〜始まりの日22〜
真っ暗な世界が、辺りに広がっている
どこを向いても何も見えない
それもそのはず
瞼を閉じているのだから
大夢は、重くのしかかった瞼を開いた
………まぶしっ……
そこから新鮮な陽の光が差し込んだ
陽の……光?……
太陽の光だ
それはあの時から時間が経っていることを暗示している
目が光に順応するまで数秒かかった
段々と目が慣れ
周りの景色を視認出来るようになっていった
真っ白い天井
心地よい風が吹き抜ける窓
それに靡く白いカーテン
大夢は、すぐに病室だと気付いた
俺は……どうなったんだ……
上半身を起こし
辺りを見回すが人の気配は無い
生きて……るよな?………
死後の世界にしては現実的過ぎるし……
大夢がいつもの思考タイムに入っていると
廊下の方から声が聞こえて来た
「私っ!!今日からここに泊まるからっ!!……」
「落ち着け愛夢……
医者も言ってただろ?命に別状はないって……
大夢の事だ……
きっと夢の中で考え事してるに違い無い……」
聞こえてきた声から、両親だと気付いた
…………父さんと母さんの声……
大夢の読み通り病室へと入って来たのは
父・大誠と母・愛夢だった
愛夢は起きている大夢の姿を見るなり
手に待っていた買い物袋を落としてしまった
「……ひっ……ろむ……」
驚き固まる愛夢
しかし、次の瞬間には愛息子に飛び付いていた
ベットの上で慌てて受け止める大夢
「うぉっ!!……」
「あぁ~ぅ~っ!!……び~ぼ~む~っ(大夢~)!!
いぎでだぁ~っ(生きてたぁ~)!!」
「………痛いっていきなり……」
腕の中で泣きじゃくる愛夢は自分の身体を起こすと
大夢の身体をジロジロと見つめ出した
「どごもげがない(どこも怪我ない)?!!……
いぎでる?いぎでるよねっ!!………」
「大丈夫だよ……ちゃんと生きてる……」
起き掛けの大夢の身体を激しく揺さぶる愛夢に
後ろに立つ大誠は気が気ではない
「母さん、大夢は起きたばかりだぞ……
そんなに強く揺すったら……」
「やだぁ!!やだぁ!!……離れない~っ!!」
まるで駄々をこねる子供の様に
愛夢は大夢を抱き締めていた
ついさっきまで眠っていたのだ
それにいつもより身体が重く感じる
大夢も正直に答えた
「痛いって母さんっ……本当に……」
「い~や~だぁ~っ!!」
一先ず、駄々をこねる愛夢を落ち着かせた大夢
大誠に目を向けた大夢は
状況確認に入った
「何で俺は病室に?……」
「覚えてないのか?………
……仕事中、突然倒れたって連絡があって……」
気絶?……仕事………!?………
隼人さんか……あの後、上手く話を……
状況整理をしていると
あの時の情景が次々と思い浮かぶ
この時、大夢は大切なことを思い出した
「そうだ、月咲……月咲はどうしたっ!!」
「え?……」
大夢の突然の挙動に驚く2人
戸惑いを隠せない2人に、大夢は気が気ではない
「……はっきり言ってくれ………」
「…………それは……」
大夢の質問に顔を見合わせる2人
その表情は晴れやかなものではなかった
…………やっぱり……そう……なのか……
流れる数秒の沈黙
大夢は覚悟した
今でも思い出す、腕の中に居た月咲の感覚を
その時感じた、自分の無力さも
重苦しい空気の中、愛夢が口を開いた
「大夢………
そういう事はもう少し大人になってからだと思うの……」
「…………………はぁ?……」
意味の分からない返答に、返す言葉が見つからない
いくつか覚悟していた
認めたく無い現実でも
一先ず受け入れようと覚悟していたのだ
愛夢の言葉に疑問しか浮かばない大夢
それに対し、愛夢と大誠の話は進んでいく
「どうしましょうお父さんっ……
大夢ってば知らない内に大人にっ……」
「母さん……これが成長というやつだ……
いいじゃないか、もう高校生なんだ……
婚約者の1人や2人出来てもおかしく……」
勝手に飛躍していく2人の会話
それは余計に大夢を混乱させる
「なんの話を……月咲は生きてるのか?……」
焦っている自分と、そうでは無い両親
その温度差に大夢は困惑していた
目の前に居る2人の頭にも
ハテナマークが浮かんでいる
……どういうことだ?………
噛み合わない会話に
いつも以上に苛立ちを覚える大夢
「だからっ……」
大夢が言葉を投げ掛けた時
愛夢は笑顔で答えた
「何言ってるの~っ、大夢~………
月咲ちゃんなら元気いっぱいよ?……」
愛夢の拍子抜けする様な声色
ただ、確かに今元気だと言った
大夢の頭でも状況整理が追いつかない
あの時確かにこの目で見た
腕の中で力尽きた月咲を
確かに感じた
あの腕の感覚を
大夢を尻目に
大誠も同じ様な声色で答えた
「毎日お見舞いに来てくれてたぞ?……
退院したらちゃんとお礼言っておくんだぞ……」
毎日って……あいつは……
ここで更に疑問が浮かんだ
毎日と言う言い回しから
あれから数日が経っていることが判明した
そして1番は、月咲が生きていて
あの日からすでに何事も無く生活しているということ
到底理解できない事ばかりだが、段々と状況は掴めてきた
だが、そんな大夢を置いて
