〜始まりの日12〜
殺人事件の依頼を受けてから
3日経ったある日
大夢は完璧な防犯設備が整った
大きな刑務所の入り口近くに佇んでいた
ここか……
その姿は、ビシッとした黒スーツに黒縁眼鏡
どこぞの営業マンに見える
入り口近くから刑務所内を見渡しながら
腕時計を確認していた
誰かと待ち合わせしているのか
時間をちょくちょく気にしている
しばらくして、大夢のスマホが音を奏でた
ポケットからスマホを取り出し
すぐに内容を確認した
ここは、大方予想通りだな……
大夢が覗くスマホの画面には
ある情報が載せられていた
手短にまとめるとこうだ
5月9日(木) の動向
真道 進 加害者父
7:00 会社出勤
18:00 会社近くの居酒屋へ
21:00 帰宅
真道 言羽 加害者母
8:00 パート勤務のスーパーへ
17:00 勤務終了
18:00 帰宅
真道 元 加害者弟
7:50 学校へ
15:30 部活動参加
20:00 帰宅
大夢が情報を確認していると
紺色のスーツを着た男性が1人
慌てた様子で走って来た
「ごめんごめんっ!!……
抜けるのに手間取っちゃって〜っ……」
「いえ?……全然待ってませんよ?……」
大夢の目の前で両膝に手を付き
息を切らす黒髪パーマが特徴的なこの男の名は
笠原 新一 26歳
警視庁で働く新米刑事だ
ある事件をきっかけに
そこから協力関係にある刑事さん
だが、まだまだ新米で
よく直属の上司に怒られてるみたいだ
息を切らす笠原に
大夢は真顔で答えた
「1時間くらい、なんともありません……」
口調は穏やかで優しい
しかし、表情は違った
笠原はそんな大夢の顔を見て
宥めながら返事を返す
「やっぱ、怒ってるじゃないか~っ……
顔に出てるんだけど……」
「そんな事ありませんよ?………1時間くらい……
無理言ったのはこっちですから……
1時間くらい別に……」
「怒ってるんだね、やっぱ………
まぁ、手続きは済んでるから…すぐ行けるよ……」
「そうですね……1時間くらいあれば、
手続きくらい済んでますもんね……」
「……本当、ごめんってばぁ……」
仲の良い?雰囲気の中
2人は刑務所内へと足を踏み入れた
受付で所定の手続きを済ませ
2人は看守の案内の元、面会室へと誘導される
面会室まで続く通路を歩く中
2人はヒソヒソとこんな会話を交わしていた
「いい?…大夢君……
今回君は僕の捜査協力者で
心理カウンセラーって事になってるから……
辻褄合わせ頼むよ?……」
「分かりました……任せて下さい……」
「はぁ~っ、こんなのバレたら一瞬でクビだよ~…」
「だから安心して下さいって……
ビクビクしてると逆に怪しまれますよ?……
堂々としてればいいんです……」
「そりゃ、君は首が飛ばないからぁ~……」
不安を抱える中、目的の場所に到着した2人
そのまま面会室へと通された
「時間は30分でお願いします……」
看守の忠告を最後に
部屋は笠原と大夢だけになった
しばらくすると
強化ガラスを挟んで向こう側にある扉が開かれた
そこに現れたのは
手錠に繋がれた1人の青年
その青年は、少しやつれた様子で俯いていた
看守が手錠の紐を外すと
青年はゆっくり強化ガラス前に置かれた
パイプ椅子に腰を下ろした
青年を連れて来た刑務官も
面会時間を告げると部屋を後にした
大夢もパイプ椅子に腰を下ろし
笠原はそれを後ろから見守っていた
強化ガラスを挟んで向かい合ったまま
動きの無い2人
しばらく無言の空気が流れた後
大夢が口火を切った
「あなたが……真道 誠さんですか?……」
そう、目の前に座るのは
事件の加害者 真道 誠
今回の目的は彼と面会する事だった
大夢の質問に
誠はチラッと、大夢の顔を覗いた
「若いね……あんた……」
「えぇ、良く言われます……」
「カウンセラーなんでしょ?……俺に何の話?……」
「特段これと言っては……
あれから10日経ちますが、心境の変化なんかの確認に……」
「何それ……あんた本当にカウンセラーさん?」
誠の追求に
後ろの笠原は気が気でない
だが、大夢は物怖じせず
淡々と会話を進めていった
「えぇ、それも良く言われます……」
「ダメじゃん……」
「良いんですよ~……
みなさん変に身構えないので、仕事が楽です……」
「………専門は?……なんかあるの?……」
「スポーツ心理学です……」
「スポーツ?……なんでそんな人が……」
「後ろの刑事さんからあなたの話を聞きまして……
少し違和感を感じて……」
「………違和感?……なんだよ、それ……」
「良かった……少し興味を持たれた様ですね……」
誠の顔が少し上向きになっていた
大夢はその仕草を見逃さなかった
「……やっと、目が合った……」
大夢が笑顔でそう言うと
誠はまた俯いてしまった
「………何しに来たんだよ……」
「だから、言ってるじゃないですか……
心境の変化を聞きに来まして……」
「何それ……そこの刑事から聞いてんだろ?……
俺は単なる人殺しだ……
それ以外の何者でもない……」
「いえ?……あなたは真道 誠さんです……」
ニコニコ笑顔で答える大夢
煮え切らない答えばかりに
シビレを切らしたのか、誠は声を荒げた
「お前っ!!さっきから何が言いてぇんだよっ!!…
