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召喚され師  作者: 蜂八郎
誰かのためは自分のために
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巻き込まれ事故

 目が覚めた。まるで焦点が定まらない。頭が痛くて痛くてたまらない。


「う、おおう」


 クローディアスの名を呼ぼうとしたが、うまく声が出なかった。左眼球の奥が締め付けられるように痛む。


「リエル=トルフ・クー・アザストリ」


 ああ、クローディアスの声だ。どこにいるかはハッキリしないが、すぐ近くにいるみたい。そこで私は彼の怪我のことを思い出した。


「クローディアス様……怪我……治しますから……腕の……」


 立ち上がろうとするも、左腕に力が入らず倒れ伏す。体力が足りていないみたいだった。一度息を整えなくては……。

 今度は失敗しない。失敗できない。カオスへクスもいなくなったんだ、絶対絶対完璧に治してみせる。だから早く立ち直らないと。


「まずはお前の心配をすべきだ」


 そう言ってクローディアスは、私のことを助け起こしてくれたみたいだった。ぼんやりとしていた視界がやっとはっきりし始める。


「あっ」


 周りはほとんど更地と化していた。散乱する何らかの金属片。引き裂かれたテントの布地。遠くで倒れ伏したまま動かない兵士。呆然としながら見回していると、ある一点に釘付けになった。


「ガーネ?」


 金髪の女性が仰向けに倒れていた。赤いドレスを纏っているから間違いようがない。こんな場所にまであんな姿で来るなんて本当にいけ好かない……。


 待って。あいつは皮鎧を着てたはずじゃない。あれは血だ、怪我をしているんだ。胸のあたりから血が溢れ出している。


「ちょっと、ガーネッ」


 返事がない。呼吸はしているように見えるが、あの流血では長く保たないだろう。急いで治癒(ヒール)を使わなければ。私は赤に魅入られ、もうその一点以外見えなくなっていた。


「すみません、クローディアス様……私をガーネの方に……」

「まずはお前の心配をすべきだ」


 それは分かっているけれど……と思いながら私は再び手を付いて立とうとした。しかし、立てない。手が付かない。おかしい、手は動かしてるのに地面を触れることができない。


 左の肩口を見ると、左腕が無かった。


「お前は左腕と左目を失っている。私のミスだ。すまない」


 そのまま上を見ると、無表情のクローディアスと目があった。


 ……ああ、確かに視界が変だなあ。それにうっすら赤い気がするなあ。ぼんやり考えていると、じわじわと血が引いていくのを感じた。


「わ、私、あれ、私は」

「落ち着け。自分を治せるか」


 結論から言うと、治せる。傷を塞ぐくらいなら十分可能だ。私はおもむろに右手を左肩に──。


「はぐうっ!」


 頭の中で火花が散った。激しい痛みが左半身を貫き、思わず背を硬直させる。急に痛覚が戻ってきたのだ。左腕が痛い。左目が痛い。激しい痛みにより思考が完全に乱されてしまう。


 落ち着け、落ち着け! 私は治せる。呪文を唱えないと。呪文を。呪文……。


「あ」


 思い出せない。最初の単語一つすら。痛みが記憶を焼き潰したのか。


「そんな、な、なんでっ……!」


 毎日忘れず唱えてきたのに。これがあるから今まで生きてこれたのに。これだけしか私にはないのに。どうして、こんな土壇場に限ってド忘れなんか。私のバカ、バカ、バカッ!


 混乱して息を荒くする私をよそに、クローディアスはそっと私を地面に寝かせ、そして言った。


「俺はもう行く。次の仕事だ」

「えっ!」


 クローディアスの周囲には淡い光の粒が立ち上っており、足元には輝く青の召喚陣が現れていた。


 助けてくれないの? こんなに困っているのに? 嘘でしょ?

 すがるように見つめるが、彼はもう私のことを見ていなかった。


「落ち着いて思い出せ。お前は治癒魔法が使えるだろう」


 虚空を見ながら私を諭す。冷た過ぎる。


「ま、待って! 待ってよ!」


 必死で右手を伸ばす。ロクに動かない体をねじりながら近づく。指先が彼の靴に触れた。その瞬間破裂音が響き、頭の中でこだました。


────────────────────────────────────


 意識が朦朧とする。視界がぐらぐらと歪み揺れ、上も下もわからない。吐き気が胃を掴んで離してくれない。


 くそう。アイツ、大怪我している私を置いて行った。

 いや、私だけじゃない。血まみれで倒れていたガーネも、まだ生きている可能性があった兵士たちも、完全に無視していた。あれほどの力を持ちながら、ただの数人助ける労力も勿体ぶって、逃げるように召喚に応えて……ふざけている。


 窮地を救ってもらったことも忘れ、恨みを言葉に変えて吐き出した。


「ちくしょう、ちくしょう、クローディアスめっ! 仕事なんて二、三人ぐらい助けてから行けよっ、バカヤロウっ!」


 所詮、才能に恵まれなかった私の本性なんてこんなもんだ。敵以外には体面を気にして媚びへつらう。味方してくれないなら、例えさっきまで味方でいてくれた相手だったとしても、芽生えた恨みをぶつける。


 こんな優しくて卑しい人間に、初めから成功など有り得なかった。召喚され師の支援役として抜擢されたチャンスだって活かせるはずが無かったのだ。虚しい反響がこだまする。


 ……反響?


