〜始まりの日1〜
窓から暖かい陽の光が射し込む
整理の行き届いた綺麗な部屋があった
窓際にあるシングルベットには
黒髪の青年が1人
まるで死人のように静かに眠りについていた
しばらくすると
青年の表情が変わった
魘されているのか、苦しそうだ
魘されてから数秒後
目が覚めたのか
青年の上半身がゆっくりと起き上がった
首筋には一筋の汗が流れていた
………またか……
心の中でそう呟いた青年
しばらくベットの上で頭を抱えており
時間だけが静かに流れていく
ようやく、ゆっくりとベットから立ち上がった青年
気怠い様子で
部屋に備え付けてある
ウォークインクローゼットへと向かった
クローゼットの扉には
シワのない綺麗な状態の制服が掛けられており
上下の制服の足元には学生鞄も用意されていた
整理の行き届いた部屋
前日に用意したであろう綺麗に並べられた制服と鞄
部屋と制服を見れば、彼の性格が良く分かった
青年は、ものの数分で着替えを済ませると部屋を出た
鞄を手に廊下を歩き
リビングへと続く階段を降りて行く
階段を降りた後
朝の身支度を済ませ、すぐ近くの扉を開けた
するとその先には
20畳程の広々としたリビングが広がっていた
テレビにソファ、観葉植物、絵画など
リビングにある家具は高級感漂う代物ばかりだ
清潔感溢れるリビング
その一角にあるダイニングキッチン
その前に置かれたテーブルに目をやると
朝食のパンを口に運びながら新聞を読む
スーツ姿の中年男性の姿が目に入った
その男性に料理を運ぶ
ワンピースにエプロン姿の女性も
スーツ姿の男性とエプロン姿の女性が
同時にリビングに現れた青年の存在に気付いた
スーツ姿の男性が
穏やかな声でそっと語り掛けてきた
「………起きたか……大夢……」
大夢と呼ばれた青年は
スーツ姿の男性に軽く返事を返した
「珍しいね……父さんがこんな時間に居るの…」
「ん?……そうだな……」
父の異変に気付きながら、前の席に腰を下ろす青年
……顔色悪くないか?……
心の中でそう呟やく
すると、2人の会話へ割って入る様に
エプロン姿の女性が満面の笑みで話し掛けて来た
「はいはい、話はそれくらいにねぇ〜………
早くご飯食べちゃって?……」
そう言ってテーブルに並べられた朝食たち
この時、青年は気付いた
目の前に置かれた料理を見て
顔色の悪い父の理由に
「今から、パーティーでもする気か?…母さん…」
エプロン姿の女性がテーブルに並べていたのは
サラダにパン、スープ、ソーセージ
スクランブルエッグなどなど
品自体はどれも一般的な朝食メニューだ
しかし、異常なのはその量
どれもこれも大皿料理ばかり
テーブルの上はホテルバイキングの様な
豪華絢爛な状態になっていた
青年の指摘に対し
母は何の疑いも無い、素の表情を浮かべていた
「あら?……朝はしっかり食べなきゃダメよ?……
脳梗塞になる確率がグンッと上がるんだから〜……」
無垢な笑顔で答える母の回答に
青年は慌てて訂正を加えた
「いやいや……
この量は逆に生活習慣病になるから……」
呆れ果てた表情を浮かべる青年
そう、彼女はいわゆる
“天然”と呼ばれる人種だった
顔色の悪い父
笑顔で首を傾げる母
そんな2人を見て、青年は1つの結論に至った
父さんの命を守れるのは……俺だけだ……
この、今にも吐きそうな顔をしている
黒髪短髪の物静かな男性が
俺の父、菊地 大誠 40歳
仕事は弁護士をしていて
業界では少し有名人だそう
そして、こちらの
肩まで伸びた茶髪が特徴的な天然女性が
俺の母、菊地 愛夢 39歳
大学の現役教授でもあるんだけど
こんな調子でちゃんと強弁を振るえているのか
今でも少々不安を感じる事がある
最後に
このナレーションを務める俺が
この物語の主人公である
菊地 大夢 17歳
このユニークな両親の1人息子だ
大夢はバイキングスタイルの朝食を
小皿に取り分けながら食べ始めた
「父さん……残しても良いんだよ?………」
苦しそうな父親の表情から心情を察し、声を掛けてみる
父、大誠は静かに答えた
「………まだ………いける気がする……」
大夢は思った
どこから来るんだ?……その自信……
これ以上何を言っても無駄な事は
子供ながらに分かっていた
「そう……ならいいけど……」
殊勝な心がけ、感服しますよ……憧れはしないけど…
父親の無謀な挑戦を見据えながら
大夢はリビングのテレビへ視線を移した
テレビには今朝のニュース報道が流れていた
次のニュースです
本日未明、〇〇市において
殺人事件がありました。
被害者は同市に住む
柳沢 武さん40歳と妻の仁美さん39歳
次男の龍之介君12歳の計3名で
容疑者は、この家の長男である柳沢 佐助 20歳
との事ですが……〇〇さんこれは大変な事件ですねぇ
えぇ……そうですねぇ……
それにこの事件には不可解な点も多いとか
不可解?
