〜始まりの日10〜
被害者 氏名
真道 順・直葉夫妻
共に42歳子供は無し
周囲の聞き込み情報
・近所付き合いも良く
当たり障りの無い和やかな雰囲気の夫婦
・周囲にはワイン通で知られ
地下にワインセラーを持っている。
・今回の容疑者との仲も良好で
一緒に出掛ける所を何度も目撃されている。
容疑者
真道 誠20歳
・現在大学には通っておらず1浪中のフリーター
親しい友人からの情報
・大人しい性格で人を殺す様な度胸もないそう
時刻19:05
真道夫妻宅の固定電話より通報
※容疑者より自主の形
到着した警官からの情報によると
リビングの中央で滅多刺しにされた被害者2人を発見
その傍らに、返り血を浴びた
真道 誠容疑者が、
刃渡り20㎝の包丁を持ち、立ち尽くしていた
到着した警官にその場で取り押さえられ
現行犯逮捕となった
事情聴取では
「浪人の事で口論になって刺した」
と供述している
以上の情報から容疑者を真道 誠と断定
捜査を終了とする
捜査情報の速読を終えた大夢は顔を上げた
すると、目の前にはポカンと開いた2つの口
それを見て、思わず言葉が漏れてしまった
「口、乾かないか?……」
いち早く答えたのは天秤だった
「いやっ!!そんなことよりっ……
なんでそんな写真持ってるんですかっ!!……」
至極真っ当的な理由だ
大夢は、さも当前といった口ぶりで答えた
「調べたからな……」
「………調べたって……」
あっけらかんとする大夢を見て
軽く混乱している天秤
大夢は何食わぬ顔で言葉を続けた
「事件発生から日が浅いし……
これくらいの情報なら……」
天秤を置いて言葉を続ける大夢
だが今度は、隣で料理を受け取る月咲が
口を挟んできた
「ちょっ!!え?……どういう事?…………
天秤ちゃんっ……分かってんの?……」
理解の遅い月咲に
天秤はため息混じりに答えた
「あの写真は、お兄ちゃんが起こした
事件現場の写真です………
警察でもないこの人がなんで持って……」
天秤の驚く理由を聞いても
月咲の理解は、やはり曖昧だった
一先ず、月咲は思ったことを口にする事にした
「前々から思ってたけどさぁー……大夢っ…」
「ん?……」
「いつも、どっから集めてくんの?……そんなの…」
「知り合いに刑事が居るんだ……
言ってなかったか?……」
「そんなの知らないし……
いいの?その刑事さん……バレたら……」
「首は飛ぶだろうな………
まぁ、それだけで済めばいいが……」
「………そんな恐ろしい事をサラッと……」
大夢の新情報を知った月咲は
ため息と共に呆れ果てていた
隣の天秤は
驚きと不信感に溢れた顔をしている
言葉の出ない2人を置いて
大夢は調書の内容を読み返しながら考え込んでいた
彼女の言った通り……
動機に関しては不自然な点が多い……
警察も状況証拠と容疑者の自白で、
捜査を打ち切ったんだな……
これじゃ、家族からすれば
納得いかない部分もあるだろう……
スクロールしていく中で
大夢はある部分が気になっていた
それは殺害現場となったリビングの写真
そして、地下のワインセラーの写真だ
なんで、ここだけ綺麗に……それにこっちも……
地下のワインセラーの写真
年代物のワインがズラリと並んだ
ワインセラー全体を映し出したものが数枚
更に入り口付近にある空調設備を映し出した写真が
数枚映っていた
室内の空調は湿度70%・室温18度に設定されていた
大夢はスマホに視線を向けながら
天秤に言葉だけ投げ掛けた
「真道さん……
お兄さんって、スマホ持ってるよな?……」
突然の質問に、我に返った天秤
「え?……持ってますけど……」
「………だよな……」
少し困惑してしまったが
何か思い出したのか
天秤は小さく呟いた
「あっ、でも……
事件の日は家に置いたままだったと思います……
いつもなら家に居る誠兄ぃの姿が無かったから
心配で何度か連絡を…………
そしたら、リビングから着信音が聞こえて来て……
机に置きっ放しにしてたんだって分かって……
スマホがどうかしたんですか?……」
大夢からの質問に期待感を抱く天秤