「えっ」


 私は右手に魔法杖を持ち、地面に足をつけて立っていた。目の前には驚愕の表情を浮かべる老人がいる。


 その容姿を一言で言えば『変』だ。やたらとノッポな帽子を被り、派手な前掛けを垂らし、手には黄緑色の本を持ったヘンテコな姿だ。帽子を除いた実際の背丈は年少の学生より少し大きいぐらいか。

 この老人だけではない。その背後にいる十数人くらいの付き人みたいな連中も、少し装飾が減ったくらいで似た背格好をしている。何なの、この変人チビ集団は。


 老人はしばらく口をパクパクさせ、ようやく言葉を発する。


「あー、えー、クローディアス様……で、合っとりますかんな?」

「ああ、そうだが」


 酷く訛ったしわがれ声とは対照的な、抑揚のない棒読みが右から聞こえてきた。驚いてそちら側を向く。

 つば広の黒い帽子、黒マント姿、見上げるほどの大男……クローディアスだ。その光のない無感情な目はまっすぐ私を見据えていた。


「何故此処に居る、リエル=トルフ・クー・アザストリ」

「えっ」


 その質問をするのは私なんだけど──そう言ってやろうとしたが、その前に老人が訛った声で口を挟んだ。


「そんであのお、こつらのよぐわからん女性の方は、クローディアス様のお仲間様ですかんね?」

「先ほどまでは」


 クローディアスの即答に、老人や付き人たちは思い思い困惑の表情を見せた。

 あれ、あれ? おかしいのは私の方なのか?


「あなた、召喚に応えてどこか行っちゃったはずですよね?」

「だからここに居る」


 クローディアスは素っ気なく答えた。


 ああ……ああ。ようやく理解した。私も召喚されたんだ。


 きっとクローディアスの召喚に巻き込まれたのだ。多分、あの時クローディアスの靴に触ってしまったから。


「少し休みたい。部屋を貸して頂けるだろうか」

「あ、はあ、そンれはもう、召喚されし者ン為なんらば、もつろんです」

「『召喚され師』だ」


 お決まりのやり取りをかまし、再び感情のない目で私を見据える。その動きは今までと同様の機械的なものだというのに、どこか動揺しているような、ピリピリした雰囲気が感じとれた。


────────────────────────────────────


 老人に提供された部屋は随分小さなものだった。特に天井の低さが顕著で、クローディアスは屈まないと天井に頭がぶつかってしまう。まあ、ここにいる人々は皆随分小さめのようなので、本来はこれで大丈夫なのだろうが。


 ふと、壁の姿見に目が留まった。


 肩に届くくらいの長さで癖っ毛、赤寄りの橙色をした髪。白い肩掛けケープ。黒い文様が刻まれたオレンジ色のローブ。それら安物の衣服とは不釣り合いなぐらいギラギラと輝く、宝石が散りばめられた金ピカ魔法杖。


 大まかな見た目はいつもの私だ。ただ、左目は潰れて塞がっている。左腕は肩口から無くなっており、その分だけローブとケープが歪な形に垂れ下がっていた。

 特に痛みもない、左目の変色した皮膚部分を撫でていると、不意にクローディアスが声をかけてきた。


「リエル=トルフ・クー・アザストリ。お前はどうやって俺の召喚に追従した」


 振り返る。ベッドに腰掛けた大男はやはり無表情。まあ、そうでしょうね。


「多分、召喚直前にあなたの靴へ触れたことが原因だと思います」

「それはあり得ない」


 クローディアスは真っ向から否定した。


「俺は複数人に掴みかかられた状態で召喚に応えたこともある。その時も他人が召喚に追従するということはなかった」

「はあ」


 そんなことがあったのか。やっぱりその時も、掴みかかった人間たちは助けを求めていたのだろうか。目の前の大男が余計に冷徹な仕事人に見えてくる。と、いうか、もう否定しようが無いだろう。

