〜始まりの日13〜
大夢が笠原と別れてから
更に時は流れ
時刻は夜の10時を回った頃
薄暗い静かな公園のベンチに
スーツ姿の大夢は腰掛け
いつもの様にスマホを操作していた
その脇にはボストンバックが1つ
無造作に置かれており
公園のベンチで誰かを待っている様にも見える
しばらくすると
砂利道を歩く足音と共に
大夢が座るベンチへ近づいて来る人影が1人
近づくにつれ、薄っすらとその姿が見えた
音に気づいた大夢は
徐に立ち上がると、その人影へそっと声をかけた
「お待ちしてましたよ?……」
「………なんですか?……こんな時間に……」
聞き覚えのある声
見覚えのあるシルエット
ベンチ近くの街灯に照らされ、姿を現したのは
理智高校女子バスケ部の
赤いクラブジャージをスカートの下に履いた
制服姿の天秤だった
「今日試合だと聞いて……
これくらいには必ず家に居ると思ったんだ……」
「なっ、なんで知ってるんですか……
今日が試合だって……」
「初めて会った時……月咲が言ってただろ?…」
初めて会ったファミレスでの出来事を
天秤は思い返す
「………良く覚えてますね~……そんな事……」
「記憶力だけはいいんだよ……」
会話は普通に交わせている
しかし、大夢の目を直視できない天秤
目線が右往左往していた
理由は簡単だった
夜の公園……先輩からの呼び出し……
それに何故かメガネにスーツ!!………
にっ、似合ってる………
見慣れない風貌の大夢を見て
まず、疑問が頭に浮かぶ
まっ、まさかねぇ……
まだ1回しか会った事ないのに……そんないきなり……
………さすがにそれは……
状況が状況なだけに
色々勘繰ってしまっていた様だ
ソワソワする天秤
だが、その感情は
次の大夢の一言で打ち消された
「今日、最終確認が取れたから……
例の調査報告に……」
「………へー……そうなんですかー……」
あからさまに、天秤のテンションが落ちた
予期せぬ反応に
大夢は調子を崩してしまう
「………どっ、どうした?……」
真相が分かって、喜ぶかと思ったが……
大夢の予想とは裏腹に
天秤はまるで機械の様に淡々と言葉を返した
「いいえ……別に……」
「……テンション低くないか?……」
「そうですか?……全く、いつもと一緒ですよ?…」
天秤の渇いた笑いが、夜の公園に響く
反応に困る大夢
………何故、棒読み……
少々の疑問を残しながらも
気持ちを切り替え、大夢は本題に入った
「……調査した結果として、結論から言うと……
お兄さんは無実でした……」
冒頭いきなり来た衝撃の一言に、戸惑う天秤
完全に不意を突かれ、動揺を隠せない
先程の機械の様なやり取りが嘘の様に
心の底から溢れ出る感情を抑える切れず
口に手を当て、言葉を失っていた
「……………本当ですか?……」
「えぇ……裏も取れました……」
「じゃ、じゃあ誠兄ぃは……」
「殺してない……」
天秤は安堵の表情を浮かべた
目には薄っすらと涙が浮ぶ
力が抜けてしまったのか
その場にへたり込んでしまった
「よっ………良かっ……た………」
放心状態の天秤
それも無理はない
兄が殺人事件の容疑者となって早半月
今日まで、色んな事があった
近所からの風当たり
世間からのバッシング
望んでいたこの結果に
半ば諦めかけていた自分も居たのだろう
嬉しさや達成感、喪失感や憎悪などなど
この半月、様々な感情の渦に飲み込まれていたのは
容易に想像できた
天秤が鑑賞に浸っている中
大夢が続けて口を開いた
「ですが……
お兄さんは現状維持を希望されています……」
これまた予期せぬ言葉に
天秤の表情が少し曇った
「…はっ……はぃ?……」
さっきから大夢に感情を掻き乱されてばかりだ
そんな天秤にはお構いなく
大夢は淡々と調査報告を続けた
「それは真道 天秤さん……
あなたを庇っての事でしょう……」
感情が追いつかないままに続けられる
大夢の言葉
まだ身体に力が入らないのか
へたり込んだまま、天秤は慌てて制止した
「庇う?……ちょっ、菊地先輩?……
さっきから何言ってるんですか?……」
だが、大夢は言葉を止める事はなかった
「今回、親戚ご夫婦を殺害したのはあなたです……
真道 天秤さん……」
「………………へ?…」
突然告げられた容疑者宣告
ただでさえ静かな夜の公園に
更なる静寂が流れた
またまた、予期せぬ方向からの不意打ちに
天秤の心は揺さぶられ過ぎて放心状態だ
頭の整理が追いつかない
少し間を置き
そして、大夢の真剣な表情を見て
我に帰った天秤
今回は上げ幅が大きかった分、反動も大きかった様だ
我に帰った天秤の表情は
無機質で冷たいものになっていた
「嬉しかったのに………
初めて……味方になってくれたと思ったのに……」
色んな感情が頭の中を駆け巡る
驚き、安堵、困惑、怒り
天秤の目から
自然と涙がボロボロと溢れ落ちていた
大夢はその場に座り込み涙する天秤を
静かに見据えていた
夜の公園を、静寂と少しの嗚咽が包み込む
しばらくして
心の整理が付いてきたのか
天秤の心に今度は
沸々(ふつふつ)と新たな感情が芽吹き始めた
キリッとした目付きで大夢を睨みつけると
震える声で反論した
「そんな……訳の分かんないこと言いに……
わざわざこんなとこ呼び出したんですかっ!!……
………菊地先輩も警察と一緒だっ!!……
初めから解決する気なんて無いんでしょっ!!!!」
息継ぎ無しで言い切ったからか
怒りのボルテージが限界を超えたからか
感情をぶちまけた天秤は肩で息をしていた
こんな事なら……頼まなければ良かった……
怒りと悲しみが混ざり合い
それは大夢に対する憎悪へと変わっていった
手元の砂利を強く握りしめ
下から睨みつけてくる
そんな天秤の姿をしっかりと見据えながら
大夢はゆっくり口を開いた
「信じられないのは分かる……
だが、これは紛れもない真実だ……」
「………まだ……続ける気ですか……」
「確認したはずだ……何事も受け止めると……」
「こんな無茶苦茶な話しされて……そんなのっ!!……」
天秤の言い分も理解出来る
身に覚えのない、あらぬ疑いを掛けられて
怒らない人間はいないだろう
完全に信用を失ったのか
天秤と視線が合わなくなった
だが、大夢はそれでも言葉を続けた
「無理もない……
君自身、気づいていないのだから……」
「…………はぁ?……」
「まぁ、順を追って説明しよう………
まず……この推理に至った経緯から……」
淡々とした語り口調で説明を始める大夢
「今回の依頼を受けた時……
疑問に思った部分が、いくつかあった……
1つ目は誠さんの殺害動機……
もう1つは、凶器に使われた包丁……」
天秤は視線こそ合わせないものの
耳だけは傾けていた
大夢は引き続き
淡々と推理を語り続けた
「死体には、首を絞められた跡と複数箇所の刺し傷…
ここから推測するに……
誠さんは、被害者を窒息死させてから
被害者を滅多刺しにした……
あるいはその逆という事になる………
でも、話を聞く限り……
被害者に対して、誠さんが
そこまで怨みを持っている様には感じれなかった…」
淡々と説明していくと
ここで一旦区切りを付けた
「ここで1つの疑問が生まれたんだ……
誠さんが殺害した理由は
口論によるものではなく、別にあるのでは?…と…」