愛夢は思いついた様に語り出す
「そうだっ!!看護師さん呼んで来なきゃっ!!……
目覚めたんだし早く診てもらわないとっ!!」
話の最中ではあったが
自由人は病室を飛び出してしまった
突拍子もない行動に
止めるタイミングを見失ってしまった
深いため息を付き
愛夢を呼び止めるのを諦めた大誠は
大夢の方へと向き直った
「………大夢……」
だが大夢は他の事で頭がいっぱいだ
「暑苦しいのなら後にしてくれ……今、状況整理で……」
「少しだけだ……聞きなさい……」
「……」
いつになく真剣なトーン……
大誠の真面目なトーンに
思わず話に引き込まれてしまった
大誠は目を合わせるとゆっくり口を開いた
「……父さんと母さんを頼りなさい……」
大誠が言ったのは、この一言だけだった
だが、その目と言葉には妙な説得力があり
すべてを見透かされている様に大夢は感じた
熟練の弁護士ともなると
ここまでの存在感を出せるのかと
大夢は少し驚いていた
「どっ……どうした?急に……」
「いや、何でもない……
父親らしい事……言ってみたかっただけだ……」
大誠はそう言って立ち上がった
「どこ行くの?……」
「ん?……母さんを探しにな……
慌ててる時の母さんは何を仕出かすか……」
言葉の最中、廊下に響き渡る悲鳴と騒音
「………手遅れだったか……」
大誠は立ち上がった後
軽く頭を掻くと言葉を続けた
「父の事だ……危険な仕事を
大夢に回すような事しないと思うが……
周りが何て言おうと、自分の安全を第1に考えなさい……」
いつになく真剣な表情、真剣な口調
威厳ある風格に大夢は思わず
納得されられてしまった
「………分かったよ……」
いつも物静かで愛夢に振り回されてばかりの父
そんな姿ばかりを見ていた大夢だったが
今は自然とその言葉を受け止めていた
大誠は振り返り
病室の出入り口に向け、歩き出しながら呟く
「後、この5日間で色んな人が来た……
ちゃんとお礼言うんだぞ?……」
「そうなんだ……
5日?!!……俺は5日間も寝てたのか?……」
「……そうだ………まぁ、本当に目が覚めてよかった……」
良い台詞を残し
部屋を後にしようとした大誠だったが
ここで大夢から、思わぬ反撃に合った
「父さん……ちゃんと仕事行ったよな……」
ピタッとその場に立ち止まる大誠
少し間を開けて答えた
「………事務所の部下は優秀だから……」
「ちゃんと謝っときなよ?……
どうせ何にも連絡して無いだろ……」
父の行動を見透かす様な言動だが
どうやら図星の様だ
「………怒られる……よな?……」
「当然……5日も居なくなるとは思ってないでしょ、絶対」
「だよな……」
そこから先
病室を後にする大誠の足取りは重く見えた
その背中を見て、大夢は思う
………頼り甲斐が……あるんだか、ないんだか……
父親の意外な一面を見れたので、一先ずチャラにしておこう
この後、数時間の時が流れた
大迷惑を起こしながら愛夢が呼んだ医師に
状態を診てもらった
主な原因は不明だが
寝不足と過度の精神的疲労から来る
過労に似た症状ではないか、との医師の診断が下りた
結局、今日1日は大事を取って入院
明日、退院する形となった
病室ではまた
愛夢と大誠の攻防が繰り広げられていた
「私は絶対泊まるからっ!!」
「いい加減諦めろ……帰るぞ……」
「嫌だぁ~っ!!」
泊まる泊まると駄々をこねていた愛夢を
大誠が何とか連れ帰り、病室は静かになった
それから夕暮れ時まで、大誠の言葉通り
大夢の目覚めを聞いた知人が次々とお見舞いに来た
まずは刑事の笠原さん
意外と涙脆いのをここで初めて知った
結構心配してくれてたみたいで
ちょくちょく顔を出してくれてたのだそう
次に来たのが菊地探偵事務所の面々
みんな回復を喜んでくれてたけど
じいちゃんだけは若干申し訳なさそうな顔をしていた
そこで聞いた話だが
どうやら隼人さんの右腕にはヒビが入ってたみたいで
同じ病院の6階に入院してる様だ
ちなみに俺は3階
みんなのお見舞いの後
すぐ隼人さんと連絡を取った
色々話をして分かったのが
気絶して以降は、どうなったかは覚えてないらしい
隼人さんが目覚めた時
公園の真ん中に俺、月咲、天秤
その3人が気絶してたそうだ
他の事務員には
天秤に蹴られて気を失うところ
までを報告していたみたいで
信じられない出来事ではあったが
一応報告として他のみんなは受け取っていた
この一連の事件について、自分の口からも報告した
もちろん、隼人さんが気絶した後の
あの不思議な出来事の事は、言える訳ないが
天秤が二重人格である事
暗示による効果かは定かでは無いが
2人目の人格は人並外れた運動能力持っていたこと
それは隼人さんの報告通りに
自分も合わせて報告した
夕方になる頃
学校終わりの隆治達がお見舞いに来てくれた
そこに月咲の姿は無かったが
久しぶりに聞いた学校での話題やみんなの話を聞くと
少し元気が出た
明日、退院後に遊ぶ約束を交わし
隆治達は帰路についた
そんな1日はあっという間に過ぎて行き
窓から見える空は夜空に、そして綺麗な満月が昇っていた