 クローディアスは考え込むように視線を落とし、しばらくしてふと顔を上げた。


「リエル=トルフ・クー・アザストリ。一つ試したいことがある」


 いつまでフルネームで呼ぶんだろう、この人。長ったらしい呼びかけにちょっとウンザリしながら、彼の声に耳を傾ける。


「こう唱えてみろ。《ステータス・オープン》と」

「へ? すて……?」

「《ステータス・オープン》だ。唱えろ」


 何を言いたいのか全くわからないが、とにかく今言わないとならないらしい。私は特に何の心構えもせず、その言葉を復唱した。


「《ステータス・オープン》」


 突如、視界両端に模様が湧き上がった。私は一瞬間を置き、驚愕で飛び退く。


「うわ、ぎゃあ!」


 腰を思いっきり壁に打ち付け、驚きと痛みで思わずうずくまる。それでもこの記号らしき模様の山は視界から消えてくれない。目を閉じても同じだ。不気味に白い光を発しながら視界の端に居座り続けている。


「な、なんですかこれ! なんなんですか!」

「なるほど……まず落ち着け。何と書いてあるか読むんだ」

「そ、そんなことを言われても……」


 分からない。読めない。ある程度の規則性があることは分かるのだが、全く未知の言語である。私が知る限り、こんな文字はこの世に存在しない。

 その事をクローディアスに伝えると、彼はしばし逡巡した後立ち上がり、部屋の外へと消えていった。


「いったい何だっての、全くもうっ!」


 悪態をつきながら立ち上がり、魔法杖を持ち直す。イライラしながら杖を打ち付けていると、クローディアスはすぐに戻ってきた。手には紙とペンらしきものを持っている。


「どんな記号が書いてあるか書き写してみろ」


 言われた通りに書き写しを始める……のだが、この作業がなかなか難しい。記号をよく見ようと視線を動かすと、記号たちも一緒に動いてしまう。故に意識を視界の端に集中させ、未知の言語や図形といった物のぼんやりとした形状を書き写すしかないのである。


 かなりの時間をかけてそれらを写し終え、それをクローディアスに見せた。彼の反応は相変わらず鈍い。


「名前、性別、体格の情報に召喚され師の持つスキル……特別な情報なし、か。手に負えんな」


 クローディアスは一人で納得して、その紙を返した。


「理由は不明だが、お前は『召喚され師』になったと思われる」


 ……私が? 召喚に巻き込まれただけでなく、いつの間にか転職まで? 理解不能の展開だ。


「意味が分かりません」

「俺も分からん。詳しい者に尋ねる必要があるだろう」


 召喚され師に詳しいというと、あのノッポ帽子の老人たちか。でも、彼らだって神官たちと同様、召喚され師という人種に精通しているようには見えなかったが。


「いいや、彼らではない。召喚され師専門のギルドというものがある。そこで尋ねるといい」


 私の考えを先読みしたかのような発言だった。察しが良い時は本当に口を開く間もない。いつもこうなら良い……という訳でもないが、少しくらい気を回して欲しいものである。

 いや、今それはどうでもいいか。なんだかまた新しい概念が出てきたぞ。


「召喚され師にもギルドなんてあるんですか?」

「ある。俺は所属していないが、多くの者はそのギルドに所属していると聞く。お前と似た出自を持つ召喚され師も居るかもしれん」

「はあ、まあ、そうかもしれないですけど……そのギルドとやらは何処にあるんですか?」

「今から説明する」


 クローディアスは私から紙とペンを引ったくり、裏返して図を描き始めた。


「まず視界右上の四角い部分に触る。杖は持ったままでいい」


 言われた通りに杖の先端を記号の中の四角部分に当てる。すると、瞬時に言語が波打って並びが変わった。多少の驚きは覚えながらも、もう必要以上のリアクションは取らない。次の指示を待つ。


「次に右下にある円形図。横に長い長方形がいくつか表示されるはずだ。上から三つ目を触れ」

「は、はい」


 指示通りの操作をすると、急に視界が暗くなった。赤と白の箱があり、未知の言語が踊るように動く。少し気味が悪い。


「最後に赤い箱を触れ。ギルドの近くまで行けるだろう」

「へー、便利なことができるんですね」


 私は何の疑問も持たずにその箱に触れた。その瞬間文章や記号が全て消滅し、ふわふわとした高揚感に体が包まれる。風を感じて下を見ると、そこには青い魔法陣が現れたいた。


 うわ、すごい。私召喚されてる!

 思わず笑みを浮かべながらクローディアスの方を見ると、彼は相変わらず無表情のままだった。


 あれ?


「クローディアスさんは一緒に来てくれないんですか?」

「俺は仕事だ」


 そう言って大男はマントを翻し、そそくさと出入口へと向かっていった。


 やられた。私を適当に追い出すための口実だったのだ。完全に思考の外にあったが、彼は仕事以外全く興味のない、魔動像(ゴーレム)のような男である。その事を今ようやく、既に手遅れになったタイミングで思い出した。


「ちょっと──」


 駆け寄ろうとするも、もう先ほどのようにはいかない。私の右足が一歩踏み出す前に、肉体は破裂音と共に召喚されてしまったのだった。


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