〜始まりの日11〜
「こんな先輩持つと、色々苦労するだろ〜……」
「まぁ、そうですけど……
楽しくやらせて貰ってますよ………
後輩がこれだけイジっても、怒られませんし……」
2人の会話をドキマギしながら聞いていた月咲は
弄ばれていた事実に今、気づいた
後輩から、もうこんな扱いにっ!!……
いつもそうだぁ~っ……
先輩としての威厳が消えていく~っ!!………
まだ、ひと月しか経ってなのにぃ~……
執拗な攻撃に不貞腐れてしまった月咲
目の前の料理に没頭する事にした
いわゆるヤケ食いだ
不貞腐れ、食に逃げる月咲を見て
クスッと笑みが溢れる
すると、天秤は思い出した様に口を開いた
「あっ、そうだ菊地さん……」
「ん?……」
「今更なんですけど……お金って……」
「おぉそうだな……
料金に関しては契約時点で前金が発生する……
そして、調査終了時に成功報酬として、
更に支払って貰う形なんだが……
意外と馬鹿にならない値段だぞ?……」
「お金ならなんとかしますっ!!」
「そうか……なら、ご家族にしっかり説明して……」
両親への説明を促そうとした大夢だったが
天秤はそれを拒否した
「家族には黙ってて欲しいんです……
今は、これ以上刺激したくないって言うか………
おかしいですよねっ………
こんなに必死なの私だけだし……
この前なんか、神社にお参りまで行っちゃって……」
作り笑いを浮かべ、力なく呟く天秤
疲労の色も見て取れた
この状況では無理も無い
大夢はそれを察し
優しい口調で答えた
「まぁ、そうだな……」
殺人事件の被疑者家族
世間のレッテルはそうなってしまう
大抵の人間が事件の表面だけを見て
各々(おのおの)好きなように意見を出すのだ
加害者が何を考え
被害者はどんな人物だったのか
よく知りもしない周囲の人間は
軽く言葉を口にする
それが、関係の無い家族を
追い詰めてしまっているのかも知らずに
特に加害者の両親は
計り知れない重圧に襲われているだろう
天秤の表情から容易に想像できた
その時
大夢のスマホがまた、机の上で振動した
音に気づき、スマホを手に取ると
スクロールしながら内容を確認していった
しばらく読み漁っていると
ふと、大夢の口から言葉が溢れた
「お参り……してみるもんだな……」
小さな呟きに、天秤は思わず聞き返した
「え?……」
「神様も……そう捨てたもんじゃないぞ?……」
そう言い残して大夢は席を立った
どうやら電話の様だ
何のことか分からない天秤は
歩き去る大夢を
目で追うことしか出来なかった
立ち上がった大夢は外へと歩き出した
「今回の事件……俺の推理が正しければ
お兄さんは無実の可能性がある……」
大夢から出た衝撃的な言葉に
天秤は目を見開き、驚いていた
天秤の隣で立ち止まった大夢
こちらを見上げる天秤へ
視線を落とした
「早ければ数日で答えが出るだろう………
調査日数が減れば料金も安くなる……
人件費も俺1人で済みそうだ……
この電話で、今回の事件の概要が分かるだろうから…」
座ったまま固まる天秤の横を
悠然と通り過ぎて行く大夢
去り際、天秤の肩にそっと手を乗せた
「事実がどうであれ、
今、君が踏み出したその一歩が……
大きな一歩になったな……」
そう言って、トントンと指先で2回肩を小突くと
その手はゆっくりと離れ
大夢は店の外へと歩き去った
肩にくっきりと残る手の感触
天秤は俯きながら動けないでいた
一瞬の出来事に
隣の月咲は気づいておらず
ハンバーグを口に放り込んだ時
固まる天秤の異変に気づいた
「ふぉうひはの?(どうしたの?)……
ふぁたへほうっふぁ?(肩でも打った?)」
「いっ、いえっ!!……これは別に……」
口に含んだままでは喋りにくかったのか
ハンバーグを一気に飲み込んだ月咲
ゆっくり口を開いた
「良かったね……
お兄さん、無実かも知れないって……」
そう言って笑いかける月咲の笑顔を見て
天秤は困惑していた
「……あの人は………何者ですか?……」
疑問や畏怖の念
様々な想いが交錯した言葉
あまりに展開が早過ぎる
天秤が戸惑うのも無理は無かった
この短時間で一つの仮説を立てる頭脳
それを証明できる能力
一介の高校が、ここまで出来るだろうか
だが
一種の恐怖すら感じていた天秤とは裏腹に
月咲は自信満々に即答した
「あいつは、私達と同じただの高校生だよ?……」
裏表の無い性格だからだろうか
それとも
長年の付き合いだからなのだろうか
月咲のその言葉には何故か
有無を言わせない説得力を感じた
「そう……ですよね……」