だが、返ってきた返事は淡泊なものだった
「いや、一応確認……」
「………そう……ですか……」
煮え切らない答えに
不安ばかりが募って行く
目の前の1つ年上の学校の先輩
側から見れば部活終わりのファミレス集会だ
しかし、天秤は思った
スマホの画面に没頭する大夢の姿を見て
理由は分からないが、少し寒気を感じていた
狂気的なまでの集中力
怪訝な目で見られているのは分かっていた
だが、そんな事など一切気にせず
更に画面をスクロールしていく
常人ではあり得ない速度で、内容を速読していた
彼の情報処理能力は常軌を逸している
段々と集中力が増していき
やがてあたりの物音や雑踏が遠くに聞こえてくる
また気になる情報を1つ見つけた
それは犯行当日にあった2つの目撃情報
犯行時刻近く
グッタリした少女を背負い
路地を歩いて行く不審者情報
もう一つは
街中で少女を追い回すストーカー事件
こちらは犯行時刻から5時間も前の事なのだが
一応周辺情報として上がっていた
どちらも犯人像が細身の男性だったという
遠くで月咲の声が聞こえた
「ちょっと大夢?……」
月咲の声で遠のく意識が戻って来た
全ての情報を読み終え、スマホを机に置くと
また深く考え込み、俯向く大夢
少し心配そうに2人が見つめる中
数十秒後、考えがまとまったのか
スッとその顔を上げた
「真道さん……さっきの質問の答えを聞こうか」
またも突然の質問に
戸惑いを隠せない天秤
「え?……さっきのって……」
「俺の話を受け入れる覚悟だ……どうなんだ?」
「…………どうって……言われても……」
天秤はすぐに答えられなかった
話の真意が見えない
そう感じていた
率直な疑問をぶつけてみた
「………何か分かったんですか?……」
「あぁ……大体な……」
即答する大夢
天秤は戸惑いを隠せない
「え?……一体何が……」
「話はそこまでだ……
まずは俺の質問に答えてくれ………
……どうなんだ?……」
やはり、煮えきらない大夢の答え
天秤は迷っていた
警察でも分からなかったのに……
なんでこんな………
大夢に事件の概要を打ち明けてから
1時間も経っていない
この短時間で話の内容から
これだけの情報を集めたのは
スゴイとしか言いようがなかったが
やはり腑に落ちない点はいくつかある
大夢が集めた情報は
すでに警察が調べていた
事件から1週間も経っている
目の前に居るのが
1つしか年の違わない高校生であるという事
普通に考えて
警察が1週間かけて捜査した内容を
1時間も掛けずに答えを導き出せるとは
到底思えなかった
だが、今の彼女に選択肢は無い
しばらく考えた末
天秤は決心した
「分かりました……どんな内容でも、受け入れます……
私に、あの日の真実を教えて下さい……」
深々と下げた頭と一緒に出た本音
大夢はその言葉を聞くと
口元に笑みが見えた
「じゃあ、契約成立だ……」
先程とは違う大夢の明るい口調に
天秤がゆっくり顔を上げた
そこにあったのは
今までの張り詰めた緊張感とは違った
和やかな雰囲気を身に纏う、大夢の姿だった
余りの変わり様に、天秤が困惑していると
大夢が手を差し伸べて来た
恐る恐るその手を取り
軽い握手を交わしたのだが
今までとのギャップに
天秤の表情は不安でいっぱいになった
戸惑いを見せる天秤に
大夢は優しく声を掛けた
「どうした?……」
「いっ、いや……なんか雰囲気が……」
握手を交わしながら月咲の方へ
アイコンタクトで助けを求める天秤
月咲もその困惑した表情から何かを察したのか
すぐに両手を合わせて天秤に頭を下げた
「ごめんね、天秤ちゃんっ!!………
こいつに口止めされてたの……
天秤ちゃんの意志をちゃんと聞くまでは、
黙って見守ってろって……」
「意志?…」
天秤の疑問に大夢が答えた
「すまない、別に脅すつもりはなかったんだが……
クライエントの中には、
探偵を便利屋か何かと勘違いしてる人間も多くてな…
結果報告の時、自分の想像と違った答えに
納得のいかない人も少なく無いんだ…………
例えば浮気調査の時とか
“絶対浮気してるはずだっ!!”…
