〜始まりの日19〜
一方の大夢は
現れた拳銃をジロジロと見つめていた
………本当に………出た……
子供の声に従って、頭でイメージしてみた
手に、拳銃を持つイメージを
何のラグもなく、大夢の手に拳銃は現れた
また頭の中に子供の声が流れてくる
『いいねぇ~……僕の教えた通りだ…』
「…………なんで誇らしげなんだ……」
子供の声と会話を続けていると
背後の草陰から物音が聞こえた
物音に気付いた大夢が振り返ると
そこには草陰から飛び出して来た天秤の姿が
もの凄い勢いで接近してきている
大夢は慌てて天秤の方へ拳銃を向けた
だが、それが天秤の狙いだった様だ
大夢が突き出した拳銃に合わせて
繰り出される蹴り
まず、武器を奪い取る考えの様だ
しかし、またしても
天秤に予期せぬ事態が起こった
大夢が突き出した拳銃へ
銃口辺りを狙った完璧な蹴り
完璧なタイミングで、虚を突いたはずだったのだが
繰り出した蹴りが
突き出したその足が
そこにあるはずの拳銃をすり抜けて行ってしまったのだ
『ナッ!!……』
あるはずの物が無い
何の手応えも無く通り過ぎて行った自分の足
思っていた感覚とズレがあり
軽くバランスを崩してしまった
その最中
また、マジシャンの様な軽快な破裂音が
大夢の方から聞こえてきた
音に反応し
なんとか崩れた体勢から大夢の姿を見据える
見えたのは
右手に握られていた3つの手榴弾だった
『コンドハ……ナニヲ……』
体勢が崩れ、即座に反応できない
考える間も無く
自らの周囲に、軽く手榴弾が投げ捨てられた
ゆっくりと、宙を漂う手榴弾
即座に、爆発した後のイメージが脳裏に浮かんだ
危機的状況に
周囲の感覚が凝縮されているのがはっきりと分かる
反射的に身を縮め
今できる最善の防御策を取った天秤
手榴弾は数秒と経たず
天秤の周囲で起爆した
天秤は死を覚悟したが
冷静に状況を振り返った時、ふと1つの可能性に気づいた
次の瞬間、それは確信に変わる
起爆した手榴弾は、ただの煙幕の様で
起爆音とは裏腹に大量の白煙を周囲に撒き散らした
『コレハ……ゲンカク、カ……』
最初の威嚇射撃、すり抜けた拳銃
何も無い所から突然、手品の様に物が現れる現象
物理的なダメージではなく、目眩しの煙幕
大夢の行動から
天秤は、今見ている光景は幻覚であると分析した
ただ、幻覚だと推論できたとは言え
周囲に飛散した大量の白煙が
大きく視界を遮っているのは確かだ
次の攻撃を予測し、辺りを警戒する天秤
『ワカッテシマエバ……
ホンタイダケニ、チュウイスレバイイダ……ケ……!?……』
真っ白な視界の中
冷静さを取り戻しつつある天秤
だが、それをさせまいと
矢継ぎ早に予期せぬ事態が起こった
『ナンッ!!……ダ……』
天秤の視界には異様な光景が写っていた
視界に広がる煙の中から現れたのは
同じ顔、同じ姿をした6人の大夢
6人それぞれが多方向から
ナイフ片手に、同時に姿を現したのだ
眼前に広がる異様な光景
例え幻覚だと理解していても
予期せぬ奇襲に驚き、反応の遅れる天秤
同じ姿をした人間が
突然目の前に6人も現れることなど
現実ではありはしない
即座に反応できないのも、当然と言えば当然のこと
目の前の6人の大夢に気を取られていると
今度は背後から気配を感じた
だが、振り向く前に激しい電撃音が流れた
『ウッ……シロ…ニ……』
首筋に伝わる痛み
ギリギリの所で意識を保ちながら
背後を振り返った天秤
そこには先程のスタンガンを片手に
背後に立つ大夢の姿があった
天秤はその場にゆっくりと膝を着き
地面に倒れ込んでしまった
身体が痺れていうことを効かない
いうことを聞かない身体を諦め
なんとか動く顔だけを背後へ向け
スタンガンを片手に悠然と立つ大夢を見据えた
『クッ………ソッ……』
「凄いな……電圧最大にしたんだぞ……」
首に当てた最大出力の電流に対し
辛うじて意識を保っていた天秤
それを見て、淡々と言葉を述べる大夢
つい数分前に見ていた光景とは真逆の立ち位置になっていた
天秤は力無く語る事しか出来なかった
『ソノ…カオノモンショウ………
オマエニモ……アクマガイタトハ……』
天秤の呟きに
大夢は慣れた様に右手に手鏡を創り出した
紋章?……悪魔?……
ポンッ!!