「まぁ、かなり変人色強いけどねぇ~……
でもまぁ……
これでちょっとはスッキリしたんじゃない?……
悩み事は相談が1番っ!!……
さっきより顔色が良くなってっ……
………って、あれ?顔赤くない?……」
月咲の言葉で異変に気付いた天秤
慌てて俯いたが、下から顔を覗き込む月咲
自分では気付かなかった変化を見られ
天秤は動揺を隠し切れないでいた
目線を大きく外し、慌てて否定する
「そっ!!そんな事無いですっ!!……」
「いや、でも、赤いよ?……
熱でもあるんじゃ……」
月咲が天秤の額に手を伸ばそうとした
だが、天秤は全力でそれを阻止した
「だっ!!大丈夫ですからっ!!……
熱なんてありませんっ!!……
月咲先輩はどうぞ、食事に集中して下さいっ!!」
「ダイエットとか言って〜……
ちゃんとご飯食べないからだよ?……
ほらっ!!栄養摂ってっ摂って……」
狙ってやっているのかどうか、定かではないが
月咲の行動一挙一同に
翻弄されている自分が居た
翻弄される天秤を尻目に
月咲はフォークの先にハンバーグを突き刺し
天秤の口元へ近づけた
「はい、あーん……」
また、全力でそれを拒否する天秤
「いいですってばぁ~っ!!……」
「ほらほらぁ~……
美味しそうな肉汁ですよぉ~……」
「やめて下さいよぉ~っ、もうっ……」
完全否定する天秤
天秤には、拒否する理由がもう1つあった
「ヨダレ垂らしてる先輩から奪うほど!!……
私、飢えてませんっ!!……」
天秤にハンバーグを差し出す月咲
しかし、その口元からは
大量のヨダレが溢れ出していた
視線も差し出したハンバーグを捉えて離さない
天秤からすれば
受け取れないのはもっともな話だ
天秤の指摘で
自分の生理現象に気付いた月咲は
慌てて口元を拭った
「はっ!!……無意識に……」
「私の為に我慢してたんでしょっ?……
もう本当に大丈夫ですから………
……仰る通り、話して楽になりましたっ……」
半ば諦めに近い天秤の言葉
元気を取り戻したその姿を見て
月咲は安心した様だ
自分の食事に集中した
「そっか!!……良かった~っ!!……
これでハンバーグ独り占め~っ!!……」
ブレる事のない
明るい笑顔の月咲
天秤の表情にも
少しそれが移って見えた
なんて純粋な食欲……無知で単純は恐ろしい……
しかし、その無知で単純な月咲に
心を救われていたのを
この時深く感じることとなった
数分後
通話から戻って来た大夢は
天秤と連絡先を交換し
一先ず、この場は解散する運びとなった
電話の内容も
今すぐに解決出来る問題では無かった様なので
後日、報告するとの事だ
ファミレスの会計を済ませ
最寄り駅に向かう3人
改札を抜け、それぞれの帰路に着いた
明るくなった天秤の顔を見て
大夢と月咲は安心して
ホームで彼女を見送った
「お2人共、今日はお世話になりました……
ご飯も、奢って貰っちゃって……」
深々(ぶかぶか)と2人にお辞儀する天秤
月咲は笑顔で答えた
「いいのいいの!!……
またね?天秤ちゃん!!……」
月咲の言葉に
冷静に訂正を加える大夢
「出したの俺だろ?……」
「バイトで稼ぎまくってんだからいいじゃ~んっ!!……
男らしくないなぁ~……」
「大体なぁ……なぜ、男が奢るといった
風習になっているんだ?日本は……
男女の平等化が囁かれている昨今……
この風習もまた、同じなのでは?……
大体、男らしさとはなんだ?……
経済力か?腕力か?……」
ブツブツと語る大夢は無視し
月咲は強引に別れを切り出す
「バイバイ天秤ちゃん!!……」
別れの挨拶を済ませ
天秤を乗せた電車がホームから出発すると
2人も反対車線へと移動を開始した
ブツブツと呟くのを辞めさせ
階段を下りながら月咲が声を掛ける
「今日はありがとね?大夢……」
「……別に、仕事だからな……
まさか、殺人事件だとは思わなかったが……」
「あれは私もびっくりしたぁ~……
お兄さんが事件に巻き込まれた……ってだけしか
聞いてなかったからさぁ……で?どうなの実際……
解決したっぽい感じだったけど……」
「さぁ、どうだろうな………
最終的に、どっちに転ぶかは分からん……
今、言えるのはそれくらいだ……」
「え?…全然意味わかんないんだけど………
まぁ、いいや……
あんたに任しとけば大体間違い無いしっ……
あっ、天秤ちゃんに手ぇ出したら、
ボッコボコだかんね?……」
「信用してんのか、してないのか……どっちだよ…」
一抹の不安と期待が入り混じる、今日この頃
最初の警戒心は何処へやら
2人の距離は20㎝まで近づいていた




