いけ好かない死神
皇国首都を出てからかなりの時間が経った。軍が用意してくれた大型装甲馬車の揺れにも慣れ、今は沈みゆく太陽で目を楽しませている。
ちりんちりん。高位神官様から頂いた絢爛豪華な魔法杖が傍で音を立てた。
魔法杖とはつまり、魔法を遠くへ飛ばす道具である。治癒魔法を遠くから届けられるようになるし、ガーネの使った火球なんかもより遠くへ飛ばせるようになる。
質によりその性能は大きく変化するらしいが、この金ピカギラギラの杖は……どう見ても最高級の代物だ。三軒隣の召使いが包丁で指を切ったとしても、私は椅子に腰掛けたままその傷を癒せるだろう。
赤と緑の美しい宝石が夕日に煌めく。美術品としても申し分のない見た目だ。
「とんでもないことになってしまった……」
誰に言うともなく呟き、白い肩掛けケープを引っ張りながら向かいの席を見る。
クローディアスは相変わらず目を限界まで見開き虚空を見つめていた。じっと見てると呪われそうで嫌だ。赤っぽい橙の髪の毛をかき上げ、再び視線を外へ向ける。夕日はもう沈んでいた。
「治癒魔法が得意か」
突然の発言に心臓が跳ね上がる。慌ててクローディアスの方を見ると、虚空ではなく私を見つめていた。生気のない死んだ目だ。正直に答えないと次の瞬間首を刎ねられるかもしれない。そんなどうでもいい心配をしつつ、口を開く。
「と、得意というか、これしか使えないんです、私は。魔法」
「そうか」
直視。沈黙。がらがらという車輪の回る音。
もっと他に聞くことはないのか……こちらから喋るしかないようだ。
「幻滅しますよね、魔女なのに治癒一つしか使えないなんて」
直視。沈黙。車輪の音がいやに大きく聞こえる。
「そ、それに、傷を見たら治癒魔法を使いたがって、周りが見えなくなって」
直視。沈黙。これ以上の自虐は苦痛だ。
「お医者様だなんてバカにされて……こ、今回はたまたまそれが有利に働いただけで、本当は……」
「そうは思わない」
やっと食いついてくれた。内心ほっとする。
「治癒しか使えないということは、余計なことをしないということだ。自分の役割を守れ」
それだけ言ってクローディアスは再び視線を外し、虚空を眺める作業に戻った。
やはり効率の良さを重視するタイプの人間、ということか。無駄な会話はできるだけ省きたいのだろう。召喚された時から片鱗は垣間みえていたが、この返答でようやく確信を持てた。視線を改めて外へ向ける。
もう会話なんかしてやるもんか。自分の仕事だけやり遂げて、それで終わりだ。
その時、暗い上空で何かが赤く光った。目を凝らして見るがよく分からない。
「火球を放った魔女だ。複数人で輸送用のドラゴンに乗っている」
ぎょっとして私はクローディアスを見る。いつの間にか彼も外を見ていた。
聞いてほしいことは聞いてくれないくせに、聞いてもいないことにはすぐ答える。融通がきかないというかなんというか……やっぱり不気味だ。
私は会話禁止の誓いを早速破らざるを得なくなった。
「ガーネは何をする気なんでしょうか」
「抜け駆けをするつもりだろう」
「ぬ、抜け駆けって……じゃあ、先にキキバイヤへ向かって、魔物を全部倒そうとしてるってことですか?」
「ああ、そうだ」
元の体勢に戻るクローディアス。沈黙の中、私は改めて上空の光を見る。
秘術である召喚の儀を使うような事態で抜け駆けを図るとは。自分の命は惜しくないのだろうか。それとも、彼女なりの秘策があるのか。
そういえばガーネは兵器開発に携わっているんだった。強力な武器か何かを持ち込んでいるのかもしれない。
「先に倒されたら、クローディアス様はどうするんですか?」
「次の召喚先に召喚されるだけだ」
「どうして召喚されるんですか?」
「召喚先に危機があるからだ」
本当に魔動像なんじゃなかろうか、この人。全然瞬きしないし。