どうせ俺の事調べに来たんだろ?……
もったいつけてねぇでさっさと要件聞けよっ!!」
初めて荒げた声
だが、大夢はこの時を待っていた
「そう怒らないで下さい……
すいません、意地悪をしました……
あなたの本心が聞きたくて……」
「はぁ?……本心?……」
「怒りという感情は、
己の内側から溢れ出てくる物です……
自分の言いたい事、許せない事……
相手に伝えたくて、
どうしても我慢出来ないから出てしまう……
これが怒りなんだと私は考えます……」
饒舌に持論を語る大夢
その姿はまるで、本物のカウンセラーの様だった
「喜怒哀楽の表現に含まれるこの4つの感情は、
その人の素直な心情を表す手法なのです………
その中でも怒りとは……
その人の最も純粋な信念を表す……」
「…………信念?……」
「あなたが今出した感情は怒り……
嘘を並べる私に対してのでしょう……
あなたの本心は、名前の通り、実に誠実だ……
嘘を忌み嫌い、純粋に生きている………
今、話をして分かりました……
あなたは怒りに任せて人を殺す様な人間ではない…」
大夢の堂々とした宣言
後ろで見ていた笠原の顔は
少し引き攣っていた
大夢君とは口ゲンカしたくないなぁ~……
無駄に心折られそう……
その感情は誠にも当てはまっていた
全てを見透かされている様で
話はいつの間にか大夢のペースだ
ペースを取り返そうと躍起になる誠
「刺したのは俺だ……俺がやったんだ……」
「そうですね……確かにそうかもしれない……
でも、真実は別にある……」
大夢はそう言うと懐に手を伸ばし
名刺入れを取り出した
「嘘の嫌いなあなただ……
私も本当の事を話しましょう……」
名刺を取り出すと
誠に見えるように、手元へ掲示した
大夢の行動に嫌な予感を感じ
笠原が慌てて止めに入る
が、時すでに遅し
「ちょっ、大夢君?!!」
「すいません、笠原さん……」
名刺を覗き込んだ誠が小さく呟いた
「……探偵?…」
「はい……」
後ろで笠原が頭を抱える中
大夢は話を続けた
「私はある方から依頼を受けて、ここに居ます……」
「探偵が……俺に何の用だよ……」
「あなたの妹さん……
真道 天秤さんから依頼を受けました…
あなたを助けて欲しいと……」
「……………天秤……が?……」
誠の今までにない表情を見て
大夢は確信した
「……私の推理……聞きいて頂けますか?……」
笠原が悶絶した
面会室での暴露から3時間が経った
陽は傾き
辺りを夕闇が包み始めている
刑務所の塀を横手に
大夢と笠原は並んで歩いていた
歩きながらスマホを操作し
メッセージを送信する大夢
笠原が気になって質問してきた
「誰に連絡したの?……」
「丁度いいので今日ケリをつけようかと……
事前準備はもう手配済みです……
それにこれも手に入れましたし……」
大夢は懐から封筒を1枚見せた
笠原は呆れたようにため息をついた
「相変わらず抜かりないなぁ~……
スーツなんて着てたら高校生にも見えないし……
本当はいくつなの?……」
「学生証でも見せましょうか?……」
「はいはい、すいませんでしたぁ~……」
茶化す笠原
しかし、大夢には1つ疑問があった
「それはいいんですが……
本当に良かったんですか?俺に任せて……
警察として今回の事は……」
「いいよ、もう……あんな話聞かされたら……
司法解剖の結果も
直接の死因は刺し傷からの出血多量……
ってなってるし……供述とは一致してる……
あの誠って子がそれでいいって言うなら……
それでいいよ……」
「相変わらず甘いですね……」
「君と比べたら誰だって抜けてる様に感じるよ………
それより、僕の首が飛ばないかの方が心配だぁ~っ!!」
笠原は頭を抱え、また悶絶していた
それはそうだ
大夢の行動がもしバレたら
今後の人生に関わる大ごとなのだから
他人の人生を狂わせている
しかし
大夢は何食わぬ顔で平然と答えた
「大丈夫でしょう……
例の要件と交換条件ですが、
誰にも言わないと約束してくれましたし……」
大夢は平然としているが
拭えない不安
笠原は悩みながら、少し考えて口を開いた
「………1つ聞きたかったんだけどさ~……
君って心理学の勉強でもしてるの?……」
「いいえ?全く……
まぁ、嘘も方便って言うじゃないですか……」
真顔で答える大夢
その姿に笠原はまた、言葉を失った
よくもまぁ……あんな嘘をツラツラと……
「……本当に高校生?」
「そんなに学生証見たいんですか?……」
笠原との会話はここで終了し
それぞれ別の方向へと進路を変えた
1人、夕暮れの空を見上げながら
歩道を歩いていた大夢のスマホに
先程送ったメッセージの返事が届いた
宛先は無く、端的に一文だけ
分かりました
それを確認した大夢は素早く返事を返し
そして今度は、別の相手に電話を掛けた
「もしもし?……」
〔………おう…〕
「場所が決まりました……
〇〇公園で、4時間後の夜10時に決行します……
例の準備と病院への連絡はもう済んでますので、
後はよろしくお願いします……」
〔はいよ~……〕
連絡を済ませ
スマホをポケットへ
大きく身体の伸びをした大夢は
夕焼け空を眺め直した
さぁ……鬼が出るか、蛇が出るか……




