〜始まりの日14〜
聞き耳を立てていた天秤
気になってきたのか、小さく質問を返した
「………別の理由って?……」
「あの時、依頼を受けた時点では憶測の域だったが…
後から送られて来た事件現場の状況写真と目撃情報…
それにより、ある仮説が浮かんだんだ……
仮説に至るまでの理由は4つ……」
大夢が掲げた4本の指
その一つがゆっくり下がっていく
「まず1つ目は、お兄さんのスマホ……」
折れ曲がると同時に質疑応答が始まった
「お兄さんは……
スマホを置いて家を出られたんですよね?……」
「……そうですけど……」
「なんでだと思います?……」
「そんなのっ…………気まぐれとか……」
「まぁ確かに、気まぐれもあるでしょう……
が、簡単な理由を挙げるなら……
目的地が近場で短時間で家に戻るつもりだった場合…
もしくは、携帯を取りに行く暇がない程の
緊急事態だった場合……
このどちらかが考えられる……」
「緊急?………近場?……」
「こうは考えれませんか?……
お兄さんは、近所にある親戚の家で起きた
緊急事態に気づき、慌てて家を飛び出した……
現場付近で目撃されたストーカー事件と不審者情報…
あれがあなた(天秤)とお兄さんだとしたら……
色々と辻褄が合うことが出てくる……」
大夢の説明はある程度理解出来たが
まだまだ府に落ちない部分が多い
天秤は思わず言葉を返した
「でも、いくらなんでもそれは出来過ぎじゃ……
それに私は家に居たんですよ?……」
「確かに……時間も昼過ぎだし
少々強引かもしれない………
だが、2つ目の理由……
殺された親戚夫婦の家にあった固定電話……」
大夢はそう言うとスマホを取り出し
ファミレスで見せた殺人現場の写真を画面に映し出す
写真中央に広がる血の跡
テープで作られた人型
だが、大夢は別の場所をスクロールアップした
「返り血を浴びるほど滅多刺しにした手で
電話を掛ければ普通どうなります?……」
「……受話器に……血が付いてない……」
天秤の言葉通り
映し出された受話器には一滴の血も着いておらず
真っ白に輝いていた
大夢はまた
淡々とした口調で語り始める
「この事から、お兄さんは……
滅多刺しにする前に、電話を掛けた事になる……
殺す相手の前で、わざわざ殺害予告をした後に
犯行に及ぶとは到底思えません………
……ここで推測出来るのは……
お兄さんは首を絞めて被害者を殺害した後
警察に自主の電話を掛け……
警察が到着する寸前に死体を滅多刺しにした……
……という事になる………
到着した警官が、凶器の包丁と
お兄さんの手に付いた血を見ているそうですから
間違いありません……」
当時の現状に
どんどん辻褄が合わさっていく大夢の仮説
段々と大夢の話に引き込まれて行った
ノッてきた大夢の言葉は止まらない
「3つ目がワインセラーの室温です……
ワインを保存する適正温度の基本は14度前後……
しかし、現場のワインセラーの室温は
18度と高すぎる……
近所でも有名なワイン通のご夫婦が
こんな初歩的なミスをするでしょうか……
誰かが室温を操作した可能性がある……」
3本折れ曲がった状態の指
「殺害時刻以前の目撃情報……
不可解な殺害方法……不適切な室温……」
それぞれ3本の意を唱え
大夢は更に言葉を続けた
「この3つの状況証拠から、
さっき言った仮説が生まれました……
お兄さんは、自分を犯人に
仕立て上げようとしているんじゃないかと……」
推理のあらすじを聞かされ
困惑した表情の天秤
「その真犯人が私だって言うんですか?……
誠兄ぃは、そんな私を庇って捕まってると?…」
「はい……」
大夢はスマホをスクロールし
違う画面に切り替える
「ついでに色々と調べて貰いました……」
天秤に向けたスマホの画面に映っていたのは
真道家から親戚夫婦宅までの間にある
コンビニ前の防犯カメラ映像
そこには画面を横切る天秤らしき人物と
それを追う、誠らしき人物の姿が映し出されていた
「この映像と周辺に聞き込みをした所……
誠さんに背負われて運ばれる、
あなたの目撃証言も取る事が出来ました……」
大まかに示された3つの証拠
辻褄は合うかもしれない
大夢の推理は
大体理解する事が出来た
だが
それでも天秤には納得のいかない部分がある
「話は分かりましたけど……
そんなの私知りませんって………
………それにっ!!平日の昼間ってっ!!……
私、学生ですよっ?!!……
ズル休みなんてした事なっ……」
「そして、これが4つ目……」
天秤の言葉を遮る様に
大夢の4本目の指が動く
「10日前の5月9日(木)……
その日は少し早い創立記念日………
俺たち理高の生徒はみんな休みだ……
あの時間家に居たのは、あなたとお兄さんだけ……
お兄さんが庇える人間は、1人しか居ない……」
5月9日
大夢達が放火魔を捕まえた日
この事件は起こっていた
天秤は戸惑っていた
「そっ、そんなの……
菊地先輩が考えた仮説で……
都合の良い様にしか聞こえませんっ!!………
私がやったなんて……そんなっ!!……」
「だろうな……確かにまだ曖昧な部分も多い……
……だが、これが今回の殺人事件の真相だ……
証拠はここにある……」
そう言って大夢は
懐から1枚の封筒を取り出した
それを天秤へ手渡す
手渡された封筒を見て
天秤の心は大きく揺れた
「これって……」
「誠さんからの手紙だ……」
真剣な表情で封筒を見つめる天秤
「………この字……」
大夢は手紙をマジマジと見つめる天秤に向け
そっと言葉を添えた
「お兄さんが……
現状維持の理由をそこに綴ってくれてる……」
大夢の言葉に
封筒から目は離さず、震える声で天秤が質問した
「……………会ったんですか?……」
「色々とコネを使ってな……
今の推論と現場写真を見せたら、観念したよ……」
大夢が探偵とバラした事で
向こうにも1つ弱身を握られた形だ
お互い、妹を庇っている事と、
無断で捜査協力している事を交換条件に
互いに秘密を守っている状態になっている
笠原は気が気ではないだろうが
天秤の目に再び涙が溢れて来た
「……中身、見なくても分かります………
これは、誠兄ぃの字ですから……」
大事に抱えるあまり
封筒にシワが寄っていた
天秤は滲み出る涙を必死に堪え
言葉を続けた
「……じゃあ……今の話は本当に……」
「そうだな……
当事者から聞いた話に……嘘は無いだろう……」
大夢は誠から聞いた話を思い返していた