「じゃあ、どういった理由で『召喚されし者』に……」
「『召喚され師』だ」
「あ、すみません」
ややこしい。召喚されし者でいいのに。
「……その、どういった理由でしょうかんされし? になったんですか」
再びの沈黙。
…………その沈黙が長い、長過ぎる。話せないということか。
「すみません、忘れてください」
「ああ」
心の中だけでため息をつく。早くキキバイヤに着かないかな。この男と過ごす時間が辛い。
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ようやく馬車が止まったのは深夜。
まだキキバイヤではなく、かの国から少し離れた小さな町である。ちょうど二つ目の月が山間から昇りつつあることから、一眠りできる時間はあるようだが、その前に空腹をどうにかしないと眠れそうもなかった。
「クローディアス様、リエル=トルフ様。夕食を提供致しますのでこちらへ」
別の馬車に乗っていた上級神官が私たちを教会へ招く。さすが上級、顔が利くなあ。招かれるままに教会の門をくぐると、教会勤めの下級神官たちが全員で出迎えてくれた。
「皆様、ようこそいらっしゃいました」
提供されたのは長パン一つに野草のスープ、葡萄酒。私の普段の食生活からしたらとても考えられないほど低レベルな食品ばかり。
だが、緊張と疲労によって信じられないほどの空腹に陥っていたことで、私はそれらをあっという間に平らげてしまった。その後で誰よりも早く食べ終わっていたことに気がつき、恥ずかしさのあまりおかわりが貰えなくなってしまったが。
そして、就寝時間。私はクローディアスと同じ部屋を提供された。ベッドが二つあるとはいえ男女同室なんて冗談じゃない。だが、小さな教会に余分な部屋などないのも確か。諦めるしかなかった。
ところが、私がベッドに潜り込む頃になってもクローディアスは来なかった。ちょうどいいや、来る前に寝てしまえ。ぐう。
後で神官から教えられたことだが、クローディアスはずっと外で立ち続けていた、とのことだった。
絶対魔動像だ。
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三つ目の月が沈む早朝、私たちは再び馬車に乗ってキキバイヤへと向かい始めた。もう特に会話することもなく、延々と外を眺め続ける。どうせクローディアスも虚空を眺めていれば満足な男だし、これでいいんだ。問題ない。
昨日と違い、風景は徐々に荒んだものとなりつつあった。荒れ放題の小村。焼け落ちた森林。崩れた石造りの廃墟の数々。すれ違うのは軍の馬車か難民の一団ばかりで、商人の豪勢な馬車は一つも見られなかった。
時には皇国軍と他国軍の合同拠点とおぼしき、無数のテントが立ち並ぶ場所も通り過ぎた。まだキキバイヤ領までしばらくかかるのにこれか。突入したらいったいどうなることやら。
途中休憩で死ぬほどまずい軍用糧食を摂らされた後、ようやく私たち一行はキキバイヤ領へと入り込んだ。一帯は更に凄惨な破壊を受けた廃墟ばかりになる。軍隊の隊列がひっきりなしに通り過ぎ、無数の武装ドラゴンが曇天の空を飛び交う。
結局、昼少し前に馬車は止まった。皇国軍兵士が外から降車を促し、クローディアスの後に続いて降りる。
周囲には皇国軍の紋章が刻まれたテントが設営され、その向こうには煙突のようなものが立ち並んでいる。多分、爆弾を撃ち出すための火砲だろう。あれだけの数で撃ったら首都が更地になってしまわないだろうか。
「あれが元キキバイヤ国首都です」
「え? 元って……」
神官が指差した先を見た私は、その体勢のまま固まった。
遠くに見えたのは、五つの花弁を持つ花。ただただ巨大な、毒々しい紫とピンクの一輪花。それが、首都のど真ん中で堂々と咲き誇っていたのである。




