人間になりたかった鬼の子 〜鬼の章〜
あるところに一匹の鬼の子供がいました。
鬼にはお母さんもお父さんも、お兄さんもお姉さんも、弟も妹もいませんでした。
(鬼は風と木が交わるところで、偶然にうまれるからです。)
鬼はいつも一人ぼっちでした。
あるとき、鬼が川辺で魚を取っていると、岩場の向こうから笑い声が聞こえてきました。
鬼がそうっとのぞいてみると、そこには人間の子供が何人か水遊びをしているところでした。
鬼は楽しそうな声に誘われて、岩場を乗り越えて、人間の子供に近づいていきました。
それに気づいた人間の子供は、
「あの子、角が生えてる」
「見かけない子だね」
と言いながら、不思議そうに鬼を見ていました。
鬼が、「楽しそうだね」
というと、人間の子は
「一緒に遊ぼうか」
と言いました。
鬼と、人間の子供たちは、夕方のカラスが鳴くころまで一緒に遊びました。
その夜、鬼は夢を見ました。
人間の子と一緒に遊んでいる夢でした。
その夢の中では、鬼の子は人間の子と同じように角もなくて、帰るときにはお母さんとお父さんが呼びにくるのでした。
次の朝、鬼は昨日獲った魚の残りとどんぐりで腹ごしらえをすると、一目散で川辺の岩場まで駆けていきました。
鬼が岩場に着くと、昨日のように子供たちがはしゃぎながら遊んでいました。
鬼は子供たちに声をかけました。
「おーい。あーそぼー。」
すると、人間の子供たちは、静まり返って怯えたように鬼のことを見た後、集まって、こそこそと話し始めました。
やがて、話し声がとまると、そのうちの一人が鬼に話しかけました。
「おまえ、鬼、なの?」
鬼は答えました。
「そう、だけど」
人間の子供は、鬼に昨日の夜の出来事を話しました。
昨日の夜、人間の子供は家に帰ると、鬼と遊んだことをお父さんとお母さんに話したそうです。
すると、人間の子のお父さんとお母さんは、
「鬼の子供とは遊んではダメだ。」
「鬼の子供と遊ぶと不吉なことが起こる。」
「もう川に行ってはダメだ」
と、口々に言いました。
「だからお前とは遊ばない。」
人間の子供は言いました。
その日、人間の子供たちは、お父さんとお母さんの言いつけを破って川で遊んでいました。
人間の子供たちは、それほど川で遊ぶことを気に入ってたのです。
「そんな、悪いことが起こるなんてウソだよ。」
鬼の子供は言いました。
人間の子供は、
「そうは思うんだけど、なんか、嫌だから、お前とは遊べない。」
と言いました。
鬼は悔しくて、涙が出てきました。
鬼はしばらくそこで立っていましたが、子供たちが自分のことを無視していることがさみしくなり、トボトボと山に帰りました。
その夜、鬼は夢を見ました。
人間の子と一緒に遊んでいる夢でした。
その夢の中では、鬼の子は人間の子と同じように角もなくて、帰るときにはお母さんとお父さんが呼びにくるのでした。
次の朝、目がさめると、鬼はいつものように朝ごはんを食べました。
それからもう一度寝床に戻ると、うずくまって泣きました。
鬼は今までも一人だったのに、その日の朝は、余計に一人になったような気がしました。
その泣き声を聞いた山の神様は、鬼を人間にしてやろうと考えました。
山の神様は、鬼のすみかに行き、鬼に人間になる方法を授けました。
それはこんな方法でした。
「この山のてっぺんに大岩にある。そこで100日100晩、1日も休まずに、大岩に角をこすり続けることがでいれば、角が無くなって人間になれるじゃろう。ただし、これをするともう鬼には戻れないがな。」
鬼は信じられない気持ちでしたが、人間の子供と遊んで楽しかったことを思うと、すぐにでもやってみたいと思いました。
鬼は早速山のてっぺんまで行き、大岩に角をこすりつけました。
「痛いっ!」
鬼は思わず叫びました。
角をこすりつけたとき、角から足のつま先まで、今まで感じたことがないような痛みが走り抜けたのです。
それでも、鬼は角をこすり続けました。
痛くて痛くて、泣きそうになるのをこらえながら、鬼は角をこすり続けました。
人間になりたくて。人間になりたくて。
鬼は辛くてやめたくなると、あの時、人間の子供たちと遊んだ時のことを思い出して、痛みをこらえたのでした。
ついに、100日100晩がたちました。
鬼は疲れ果てて、もう立っているのもやっとでした。
「もう、だめかもしれないなぁ。」
そう思って倒れそうになった時、角が根元からぽきっと折れて、地面に落ちました。