はい……警察の情報によりますと
加害者は数年前、交通事故で両足を悪くし
現在車椅子生活だそうで
医師の診断ではとても歩く事は出来ないそうなんですが…
現場に駆け付けた警官の目撃談によりますと
なんでも加害者が突然立ち上がり
駆け付けた警官3名に
持っていた凶器で重傷を負わせたとか……
殺されていた両親の殺害方法も
足が不自由な人間には到底難しいとの情報もありまして…
大夢はテレビから流れるニュース報道を見ながら
スクランブルエッグを口に運んでいた
物騒な世の中だ……
大夢は10分程で朝食を済ませると席を立った
制服を整え、鞄を手に取り、玄関へと歩き出す
動き出した大夢を見て
母、愛夢がキッチンから声を掛けてきた
「朝ご飯、もういいの?……」
大夢は歩みを止める事なく答えた
「朝からこの量は多過ぎる………」
「あら?……そぉ……なの?……」
キッチンから手を拭き、現れた愛夢は
未だに食べ続ける大誠に目を向け
不安そうな表情を浮かべていた
大誠と大夢を交互に見つめ
オロオロする愛夢
おっ、お父さん……まだ食べてるわよ?……
食べ盛りがそんなに少食で倒れない?……
その姿を見て、立ち止まる大夢
おっ、お父さん……まだ食べてるわよ?……
食べ盛りがそんなに少食で倒れない?……
………とか思ってるんだろうな……
愛夢の心情を察したのか
大夢は少し呆れた様子で呟いた
「たまには母さんにちゃんと言わなきゃダメだって
……父さん……」
そう言い残し、リビングを後にした
大夢の捨て台詞に
今も食べ進める大誠の隣で
まだオロオロしている愛夢
「えっ?え?……何の話し?………
お父さん、大夢倒れないわよね?……」
不安でいっぱいになる愛夢に
大誠は静かに言葉を返した
「大丈夫だろ……強いて原因を上げるなら………
母さんの手料理が美味し過ぎる事が原因だ……」
「もぉー!!お父さんってばぁ~っ!!………
褒めるの上手なんだから~っ!!……
………おかわり、よそいますね?……」
「……えっ?………」
今朝のニュース程ではないが
菊地家のリビングでも
凄惨な事件が起きようとしていた
何の悪意もない、凄惨な事件が
玄関で革靴を履きながら
リビングでの夫婦の会話に聞き耳を立てていた大夢
玄関先で飽きれた表情を浮かべていた
倒れるのは俺じゃなくて、父さんだ……
少々の心配を胸に、大夢は玄関扉を開けた
いい大人なんだから
自分の体調くらいしっかり管理しろと言わんばかりの
小さなため息を吐き、扉をあけて外に出る
何十年も、よく生き抜いてるな……
子供ながらに両親の心配をしていると
そんな大夢の視界に
家の前を横切る、自分と同じ学校の制服を着た
1人の女子生徒が見えた
右から左へと
赤髪のショートヘアを靡かせ
緩やかな坂を下っていく女子生徒
身長は自分と余り変わらない
170㎝くらいあるだろうか
スラッと伸びた長身スタイルに赤髪が良く映えていた
颯爽と歩く女子生徒は
玄関前で固まる大夢の存在に気づいた
大夢に気付くとその場に立ち止まり
元気良く大手を振って来た
「あっ、大夢じゃんっ!!……おっはよ~っ!!…」
無邪気な笑顔に、小刻みに飛び跳ねる姿
それを見た大夢は思わず呟いた
「………なんだ………月咲か……」
「何だそのテンションの低さはっ!!……
普通に落ち込むわっ!!……」
この女子生徒の名は
天野 月咲 17歳
俺と同じ、理智高等学校に通う2年生だ
何の因果か、小・中・高と同じ学校に通い
家も隣同士という奇妙な縁に結ばれている
ちなみに、右手にあるのがあいつ(月咲)の家
更に、親同士も仲が良いと来たもんだから
月咲とは親戚の様な関係性だ
大夢は、ため息混じりに歩き出すと
家先で怒り待つ月咲の下へ歩み寄った
大夢が隣まで来ると
少々怒り気味の月咲は愚痴をこぼした
「朝から気分悪いなぁー……」
「それはお互い様だ……」
皮肉めいた返し
その瞬間
月咲の蹴りが大夢のもも裏を襲った
大夢は、しばらくその場で悶絶し
痛みで動けなかった
時間と共に痛みも引き、状態を回復させた大夢
仲の良い?2人は下り坂を降った先にある
バス停へと向かった
最寄駅へ向かうには、バスに乗る必要がある
駅までそこまで距離が離れているわけではないのだが
帰宅時に襲い来る登り坂の多さが、バスを選択させた
すでにバス停には
4、5人のサラリーマンや学生などが列を作っており
大夢と月咲は最後尾に並んだ
列に並ぶや否や、月咲が話を振って来た
「今朝のニュース見た?大夢……」
「………ニュースとか見るんだな……」
「あんたは〜……一々小バカにしないと
人と話しも出来ないのかな?……」
隣で、殺気に満ち溢れた握り拳を作る月咲
それを見た大夢の額には
先程の蹴りの恐怖から、冷や汗が滲み出ていた
「……やめてくれ……普通に死ぬ……」
中学の頃とはいえ、空手全国区の拳は凶器と一緒だ…
普通に脅迫・傷害罪だぞ……
大夢が恐れ慄く姿を見て
月咲は一先ず、握り拳を解いた
殺気が消えたのを確認し
大夢はホッと胸を撫で下ろすと
月咲の問いに答えた
「で?……あの殺人事件がどうしたんだよ……」
「いやね?……最近多いよなぁ〜と思って……
変わった事件……」
話の最中、2人が乗るバスが到着した
会話を一時中断し、2人はバスへと乗り込む
そして、最後尾の席に並んで座った
席を確保すると、大夢が口を開く
「変わった事件がどうしたんだよ……」
「思い返せば………
あの時もそうだったなーっと思って……」
過去の記憶を思い出し、語り出した月咲
大夢はスマホを取り出し
操作しながら答えた
「あの時?……」
「ほら、1週間前の……」
「あ~……もう1週間経つのか……」
この事件を境に
数奇な運命が動き始めている事に
彼はまだ気付いていなかった