢は持論を続ける
確かに人間は、ちょっとした事で揺らぐ簡単な生き物だ……
……でも……それが人間だと思っている……
お前と一緒だ……
『何言って……僕は悪魔だよ?……人間の道理なんか……』
関係ない……お前は今、俺の目の前にいる……
口は動かないものの
目線はしっかりと悪魔を見つめていた
お前は人間そのものを否定するが……
俺はそうは思わない………
考え方によってはよく出来た世界だとも思ってる……
お前の中にあるその歪んだ人間感を変える……
今、俺がしたい事をそう決めた……
純粋な瞳で目標達成に向け
意を決した大夢の言葉に、嘘偽りは無い
心を読めるからこそ
その言葉の信憑性は増すばかりだ
悪魔は小さく笑い
大夢にも聞こえない心の中で呟く
フフフッ…僕の価値観をねぇ~……
悪魔相手にそんな事言い出したの君が初めてだよ……
………やっぱり僕の勘は鋭いねぇ……
悪魔の表情に不信感を覚えた大夢が顔を覗かせる
どうした……ニヤニヤして……
『……何でも?……
どう君で遊んで行こうか楽しみなだけさ……』
小さな悪魔はそう言うと片膝を着き
シルクハットを脱ぎ、胸へと当てると
英国紳士の様に大夢へお辞儀をした
『僕の名はメフィストフェレス……
これからよろしくね!!……』
悪魔と普通に会話する自分に今更驚きながらも
大夢は手を差し伸べた
俺の名前は菊地 大夢だ……
……呼び方は何でもいい……
『じゃあ……変人?……』
おまっ!!……何でそうなるっ……
『ハハハハハッ!!…だって……
君の周りの人間が口を揃えて言うもんだからさぁ~っ……
実際そうだし………』
どこがだっ……ごくごく普通の一般人だろ……
『わかったよ………大夢……』
悪魔はそう言って大夢の手を取った
ふと大夢も呼び名で思い出す
メフィストフェレスって長いし……メフィで良いか……
『いきなり何それ……適当じゃん……』
じゃあ……デビルマジシャン……
いや、ブラックデビルマン……
『それは絶対イヤっ!!………』
わがままな奴だな……
大夢の恐ろしいネーミングセンスを
目の当たりにしたメフィはすぐに提案を却下した
いつの間にか打ち解けた2人の脳内会議は
深夜遅くまで続いたのだった