鬼は人間になったのです。
鬼は嬉しくなって、疲れているのも忘れて飛び上がって喜びました。
それからすぐに、走って人間たちのいる岩場まで行きました。
はたして、人間の子供はいつものように笑いながら遊んでいました。
鬼だった子供は、人間になったことを子供たちに話して、仲間に入れてもらいました。
鬼だった子供と人間の子供たちは楽しく遊びました。
その夜、鬼だった子供は夢を見ました。
鬼だった子供は鬼に戻っていて、いくら走っても走っても、岩場で遊ぶ人間の子供たちに近づけないという夢でした。
朝、目がさめると、鬼は自分の頭に手をやりました。
そこには角は無くて、鬼だった子供はホッとしました。
その日も、鬼だった子供は川辺の岩場に遊びに行きました。
しかし、そこには誰もいませんでした。
鬼は仕方なく、あたりをブラブラ歩くことにしました。
すると、近くの茂みから聞いたことのある声が聞こえてきました。
鬼だった子供は、人間の子供たちの声だとわかり、嬉しくて駆け出しました。
そこには大きな池がありました。
子供たちは、池に飛び込んだり、泳いだりしながら遊んでいました。
鬼だった子供は声をかけました。
「おーい、あーそぼー」
人間の子供たちは、驚いて顔を見合わせたかと思うと、一目散に駆け出しました。
「わー、鬼だー食われるぞー」
鬼だった子供はぽかんとして逃げる子供たちをみていました。
すると、そのうちの一人が転んで地面に転がりました。
鬼だった子供は、助けようとして駆け寄り、手をさしのべました。
ですが、人間の子供はその手を払いのけ、泣き叫びました。
「助けて、食べないでー」
鬼だった子供は何のことやらわからず、
「え、食べないよ。鬼でもないよ。ほら角もないよ。」
と言いました。
人間の子供は、
「お母さんもお父さんも、鬼は人間に化けるって、それで人間の子供の生肝を食らうって」
鬼だった子供はびっくりしました。
「そんなことしないよ!」
鬼だった子供は大きな声で叫びました。
人間の子供はその声にびっくりして、気絶してしまいました。
鬼だった子供は、何か泥の中にいるような気持ちがしました。
それでも、気絶した人間の子供を放っておくことはできなくて、おぶって、他の子供たちが逃げて行った方向へ連れて行くことにしました。
しばらく歩いて行くと、ざわざわと人間の声らしきものが聞こえてきました。
鬼の子供は、背負っている子供のお母さんやお父さんがきたのかと思い、早足に進みました。
ちょうど林を抜けたあたりに、人間の大人が大勢集まっているのが見えました。
鬼だった子供は、背負っている人間の子供を助けにきたと思い、駆け出しました。
人間の大人たちは、それを見て、駆け寄ってきました。
「おお、無事だったか」
「どこの子かわからないけど、ありがとう」
鬼だった子供は、何か嬉しいような恥ずかしいような気持ちになりました。
その大人の後ろから声がしました。
「あ、鬼の子だ」
一緒に遊んだ人間の子供の声でした。
人間の大人たちは、その声を聞くと、怖い顔になって鬼だった子供に掴みかかりました。
鬼だった子供はそのあとのことはほとんど覚えていませんでした。
覚えていたことは2つ。
山の神様の声と、泉の女神様の声でした。
鬼だった子供は山の神様に言いました。
「助けて」
と。
山の神様は言いました。
「お前はもう鬼ではない。だから山の眷属として助けることはもうできない。」
と。
鬼は山の神様の言っていた、鬼には戻れないという言葉を思い出していました。
鬼は体の痛みとともに遠ざかる意識の中でもう一つ声を聞きました。
「山の眷属でなくなったのであれば、私が救いましょう」
それは小川のせせらぎのような声でした。
鬼は体の痛みがすうっと軽くなるのを感じました。
泉の女神様が鬼だった子供を助けてくれたのでしょうか。
そのあと、鬼だった子供を見た者は誰もいませんでした。
ただその頃から、子供たちがよく遊ぶ泉に岩場に鬼の角とよく似た若木が生えてきたということです。
若木は、子供たちが泉に遊びに来るたび、楽しそうに葉っぱを揺らして、子供たちを見ているのでした。
これでひとまず終わりますが、人間の子どもたちはどうしたのか。「人の章」につづきます。
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