〜始まりの日17〜
大夢の身体の上で痛がる隼人
「いってぇ~っ……」
下敷きにされた大夢にも痛みはある
しかし、それ以上に、驚きを隠せないでいた
「……あっ、あり得ないっ……
片手で人間投げ飛ばすなんて……」
大夢は隼人を退かしながら起き上がる
天秤へ視線を向けると
すでに立ち上がっていた天秤は
投げ飛ばした右腕の動きを仕切りに確認していた
身体の動きを確かめている様にも見える
天秤の様子を観察していると
近くから隼人の声が聞こえてきた
「おいおい……
人格変わると、腕力も変わんのかよ……」
驚いているのは
大夢だけではない様だ
「そっ、そんな事は………暗示の類いでしょうか……」
……でも、精神論でどうにかなるレベルじゃ……
あの細い腕に、ここまでの腕力があるとは思えない…
想像を超える出来事に
隼人と大夢は戸惑っていた
そんな中
腕の動作確認を終えた天秤が動き出した
スルスルと左手の裾から
先程と同じナイフがもう1本姿を見せる
大夢は思った
……あの子、俺をどうする気だったんだ……
表の人格の方にも強い疑念を抱いていると
天秤が再び、襲いかかって来た
まだ、状況の整理が追いつかず
呆然と立ち尽くす大夢に対し
隼人は天秤の動きに瞬時に反応した
「それ貸せっ!!大夢っ!!……」
大夢から特殊警棒を奪い取ると
すぐさま臨戦態勢に入った
天秤のしなやかな身体運びから繰り出される
ナイフの連撃
その素早い攻撃に対し
隼人は特殊警棒を器用に駆使しながら応戦していた
2人の攻防の最中、ゆっくり距離を取る大夢
しかしその目には
隼人が押されている様にも見えた
………隼人さん……
時折、周囲に響き渡る金属音
攻防の激しさが伝わって来る
隼人は天秤の連撃をいなし
反撃の機会を伺っていた
くそがっ!!……動き早過ぎだろっ……本当に女か?……
……でも、ナイフ運びは素人だなっ!!……
攻防の最中
天秤が突き出した左手のナイフ
その動きを見切った隼人
下から特殊警棒でナイフを腕ごと弾き飛ばした
真夜中の公園
宙に舞うナイフ
街灯に照らされ、刀身がキラリと光る
だが、天秤の猛攻は止まらなかった
飛ばされたナイフには目もくれず
繰り出されたのは左足の回し蹴り
しかし、隼人の方も焦りの色は無い
……甘いな……ガードして、捕まえて終わりだ……
右腕を折り畳み、ガード体勢に入った隼人
だったのだが
ふと、先程の光景が頭を過った
片腕で放り投げられた、あの光景が
まずっ……
嫌な予感は的中した
繰り出された左足が腕に触れた瞬間
車に跳ねられた様な衝撃が襲い掛かってきた
次の瞬間には
隼人の身体は隣のベンチを薙ぎ倒し
奥の草むらへと突っ込んでいた
目の前で起こった事実に
後ろで見物していた大夢の思考は追いつかない
………あの体格差で……
蹴りで人間を吹っ飛ばすなんて……有り得ない……
「隼人さんっ!!……」
隼人を蹴り飛ばした天秤が目に入る
どこか満足げな顔をしているように見えた
天秤は蹴り飛ばした足の動きを
簡単に確認し終えると
今度は視線を大夢へと変えた
『オマエハ……ドウタノシマセテクレル?……』
向けられた視線
そこから感じる純粋な殺意
大夢の足は
自然と恐怖で後退りしていた
………ヤバイ……
あんなの俺がどうこう出来るレベルじゃ……
一粒の冷や汗が、頬を流れた大夢
その時だった
突然、大きな音と共に
ひっくり返っていたベンチが宙を舞った
振り上げられた足と共に、現れたのは隼人
「クッソ!!いてぇなぁ、おいっ!!……
折れてんじゃねぇかっ!!………」
ベンチを蹴り上げた足と共に
隼人が起き上がって来たのだ
右腕を押さえたその顔は、怒りに満ちている
「てめぇ、女だからってもう容赦しねぇ……
バイクに結び付けて、その辺引きずり回してやるっ…」
隼人の復活に喜ぶのも束の間
無駄に恐ろしい言葉を並べる隼人に
大夢は思わず言葉が漏れた
「隼人さん、口調っ!!…江戸時代ですかっ!!……」
草むらから飛び出した隼人
天秤に向かって走り出すと
感情任せの左ストレートを繰り出した
だが、隼人の動きを完全に見切っているのか
天秤はフラッと身体を後ろへ倒し
それをギリギリで見切り躱す
躱したと同時に
無防備になった隼人の顎に
上段蹴りをお見舞いした
クリーンヒットした蹴りに
顎が揺れ、ふらつく隼人
意識が飛び掛けながらも、何とか立っていたのだが
最後のトドメとばかりに
その背中に振り上げた足で綺麗な踵落としを食らわせた
地面に叩き付けられ、動かない隼人
その顔を踏み付け
天秤は笑っていた
『ミギウデヲ、ツカエナイオマエニ……
モウキョウミハナイ……』
気を失っているのか
地面に倒れて動かない隼人
天秤は次の獲物を見据えていた
大夢へとゆっくり近づいていく天秤
大夢は
ゆっくり迫り来る天秤を見据えてはいたものの
その場から動けないでいた
………どっ、どうする……一撃で骨を折る程の蹴り……
……あんなの喰らったら…
とりあえず、身構えてはみたものの
対抗策など思い付く筈もない
そこからは、一瞬の出来事だった
一気に距離を詰め寄られたかと思えば
気付けば激しい蹴りが腹部にクリーンヒットしていた
何の抵抗もできないまま
大夢の身体は一瞬宙を舞う
いつの間にか
後方へ吹き飛ばされながら、夜空を見上げていた
空中に漂うのは奪い取っていたナイフ
それが地面に落ちる頃
大夢の身体も地面に叩き付けられていた
仰向けに倒れる大夢は
呼吸すらままならない状態だった
……こんなの……人間の脚力じゃない……
痛みに悶え、蹲る大夢に
天秤がゆっくりと近づいていく
道中、大夢が落としたナイフを拾うと
ニヤリと笑った
『コレダヨ……
コノカンカクヲ、マッテタンダッ……』
天秤はナイフの切っ先を大夢へ向け
倒れて動かない身体に跨った
ギラリと光るナイフ
真上にあるナイフを見て
大夢の心は大きく揺れていた
……俺は……殺されるのか………
死んだらどうなるんだ?……
動かない身体
向けられた殺意とナイフ
そんな時だ
どこからともなく声が聞こえる
『面白い物見せてあげよっか?……』
………え?……
死を受け入れようとしたその時
突然、子供の様な声が頭の中に聞こえて来た
眼前には迫り来るナイフ
しかし、次の瞬間
ナイフを持つ天秤の手に異変が起こった
ポンッ
軽快な爆発音と共に、天秤の手元を包む白い煙
まるで、マジシャンが手品でもするかの様なポップな煙に
天秤の動きは固まり、視線はそこへ釘付けとなった
ポップな煙はすぐに晴れた
『ナンダ?……コレハ……』
煙の中から現れたのはナイフでなく
一輪の白い薔薇
握っていたはずのナイフが
白い薔薇へと突如として姿を変えてしまったのだ