“ちゃんと調べたのかっ!!”……ってな?…」
……全く……絶対と分かってるなら
探偵なんて雇うなって話だが……
まだ困惑が解けない天秤
「いっ、色々大変なんですね……」
「金銭が発生する以上、
そういったトラブルはよくある……
だからウチの事務所では、
クライエントの意思確認をきっちりしてから
契約を結んでるんだ……
後で、書面でも書いてもらう事になるが……」
大夢の説明で少し納得できたのか
天秤の顔から不安は消えていた
無事、契約も結べたところで
天秤の傍らで
月咲が元気を取り戻していた
「安心してっ!!天秤ちゃん!!……
もう契約も済んだしっ……
大夢がさっきみたいにイジメて来たら私に言ってね?……
血祭りに上げてやるからっ!!……」
良い笑顔でグッと握り拳を掲げる月咲
顔は笑顔だが
言ってる事は無茶苦茶だ
元気になった月咲を見て天秤は思った
月咲先輩……
だから、ご飯にも手を付けなかったんだ……
来た料理にがっつくことなく我慢している
月咲にとってはそれ程のことだったのだろう
若干バカにされている感はあるが
月咲は安堵した天秤の顔を見て
一先ず安心した
そんな中
大夢はため息交じりに口火を切った
「拳はやめろって、月咲……
大体お前はいつも、口より先に手が出るんだよっ……
人間らしくちゃんと会話したらどうだ?…………」
「はぁ?……原始人みたいに言うなっ!!……」
「原始人の方がもう少しマシだ……」
「なっ!!………あったま来たっ!!……」
再び始まった2人のケンカ
天秤は目の前で繰り広げられるケンカを
今度は笑って見ていられた
ちょっと考え過ぎてたのかな……私………
話してみたら、なんだかスッキリした……
2人攻防を目の前に
天秤は、ふと思った事を口にした
「お2人共、仲良いですけど……
どういう関係なんですか?……」
湧いて出た質問に2人の戦いが一旦停止する
少しの静寂が流れた後
同時に答えが返って来た
「「腐れ縁」」
シンクロ解答に天秤は淡々と言葉を続けた
「へぇ~っ、幼馴染なんですかぁ〜………
付き合ってるとかですか?……」
唐突な質問に
過剰な反応を示す月咲
「つっ!!付き合ってるわけ無いじゃんっ!!……
だから、こいつとはただの腐れ縁っ!!…………
親同士が仲良いだけっ!!……」
月咲の態度を見て
天秤はニヤニヤしている
へぇ~……月咲先輩、そうなんだぁ……
面白くなったのか
どんどん月咲を質問攻めにした
「でも、そんな事言って実は?……」
「ないないないっ!!……絶対ないっ!!!!……」
「またまた~……月咲先輩ってば~……」
「無いって言ってんでしょうが~っ!!……
いくら天秤ちゃんでも殴るよっ!!……」
向けられた拳の恐怖を知っているからか
大夢がすぐに止めに入った
「真道さん……
からかうのはその辺に……殺されるぞ?……」
止めに入った大夢に月咲が食い下がる
「天秤ちゃんにはそんな事しないよ~っ……」
「“には”ってどういう事だっ……」
2人の掛け合いをジーっと見つめる天秤
ちょっとこれは……面白いかもっ……
内心面白がりながら
とりあえず、大夢の忠告を聞き
納得した表情を浮かべる天秤
「そうですね……あれを食らったら私なんてもう……
まだ死にたくないので、やめときます……」
「あっ、あれ?……天秤ちゃん?……」
天秤の返答を聞き
月咲は戸惑っていた
天秤の口ぶりに
大夢は驚いた様子で呟いた
「まさか……すでに……」
「……毎日の様に部活で先輩から……
……私、辛くて辛くて……」
「今やいじめは立派な犯罪だ………」
「やはり、そうでしょうか………
でも、ひと月前に入学したばかりだし……
これからの事を考えると、
問題にしたくないって言うか……」
トントン拍子で進んで行く2人の会話に
月咲は慌てて切り込んだ
「ちょっ、違うよ?大夢…………
そんなのやってないじゃん!!天秤ちゃんっ!!…」
「そう言って何度も脅して来て……」
「わっ!!私は無実だーっ!!……」
懸命に大夢へ無実を訴える月咲
大夢と天秤の2人は
焦る月咲を尻目に
どんどん世界を作り上げて行った