右手に現れた手鏡で自分の顔を写し出してみる
鏡の中の自分に、素直に驚いていた
「何だ?……この青白いペイントは……」
手鏡の中に写し出された大夢の顔には
右目の上部に大きな星マーク
左目の下部(頬骨部分)に3つの涙マークが現れていた
顔の容姿だけ見れば、ピエロメイクそのものだった
ジロジロと手鏡を覗いていると
また頭の中に子供の声が流れて来た
『………似合ってるよ?……』
「……これ、消えないのか?……」
『大丈夫……もう、消える……』
声の通り、顔のペイントは数秒後
スーッと消えていった
「この変なのも……お前のせいなのか?……」
『変とは失礼だなぁ~……可愛いでしょ?……』
「フェイスペイントなんて、趣味じゃない……」
『まぁまぁ、それにしても君には恐れ入ったよ~……
僕の力が幻覚だと、すぐに気付くそのカンの鋭さ……
それを考慮した上で、敵を欺くまでの想像力…
僕の見込んだ通りだ〜っ……』
「欺くって……必死だっただけだ……」
一連の攻防を振り返る
大夢がイメージした通り、右手に拳銃が現れた
しかし大夢は
拳銃を持ったその手に違和感を感じていた
頭の中でイメージした通り、確かに拳銃は現れた
だが、手に持つ拳銃に質量を感じなかったのだ
その時点で、大夢の中に1つの推論が浮かんだ
これは、幻覚の様なものではないかと
更に、確証を得る為
一発、威嚇射撃を地面に向けて撃ってみた
すると、銃弾の着弾点に銃弾の痕跡が無かったこと
音や映像はリアルそのものだが
実弾の様な反動を感じなかったこと
これが、この推論を決定付ける
決め手になった様だ
一通りの会話を終えると
痺れて動けない天秤の方へ注意を向けた
動けない天秤の両腕を後ろ手に組むと
手錠を使い取り押さえた
「お前を精神科病院に連れて行く……
もう手配は済んである……」
手錠を掛け、身柄を拘束し終えた大夢
当初の予定では
隼人に病院まで付き添ってもらう手筈だったが
…………あれは………無理だな………
奥で伸びている隼人を見て
それも叶わないと判断
直接、連携先の病院へ連絡を取ることにした
取り押さえた天秤に動きがない事を確認
スマホを取り出し、画面を覗き込んだ
だがその時
覗き込む液晶画面に、一滴の雫が垂れ落ちた
………ん?……
鼻筋を伝う妙な違和感に、そっと鼻下を指でなぞってみた
ゆっくり離した指には
真っ赤な血がべっとりと付いていた
鼻血?……
その時初めて、自分が鼻血を流していた事に気付いた
気付いた途端、視界がひどく揺れ動く
船酔いに似た感覚だ
………気持ち悪っ……
『当たり前じゃないか~っ……
何のリスクも無しに
こんな便利な力が使えるとでも?……』
………力?……
子供の声の忠告
顔のペイントが消えてから
徐々に徐々に身体への影響が出始めてきた
今思えば、そうかもしれない
平然とこの力を使いこなした大夢
それはこの1週間
夢の中の鬼ごっこで鍛えられた想像力
それを形にする創造力
その経験があったからだと言える
だが、よくよく考えると
この力は明らかに人智を超えた能力だ
自然現象の蜃気楼でもなければ
化学的に作り出したホログラムでもない
化学でも証明できない事象に
リスクが生じないとも限らないことは明白
危機的状況だったので
大夢もそこまで頭は回らなかった様だ
………こんな訳の分からない力………
……普段じゃ絶対信じないのに……
船酔いの様に揺れ動く視界に
鼻血の出し過ぎで貧血なのか
頭がボーッとする
自ずと身体に力も入りずらい
すると、その隙を突き
押さえつけ、痺れで動けないはずの天秤が動き出した




